ネムの誕生日プレゼント(後編)
寿司を食べ終えると、ネムは俺に向き直り笑顔で口を開く。
「純、ありがとう! 最高の誕生日プレゼントだったよ!」
「おう! 良かったな!」
俺達は満足気に席を立ち、店を出ようとしたのだが、何か物足りなさを感じる。
俺は軽く腹をさすると、ネムが何かを察したように俺を見つめた。
「純、もしかしてお腹空いた?」
「ああ、少しな……」
「ふっふーん! そんな事もあろうかと、あたし、準備しておいたんだー!」
ネムはL字になっているカウンターの奥の席を指差すと、レジの位置が変えられ不自然に長い暖簾が掛けられていた。
「これは……どういう事だ?」
「お店、やろうよ! 人間食べたいんでしょ? レジの前を隠しておいたからさ!」
この言葉で漸くネムの意図を理解した。
どうやらネムは暖簾で隠されたレジにより、会計中の人間を捕食出来る環境を作っていたのだ。
ネムからの思わぬプレゼントに俺は頬を緩ませる。
「ありがとな。じゃ、早速食わせてもらおうか!」
俺は左手を挙げ、勢いよくスライムを放出し店内をスライムで満たすと、什器や設備を全て捕食し複製する。
これで漸く“開店”の準備が整った。
“準備中”の札を“営業中”に変えると、スライム化しレジの下に隠れて客を待つ事にした。
ネムは店の奥から調理服を取り出すと、猫耳や尻尾を隠すように着替え、準備を終える。
暫くすると50代くらいの男が来店した。
「ヘイラッシャイ」
「ヘイらっしゃい!!」
店主に続きネムも元気よく客へ挨拶し、やや高い声が店内に響き渡る。
什器の一部をスライム化させ視点を変更すると、男はカウンターに着席した。
やがて男は20貫程寿司を食べ終えると、席を立つ。
「おあいそ」
「ヘイ」
ネムが男をレジへと誘導すると、男は暖簾をくぐり俺の前に立った。
(さて、デザートの時間だ)
ネムはレジを打つが、困惑した様子だ。
「姉ちゃん、早くしてよ……」
「う、うーん……」
どうやら寿司の金額がわからないらしい。
そんなネムを余所に俺は男に纏わりつくと食欲を注ぎ込む。
「もういいや! お会計は千円です!!」
「千円!?」
【食う!】
男は気の抜けた声を発しながら一瞬で消化された。
すかさず男を複製し自我を持たせると、男は首を傾げながらネムに千円を渡し、何事も無かったように退店していった。
どうやら捕食された事には気付かなかったようだ。
俺は人型に戻りネムに問いかける。
「おいネム、千円は安すぎじゃないか?」
「えー、だってこのお店全部時価なんだもん……」
店内を見回すと、張り出されたネタの下には全て時価と記されていた。
なるほど、道理で寿司が美味いわけだ。
俺が納得していると、次の客が来店した。
俺は慌ててスライム化すると、再びレジの下で待機する。
結局、ネムは全ての会計を千円で済ませ、驚いた客を俺が捕食し複製するという流れが続き、気付けば時刻は22時を過ぎていた。
客が途切れたところで人型に戻り、ネムに閉店を告げる。
「おいネム! そろそろ店仕舞いだ。終わりにするぞ!」
「はーい! 忙しかったけど、たまにはこういう日も良いね!」
ネムは額の汗を拭いながら、ふうと溜息を吐いた。
俺は“営業中”の札を“準備中”に返す。
その瞬間、勢いよく20代くらいの男が飛び込んできた。
男はくたびれたスーツ姿で左の頬を赤く腫らしている。
「すいません! まだ空いてますか!?」
俺はネムと顔を見合わせ首を振った。
「お客さん、ごめんね。今日終わりなんだよ……」
すると男は涙目になりながら肩を落とした。
「そう……ですか……彼女に振られ、夕飯も食べそびれ、今日はついてないなぁ、はぁ……」
