重い
2日後の夕方。
所内の見回りから戻ったエヴァンスが監視室のドアを開けると、中ではイロヨクが椅子の背もたれを大きく倒し監視カメラの映像を眺めていた。
「おっとー、残念だったな。お肌ピチピチのミトンちゃんならさっき風呂から出たところだ。今はおぞましい黒の肉団子が湯船でダシを出してるぜ。ズームにすりゃ一発で目が腐り落ちる破壊力だ」
エヴァンスはイロヨクの言葉に反応を示さずそのままソファに座りテレビをつけた。
するとそこには政権放送を行う革命党2人の議員が映し出されていた。
それは線の細い白髪の男ニルガンと恰幅のいい七三分けのドドノ議員だった。
2人はにこやかな表情で集まった大衆とカメラ、そして報道陣に向け雄弁に語っている最中だった。
「政治屋ってのぁ恐ろしいもんだよなぁ。平和な顔しておきながら裏じゃ何しでかしてるか分からねぇ。実際こんなヤバイ施設こっそり運営してんだからよぉ」
「革命党の2大議員だ。この施設の運営は党の中でもほんのごく一部の周知だろうが、主導権を握ってるのは恐らくこの2人だろう」
「つーことはだ、給料を上げて欲しいならこの2人に直談判しないといけねぇってこったな。こりゃ絶望的だぜ」
そしてエヴァンスはテレビに映る議員2人の政権放送にただ黙って耳を傾けていた。
やがて番組が終わるとエヴァンスはテレビを消し再び監視室から出て行った。
エヴァンスが廊下を少し進むと、奥の部屋から強く息を吐く様な声が聞こえて来た。
「ん?」
エヴァンスが声のする部屋を覗き込むと、そこには壁の取っ掛かりに手を引っ掛け懸垂をするカイリキの姿があった。
カイリキは囚人服の上着を着ておらず黒のタンクトップから伸びる引き締まった腕と広背筋は身体が上下する度に美しい躍動を見せていた。
「お!エヴァンス」
気配に気付いたカイリキは懸垂を中断し床に着地するとエヴァンスの前に佇んだ。
「よぉ。見回りか?」
「あぁ。運動か?」
「あぁ。全くここじゃ体が鈍ってしょうがねぇよ。戦場に戻りたい」
「折角助かった命だ。平和を楽しめ」
「人間ってのは飽きるもんなんだよ。アンタも…ん!?」
カイリキはエヴァンスの顔を見て言葉を止めた。
「…なぁ。アンタ前にどっかで会ったことあるか?」
「!!」
カイリキから出た突然の言葉にエヴァンスは少しの動揺を見せた。直ぐに表情を整え小さく否定を呟く。
「…いや。気のせいだろ」
「ふーん、そうかもな。まぁいいか。なぁ、ちとスパー付き合えよ」
「何?」
「スパーリングだよ。出来んだろ?ボクシングくらい」
構えを取るカイリキを見てエヴァンスは呆れたように溜め息をつき背を向け歩き始めた。
「懸垂で我慢するんだな」
「っへ!」
その場を去ろうとするエヴァンスに対し、不適な笑みを浮かべたカイリキは軽やかなフットワークでエヴァンスに突進し音も無いまま右ストレートを繰り出した。
そのパンチがエヴァンスの後頭部に直撃するかと思われた次の瞬間、カイリキの表情は驚愕に広がった。
「何ぃ!!?」
一瞬にして振り向いたエヴァンスはカイリキが繰り出したパンチをその左手で完全に封じ込んだ。
驚きを隠せないカイリキとそれを冷静な目で見張るエヴァンス。
数秒の膠着状態が続いた後、カイリキはゆっくりとその拳を収めた。
「力に頼りすぎだ。動きが重い」
そう静かに言い残したエヴァンスはゆっくりとその場を去って行った。
「…マジかよ。後ろに目でも付いてんのかよ…?」
呆然と立ち尽くすカイリキは呟く様にそう言い放つのだった。