ネムの誕生日プレゼント(前編)
本編31話までの能力で話が進みます。
本編をお読みになっていない読者様へ能力の解説です。
・純(俺)は人間の男の姿に成れるスライムで、自らの体内に大量のスライムを圧縮し保有しております。
・スライムで包み込んだものを任意で【捕食】出来ます。
・捕食したものはスライムを代用する事で複製が可能です。
・複製したものへ任意で自我を与え、【行動を操作】し、再びスライムへ戻す事も出来ます。
・スライムの身体は全体が目や耳である為、視覚や聴覚を有しています。
・ネムは元人間で現在は猫の獣人となった女の子で、殴るだけで人間を粉砕出来る程度の怪力です。
今回の話は前後編の2部構成です。
ある日の昼前、俺はいつものように人間を捕食し終え、デザートの頭部を腹の中で舐めながら、俺とネムは帰路に就こうと街を歩いていた。
だが、頃合いを見計らったかの如くネムに肩を叩かれる。
「ねぇねぇ純……」
「どうした? ネム、何か忘れ物か?」
ネムへ振り返ると、ネムは恥ずかしそうに首を横に振った。
「ううん、違うの。あたし、実は今日誕生日なの……」
「そうか、おめでとう。じゃあ帰るか!……ぐえぇ!」
俺は正面を向き再び歩き出そうとしたが、ネムに襟元を引っ張られ思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「ちっがーう! そうじゃないの。その……」
「何だよ、はっきり言えよ。わからないだろ?」
「だから……その……プレゼントちょうだい!!」
「……は?」
今度はネムの腕が俺の首を締める。
ネムの怪力に俺の首はミシミシと悲鳴を上げていた。
「『は?』じゃないわよ! プレゼントのひとつくらい欲しいの!」
「わわわ、わかった! やる! プレゼントやるから離せ!!」
鬼の形相となったネムの迫力に圧され、俺は思わずプレゼントを贈る約束をしてしまった。
ネムの腕を数度叩きギブアップを告げると、漸くネムの腕から解放される。
恐らく並の人間なら死んでいるであろう程に複雑に折れ曲がった首を、涙目になりながらスライム化し元に戻すと、ネムへと視線を向ける。
「……で、何が欲しいんだ?」
「あたし……マグロが食べたいの。ねぇ、良いでしょ?」
マグロ……そう言えば初めてネムと外で食事をした時もネムはマグロ丼を好んで食べていた。
猫の獣人と成った為か、人間の頃からかは定かではないが、ネムはマグロが好きなのだろう。
俺は納得しつつ暫し思案を巡らせる。
(マグロ……か。マグロは海へ浸かれば直ぐに捕食出来るだろう。だが、どうやって捌く? 俺は調理の心得など持ち合わせていない。ネムに任せるか? だが、誕生日を祝う為のプレゼントを、本人に捌かせるのは違うような気がする。うーむ。どうしたものか……)
俺は難しい顔をしながら辺りを見回していると、一軒の寿司屋が目に留まった。
「これだ!!」
突如声を上げた俺にネムは目を丸くした。
「にゃ!? 何? どうしたのよ?」
「ネム! マグロと言わず、寿司屋ごとお前にプレゼントしてやるよ!」
「ええっ!? いや、あたしそこまでは……」
「良いから遠慮すんなって!!」
困惑したネムを放置し、俺は嬉々として寿司屋の暖簾をくぐると店内へと歩を進める。
店内を見回すが客はおらず、調理服を着た店主と思しき40代くらいの男が大声を上げた。
「ヘイらっしゃい!」
「大将、おあいそ!」
だが俺は開口一番に店主へ会計を告げる。
「はい? もごごご……」
すると店主は首を傾げるが、俺はすかさず左手を店主へ翳しスライムを放つ。
やがてスライムが店主の体を覆うと、すぐさま捕食した。
「純……まさかこのお店を乗っ取るの?」
「乗っ取るなんて人聞きの悪いこと言うなよ。この店の店主の主人は今から俺だ。つまりこの店は今から俺の物ってことだろ?」
「そんな理屈通っちゃうの?……」
ネムはあんぐりと口を開けながら俺の行動を見守っていた。
そんなネムを余所に俺は店主の複製を試みる。
左手から放たれた水色のスライムが人型を形成し、やがて調理服を着た店主の男に変化した。
