アクエリアのクリスマスイヴ
雪がしんしんと降り続いている。白く積もった雪のせいで、外は真夜中なのに明るく感じられる。
「ローズ、ほらっ早く」
髪と肩に白い雪が乗ったリサが、扉を開けて入って来た。
「凄いの、だっていきなり降り出したと思ったら、どんどん降り積もって真っ白になっちゃった。ローズも外で遊ぼっ」
窓から外を見ると、フレディが街灯の下で光に照らされて落ちる雪を両手に貯めようと行ったり来たりしている。
彼の背は、また伸びたようだ。完全に人の姿になってしまったフレディは、さっきまでクリスマスパーティーを開いていたガルフのカレー屋で、今日はバーテンダーをやったそうだ。
仕事終わりのお誘いも多かったようだが、彼は僕とリサが待つ噴水広場のアパートに脇目も振らずに帰って来てくれた。
もうすぐ3階のモフモフさんの部屋の鏡から、モフモフさんとロゼッタ、それからスワンとロビーちゃん、そしてリハクが来る時間だ。
マッテオは、街のクリスマスイベントに駆り出されてオールナイトで肉を焼かなければならないらしい。お決まりのサンタクロース姿で昼前にドアの外に立っていたマッテオが、いつもの肉切り包丁を持っていたのを見て笑ってしまった。
「ラヴィちゃん、クリスマスとクリスマスイヴって何が違うんだ? それによっ、今日に限って随分前からとんでもない量のターキーって鳥の丸焼きの予約があるんだ。真面目に焼いてたんじゃ時間が足りないから、スワンに出来た焼き鳥の数を増やしてもらったんだけどな」
「そういえばターキーって鳥がちょっと前から街の外に追加されたんだよね。味見はしたけどさっ、僕ってターキーを食べた事が無いんだけど、はははっ」
僕の家はクリスマスだからといって、わざわざ七面鳥を食べたりする事は無かったんだ。普通に夕食を食べて、早めに寝る。それが小さな頃のお約束だった。
遅くに帰って来る父親が枕元にプレゼントを置いてくれて、夜中にそれに気づいて、それが小さな本で世界の七不思議って辞典のような物で……
本が好きな僕はとても嬉しかった事を、今でも覚えている。
とにかく、僕はターキーの味なんて知らないから、味見の際にスワンに有名なフライドチキンの味で良いのか聞いてみたんだ。それなら味を思い出せるって言ってね。
きっと今頃、街のあちらこちらでターキーの味について盛り上がっているんだろうな。
「この味、あの有名なフライドチキンの味そのまんまじゃん! うんまっ」
みたいにね。
「ねえ、ローズ。まだ行かないの?」
「行くよっ、もうすぐ午前0時だよね。みんなは来たのかな?」
「ラヴィちゃん、アパートの玄関の外で待ってたんだけど」
「あっ、モフモフさん。もう来てたの?」
「ああ、ロゼッタも、ロビーちゃんもな。便利なリハクも居るぜっ」
「便利?」
「あったけぇ、リハクのそばに居るとストーブが近くにあるみたいなんだ。触るとヤケドしそうなんだけどな」
「ロビーちゃんとリハクの事かな?」
「そうそう、アツアツだからな。まあそれは置いといて、取り敢えず行こうぜ。早く行かないとアクエリア神殿の絶景スポットが取れないぞっ」
「はいローズ」
フワリと肩に柔らかくて軽い布が掛けられた。リサが彼女とお揃いのコートを僕に着せてくれた。
最近言われるんだけど、僕も女の子みたいに見えるらしい。たしかに僕は昔はリサの糸で外見を女の子にしたりしていたけど、どうしてだろう?
