重なる記憶ニ
私は風呂が好きだ
中でも人一人入れる分の壺に湯を貼って入る蛸風呂が好き
入った時に壺からあふれる水を見ているのは今でも楽しい……
中略
まぁ、そんな私事はいいとして
私は今その蛸風呂から出られない状況にある
「兄ちゃん、ずっと蛸風呂入ってんな、タコだけに骨抜きってか?クァッハッハッハ」
そんな奇妙な笑いと共に周りでガハハと笑い出すおっさん達……
寒い、寒すぎる
こんな事を永遠と繰り返している
おかげで息は白く、風呂から滴る水で氷柱が出来ているでは……
中略
とまぁ、色々妄想しているがのぼせてしまって出れないのだ
あぁ恥ずかしい、穴があったら入りたい気分だ
……壺だけに
「…………じぃー蛸壺から引き上げてくれー」
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銭湯出たあとの醍醐味といったら
コーヒー牛乳を片手に仁王立ち
冷たい液体が五臓六腑に染み渡る
「………ぷっはァー、風呂上がりはやっぱこれだな」
「ですな、真赤に茹で上がった体に染み渡りますわ……蛸だけに」
「腹減ったな」
そう言って牛乳瓶を回収籠に入れる
「少年!わしのギャグを無視しないでくださ……」
「イカ食うか」
「少年!」
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茣蓙に胡座をかき思い思いにイカ料理をつついている
「そういえば少年、前回気絶された時に書かねば、書かねばと呟いておりましたがそれはどうしたのですかい」
「あれなぁ、今はあの時の感覚と言うか、熱量というか、いろいろ薄れてて……」
そう言って最後のイカリングを口に放り込む
「書けるときに書いたほうがいいですぞ、わしみたいになる前に……」
「それって……」
「なに老人の戯言ですわい、さぁさ食べ終わりましたし勘定して宿に帰りましょうや」
じぃの意味深な発言を問い詰めようとしたがその質問はじぃによって遮られ、私達は宿に帰るために重い腹を上げた
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ああだこうだと行ってはいるが以前のことはなかなかに有意義な体験であり書こうと思えば、苦なく書くことは出来る、ただその時の細かな情報を今はもう覚えてはいない、音だとか息遣いだとか……
「まぁこんなもんか」
今日俺は、先日知ったばかりのはずのお爺さんを『じぃ』と言う相性で呼んでいた、そして俺もこの街のことを把握していた
この一週間で俺はこの世界について知った
否、思い出したのだ
この体……いや私と言うべきだろう
私は15年前にこの世界にまっさらな状態で産まれてきた
そして世界の事を知った
言葉を文字を魔法を人も
化け物も
だから知っている
だけど、思い出せなかった事もある
親の顔
思い出そうとすると顔に霧がかかる
掻いても掻いても霧は晴れない、それどころか霧はどんどんと濃くなり記憶から隠れていく
私の記憶であって俺の記憶では無い
でも……
怖い
気づけば私は泥の様に眠りについていた……