自我を持たせていないので、店主の目は濁り、生気は全くない。
直立不動で瞬き一つしない店主へ向け命令を下す。
【俺とネムの指示通りに動け!】
すると店主はネムの正面に立つ。
どうやら指示を待っているようだ。
「ネム、お前の店だ。好きに使え!」
「えっ? あ、うん……ありがとう」
ネムは困惑した様子で店主に視線を向けた。
店主は直立不動を維持している。
俺は店内を見渡すと、重要な事を見落としていたことに気付く。
「あっ、マグロが居ないな。ちょっと獲ってくるから後は頼んだぞ!」
「えっ、ちょちょちょっと! どうすれば良いのよ!?」
「その男に任せておけば良いだろう。ネムは指示だけ出せば良い。その男の指揮権をお前に持たせてあるからな!」
困惑するネムを余所に、俺は“営業中”の札を返し“準備中”へ変えると店を出た。
そして裏路地へと入り、人が居ないのを確認すると車を複製し海へと向かう。
暫く車を走らせると潮風の匂いと共に海が見えてきた。
車を自動運転からオートマに切り替え、海辺のドライブを満喫しつつ、マグロの獲り方について作戦を練ることにした。
(このまま海を歩いていくのも悪くないが、折角の海だ。船を調達しクルージングといこうか……)
そんな事を考えていると、海岸に停泊している船が目に入る。
全長20メートル程度の小ぶりな船だ。
辺りを見回しても他の船は見当たらない為、この船に決めた。
車をスライム化させ回収すると、船に乗り込む。
船には誰もおらず、エンジンも掛かっていない。
仕方が無いので右手の人差し指を鍵穴へ押し付け、スライム化させ内部に侵入する。
やがて鍵穴全体にスライムが浸透すると、腕を回した。
直後、エンジンが稼働し始める。
どうやら問題無く走れそうだ。
船の運転は初めてだが、色々と操作しているうちになんとか沖へと辿り着く事が出来た。
船を停めると左の二の腕をスライム化させ、手のひらを海へと垂らす。
二の腕から追加のスライムを放出しながら、ニュルニュルとロープの如く左腕が海底へと沈んでいく。
暫くすると手のひらが海底を掴む。
腕の中にメジャーを複製して測ると、どうやら海底まで90メートル程あるようだ。
スライムの放出を止め腕のスライムへと視点を移すと、腕から伝わる映像により、海の中には様々な魚が泳ぎ、海底は綺麗な珊瑚礁が広がっていることがわかる。
そして、100メートル程先に数匹のマグロを発見した。
「居たぜ、マグロ! 大人しく食われやがれ!!」
急いで左腕を引き揚げると、マグロの元へ向かう為、船を走らせようとする。
だが、いくら操作しても船が動く気配はない。
操作を誤ったのか、船が故障してしまったようだ。
肩透かしを食らった俺だが、目標を前にそう簡単に諦める訳にはいかない。
暫し思案を巡らせた後、一つ決断をする。
「よし、歩こう!」
ゴーレムに変身し海底を歩く事にした。
人間の肉体をシンの体へと作り替えていき、やがて銀色に輝くゴーレムの体へと換装を終える。
「よーし、待ってろよ! マグロぉぉぉぉ!!」
そして勢いよく海へと飛び込んだ。
鋼鉄の体はゆっくりと海底へ向け沈んでいく。
暫くして海底に到達すると、大股で跳ねながらマグロ達に向け歩き出した。
やがてマグロ達の真下へ辿り着くと、上を見上げる。
そこには陽の光に照らされた海面をバックに、マグロ達が自由気ままに泳ぎ回っていた。
「さーて、いただくとするか!」
両手を海面へ向け翳すと、一匹のマグロを囲むように勢いよくスライムを放出する。
マグロの周囲をスライムで固めると、徐々にスライムをマグロへと近づけていく。
すると、マグロが勘付いたのか暴れ出した。
だが、もう遅い。
完全に俺の手中に収まったマグロに、逃げる手段は皆無だ。
ニヤリと笑みを浮かべながら、もがくマグロへ向け食欲を注ぐ。
【食わせろ!】
暴れ回るマグロは一瞬で消化され、跡形も無くなる。
マグロは人間よりも味は落ちるが、不味くはなかった。
その後、周囲の魚やイカ、タコなどを手当たり次第捕食していき、気付けば海面は夕日に染まっていた。
船の方へ視線を向けるが、故障し動かない事を思い出す。