戸締りをしてアパートから外に出ると、幻想的な景色が広がっていた。
雪が降っている、手が冷たくなって吐く息が白い。普段見慣れない冬仕様の衣装のみんながそこに居て、家族のように待っていてくれた。
「スワンは?」
「お父様はお城に居るの。みんなで花火を楽しんでくれっておっしゃっていたわ」
「ロゼッタ、こんばんは。ロビーちゃんとリハクもお久しぶりっ」
「お久しぶりっ、ラヴィちゃん。せっかくのイヴだしアクエリアに帰って来ちゃった。ねっリハク、交易都市オニキスは、まだ人が少なくて寂しかったもんね」
ロビーちゃんの顔が輝いている。静かに佇んでいたリハクがラヴィを見て頷いた。
「皆さん、帰ったらあったかいコーヒーを淹れます。激甘な紅茶もありますからご心配無く。マッテオさんからターキーの差し入れもありますし、カレーも貰って来ました」
「リサはクッキーを焼いたの」
「私は復活の果実を持ってきたわ」
「おーいっ」
青白く見える街角、北の大通りの方から声が聞こえた。よく見ると数人の集団がぞろぞろと向かって来ている。
「来たのかな?」
「みたいね、何あれ。楽しそう」
ロゼッタが駆け出した。みんなもそれに続いて噴水広場に向かう。その途中でさっきの声をかけて来た集団と合流した。
「なんか大変そうだね」
「だってさ、ギルマスがラヴィさんに招待されてんのに行きたくないって駄々をこねるんだ。だからみんなで引っ張って来たとこ」
綱引きのように手を引かれるイザヤが居た。
「う、うるさいっルク。私だって行こうとしたの。でもそこの性悪意地悪娘3人組がまた私をいたぶるかもしれなくて……」
「あははっ無い無い。こんばんは、イザヤ姫。待ってたよ、テンペスタのみんなもいらっしゃい。今日はみんな揃ったんだねっ」
「おうよっ、リア彼女を放置して来たぜっ」
「嘘つけロマン、お前彼女が欲しいって女神様に祈ってたじゃん」
「チッ、彼女居ない歴、産まれてから今日までのお前に言われたくはないわっ」
「俺だけじゃねえし、なっルク」
ヒューマンの雨竜苺、通称苺がルクに同意を求める。困ったような笑顔を見せたルク。
「なっ、ルク、お前裏切ったのか? もしかして俺だけ残して……」
「ねえ、あんたら、お姫様達をお待たせしてるよ。あっ皆さん、大変お待たせしまして申し訳ありませんでした。我々テンペスタをご招待してくださってとても光栄です。口下手なギルマスに代わりましてわたくしがお礼を申し上げます」
ギルド・テンペスタのエルフのリンスがイザヤの手を握って言った。諦めたのか、イザヤが顔を上げる。
「暖かいわ、リンスありがとう。よろしくね、みんな」
イザヤの吐いた息が白い。雪のように白い顔のイザヤの目元が、心なしか柔らかくなった気がした。
噴水広場から伸びるアクエリアの神殿へと続く階段を登り終えると、神殿の裏側へと歩いて行く。
今日アクエリア城で花火が上がる。アクエリア城の城門広場では出店がたくさんあって、お祭り騒ぎだ。
僕らは街の喧騒を避けて、見晴らしの良いここにやって来た。
「ローズ、もうすぐ時間」
リサが僕の右手に腕を回した。それぞれが色んな想いを胸にアクエリア城を見つめる。
ヒュ────ンッ、ドンッ、バラバラパラパラ
冬の空に大輪の花火が上がった。
「うわぁっ!」
初めて見る花火に瞬きを忘れて見入るリサ。その瞳の中で反射する花火がとても綺麗だった。
だから……
僕は花火を観ているリサと僕の姿を、スクリーンショットのアルバムに追加したんだ。
アンタレスの世界のクリスマスの夜は、街全体が綿雪で白く染められる。そしてこの日だけは人々も街の外には行かずに、親しい仲間と同じ時間を過ごしているんだ。
僕もこの世界の家族と過ごしている、そして空の向こうのもう居ない家族……
ドォォォォンッ
空と僕を遮るように、見上げた空に大輪の花火が広がった。
◇
ギュッとしがみつくリサが暖かい。リサの髪の匂い、強く握りしめてくるリサの手。
この世界にしか居ない君は、僕にとっての全て。そんな僕からの一方的な考えだけじゃなくて、僕がリサにとっての大事であり続けなきゃいけない。
そんな風に、カレー屋のガルフさんが僕に言ってくれた。
「寒い?」
リサが僕の方を見てる。
「うん、全部聞こえたよ。ローズ」
(えっ、聞こえるの?)
(うん、聞こえてた)
照れ隠しに、リサの唇を奪ってやったんだ。
(キスしてってリサ言ったよね)
(言ってないもん、みんなチラ見してたよ)
(リサ、なんで聞こえるんだ?)
(くっついてるから)
(今までも聞こえてたの?)
(うん)
ガーンッ、あれやこれやが全部バレてたって事かぁ。笑ってごまかすしか無いよね。
「ごめんねリサ」
「いいの、それがローズだから」
ラヴィアンローズのクリスマスイヴ。彼の心を支えているのはリサと、友達でした。
本編で語られていますが、元の世界に彼の家族は居ません。
幸せの裏に隠した悲しい出来事が世界にはたくさんあります。
でもラヴィの隣には、純粋無垢な笑顔があって溢れる程の幸せで彼を包み込んでくれる。
そんなクリスマスイヴの夜のお話でした。