哀愁を漂わせながらトボトボと力無く店を出ようとする男に、少し同情をしてしまった俺は、つい男を引き留めてしまう。
「あー、わかった。今日は特別だ、入ってくれ!」
「わぁ! ありがとうございます!」
男の表情はパッと明るくなり、笑顔でカウンターへ着いた。
俺はネムに視線を向けると、ネムは少し困った顔で肩を竦めた。
どうやら渋々納得してくれたようだ。
男は店内を見回すと、水槽で泳ぐ複製した魚をジッと見つめている。
その顔には先程の哀愁が薄らと滲み出ていた。
居たたまれなくなった俺は一つ演出を思いつき、水槽で泳ぐイカに命令を下す。
【まな板へ向けて飛べ!】
するとイカは勢いよく墨を吹きながら店主の前のまな板へと着地した。
その光景に男は目を丸くする。
「イカが……飛んだ!?」
俺は店主にイカを捌く事を命じる。
続いてイワシやサンマにもまな板へ飛ぶように命令を下す。
「イワシ!? サンマ!? こ、こんな事って……」
続々と水槽から飛び出る魚たちを男は目を丸くしながら眺め、店主はまな板へ着地した魚を手際よく捌いていった。
やがて男の前にはズラリと寿司が並べられる。
だが、男の顔は徐々に曇り始めた。
「どうしたんだよお客さん、浮かない顔して……」
「いや、お金足りるかなって……」
そういえばこの店の寿司は全て時価だった。
調子に乗って大量に寿司を出したが、まともな値段なら軽く数万円は掛かるだろう。
だが……俺は男の肩を静かに叩く。
「お客さん、今日はサービスだ。どれだけ食っても千円でいいよ!」
「ええっ!? あの……後から10万円とか言われても、僕、お金無いですよ……」
男は心配そうに俺の顔を見つめるが、俺は苦笑し言葉を返す。
「そんなぼったくりバーみたいな事はしないから安心しなって。さぁ、好きなだけ食いな!」
すると男の顔が明るくなり、恐る恐る寿司を口へと運んだ。
「んー! うまーい!!」
男は涙を流しながら次々に寿司を口へと放り込んでいく。
暫くするとズラリと並んだ寿司が綺麗に男の腹へと収まってしまった。
男は満足気に腹をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。
「お会計お願いします!」
男は暖簾をくぐり、レジの前に立った。
俺も暖簾をくぐり男の背後に立つ。
「ごちそうさん」
直後、男の頭に手を置き、スライム化し男に纏わりつくと一瞬で捕食した。
そしてすぐに男を複製する。
水色のスライムが人型へ変形しながら男の体を成形していく。
やがて直立不動で正面を向く男が顕現した。
俺は男に自我を持たせる。
すると、男は後ろを振り返り首を傾げた。
「ごちそうさん? こちらこそ、ご馳走さまです!」
男は会計を済ませると笑顔で店を後にした。
俺はネムへ視線を向けると、ネムが静かに微笑む。
「喜んでたみたいで良かったね!」
「ああ、そうだな!」
ネムは調理服を脱ぐと、大きな欠伸をした。
「ふぁ〜ぁ。純、あたし達もそろそろ帰ろうよ!」
「今日は忙しかったからな。帰ったらすぐ寝るぞ!」
ネムは大きく頷くと、店の引き戸に手を掛けた。
俺達は店の外に出ると、店頭を振り返る。
「美味しかったね! また食べたいな……」
「おう! また食いに来ような!」
そして俺は店主に自我を持たせる。
「あれ? オレは一体何を……」
すると、什器を通して店主の声が聞こえてきたが、特に気にすることもなく俺達は帰路に就いた。
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作中に登場した20代の男性客を主人公とした
「怪しい寿司屋」も公開しております。
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