「船は……あのままでいっか……」
帰りは船を放置し、徒歩で海岸に帰る事にした。
一歩一歩大股で歩き続けるが、地上と違い水の抵抗があるせいか速度が出ない。
痺れを切らし、他の手段が無いか模索を始める。
使えそうなものを頭の中のリストから探し、引き摺り出した。
「こいつと融合すればすぐ帰れるだろ……」
そう思いながら、両足首をスライム化させる。
そして換気扇を両足に複製した。
この換気扇は以前街を捕食した時に建物の中に付いていたものだ。
まさかこんな使い方をするとは思いもよらなかったが、スクリューとして使うアイデアは悪くないと思う。
両足を眺めそんな事を考えながら換気扇に稼働の命令を下す。
すると換気扇は高速回転し、浜辺へ向けて一気に加速した。
数分後、浜辺へ到着すると人型に戻り、車を複製しネムの待つ寿司屋へと向かう。
寿司屋に入るとネムが出迎えてくれた。
「おかえり〜! どうだった?」
「おう、大漁だ! 今、食ったマグロを出してやるからな!」
俺は店内にある空の水槽へ手を翳すと、捕食した魚達を複製し水槽に放流した。
巨大な水槽にはマグロをはじめ、タコ、イカ、イワシ、サンマなど数多くの魚が泳ぎ回る。
「うわぁ! 水族館みたい!」
ネムは目を輝かせながら魚達を眺めていた。
「どうだ? 気に入ったか?」
「うん! 純、ありがとう!」
ネムは満足気に頷くが、まだメインディッシュを終えていない。
俺は店主をカウンターへ立たせると、まな板の上にマグロを一匹複製する。
だが、マグロはピチピチと暴れ、今にも床へと落ちそうだ。
慌てて暴れるマグロへと命令を下す。
【動くな!】
すると、暴れていたマグロがピタリと止まり、大人しくなった。
そして店主にマグロを捌くように命じると、店主は手際よくマグロの解体を行う。
暫くすると大量のマグロの切り身がショーケースへ並べられていく。
やがてマグロを捌き終えると、店主は直立不動で静止した。
「ネム、何が食いたい?」
「う〜ん、お刺身も良いけど、折角のお寿司屋さんだし、やっぱり握りかな?」
「よし! マグロの握り特上コースだ!」
俺は店主にリクエストをすると、店主は桶に入ったシャリを摘み、テンポ良く寿司を握り始める。
ネムと共にカウンターへ着席すると、寿司の完成を首を長くして待った。
「ヘイオマチ」
暫くすると、店主は抑揚の無い声で寿司の完成を告げ、俺達の前には寿司下駄に盛られた寿司が置かれる。
「うわぁ! お寿司だぁー!」
「おお! 美味そうだな!」
ネムはマグロ三昧な寿司を眺め、ウットリとしていた。
だが、いつまで経っても食べ始めないネムに痺れを切らした俺は、ジト目でネムを窘める。
「おい……食わないなら俺が食うぞ……」
するとネムは慌てながら箸で寿司を掴む。
「あわわわわ! 食べる! 食べるよ! いっただっきまーす!」
そして山葵醬油にマグロを浸し、ゆっくりと口の中へ運んだ。
「ん〜! やっぱりマグロは最高ね!!」
ネムは幸せそうな表情で握りを堪能する。
俺も寿司を口へと運び、ゆっくりと咀嚼した。
「んん、美味い! 大将、これ最高だよ!!」
「アリガトウゴザイマス」
店主は小さく頭を下げた。
その寿司は嘗て味わった事の無い程に美味かった。
口の中で溶けるとはこの事か!
舌で転がすと崩れるマグロと、熱過ぎず冷た過ぎない絶妙な温度のシャリによって引き立てられるマグロの旨味。
互いが主張し過ぎずバランスを保つ事で生まれる本当の意味での寿司。
俺はその旨味を噛み締めながら、黙々と寿司を堪能していた。
「おかわり!!」
ふと横へ視線を向けると、山積みになった寿司下駄と共に、頰に米粒を付けたネムが元気よく手を挙げて店主に寿司を頼んでいた。
「ネム、お前いつの間にそんなに食ったんだ……」
「えっ? そんなに食べてないよ! にーしーろくはち……20皿だけだよ!」
「そ、そうか……」
さも普通だと振る舞うネムに呆れながら、俺も追加の寿司を注文した。
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