子と親、親と子
イロヨクから所内の清掃を命じられたミトンは一人、清掃道具を持ちながら所内のあちこちを歩いていた。
目立つ汚れを見つけると立ち止まり雑巾でふき取ったりホウキではわいたりしている内に時間は過ぎ約1時間が経過した頃、ミトンに声を掛ける1人の女囚が廊下に現れた。
「やってるかい?」
「ブラック!」
そこに現れたのは元巨大マフィア組織の女ボス、ブラックだった。恰幅のいい巨体から放たれた声にミトンはすぐさま気付き振り向いた。
「だるい仕事押し付けられたもんだねぇ」
「まぁね。でもやる事があった方が気が紛れるし」
「それもそうだね」
「だけどみんな本当凄いね!びっくりしちゃった」
「政府の犬ってやつさぁ。いい様にコキ使われてるだけだよ」
「でもやっぱり凄いよ。私なんか肩身狭くって」
「ココは気に入らないかい?」
「ううん、そんなこと無いよ。最初は何で?って思ったし凶悪犯ばっかりって聞いてて怖かっけど、今はすごく気に入ってる。みんな気さくで優しいし、何てったって腐りかけのハンバーガー食べなくていいからね。あんな温かいスープ飲んだの生まれて初めてよ」
「…」
ブラックはミトンを見つめて何か思い詰めてる様子だった。
気付いたミトンが問い掛ける。
「ん?何?」
「いやねぇ。実は国にアンタ位の娘を残しててね。母親として何もしてやれなかったことを思うと胸が苦しくてねぇ」
「…そうなんだ」
トーンが沈むブラックを心配気に眺めるミトン。
ブラックは続ける。
「捨てられたんだったね?親を恨んでるかい?」
「…どうだろ。どんな事情だったか分からないから」
「そうかい。出たら親を探すかい?」
「ううん。探しようも無いし生きてるかどうかだって分からないしさ。それにちゃんと親はいるんだ、スラムに育ての親がね。赤ん坊の頃から育ててくれた命の恩人」
「そうかい。そりゃ何よりだ。出たら直ぐに会いに行ってやんな」
どこか切なそうにそう言い残したブラックはその場を去って行った。
残ったミトンは床に置いた清掃道具から雑巾を取り出し窓を拭き始めた。
「…親か」
中庭の景色を眺めながら心ここにあらずといった表情でミトンは同じ場所を何度も拭き続けるのだった。
廊下を進んだブラックは向かいからもう1人の女囚と遭遇していた。
「ん!」
そこには優雅に鼻歌を歌いながら歩いて来たチャイナの姿があった。
「チャイナ、仕事は終わったのかい?」
「あぁ。ひと段落さ」
「何だい?随分とご機嫌じゃないか。中国人は陰気だと思ってたが鼻歌を歌うなんて意外だねぇ」
「台湾人だよ」
静かに否定を放つチャイナだったが、その表情は朗らかに解れていた。
「来週、息子との面会が決まったのさ。1年ぶりにね」
「そうだったのかい。そりゃめでたいねぇ」
「あぁ。そっちはどうなんだい?申請は出してるんだろ?」
ブラックは視線をずらし一瞬口篭った。
「…娘がアタシに会いたがらないのさ」
気持ちを悟ったチャイナは表情を落とした。
「…そうかい。まぁ、元気出しな。その内に気も変わるさ」
「…あぁ、そうだね」
そうしてブラックはチャイナの横を通り過ぎ、静かに廊下の奥に消えて行った。
振り向き見送るチャイナもまた鼻歌を再開しようとはせずブラックとは反対方向の先にその姿を消して行ったのだった。