お仕事の時間
足早に食堂を抜けたミトンを含む7人の女囚達は中央部屋に来ていた。
ここはエヴァンスが就任した際、女囚達が集められた部屋であり、同じ様に中央には広々とした机、その上には様々な精密機器等が設置されていた。
一同が部屋に着くと既に反逆罪にして死刑囚のニーラは席に着き真剣な眼差しでコンピューターを操作していた。
他6人も決められていたであろう自分の席に座ると鳴れた手付きで各自作業を始める。
そんな中で1人おどおどとした様子のミトン。
するとやがて部屋の出入り口から看守のイロヨクとエヴァンスも姿を現し刑務所の人間は全てこの場所に集合した。
「よーし、お前達!ブタのエサを食う生活に戻りたくなかったら今日もはりきっていけよ~」
イロヨクが大きく号令を掛ける。
そんな中7人の女囚達は耳を貸す様子も無くただ黙々とそれぞれの作業に没頭している様子だった。
するとイロヨクがパソコンの画面で様々な人間の顔写真を見ているブラックに声を掛ける。
「どうだ?心当たりのある奴はいるか?」
「いーや、特にはいないねぇ」
「どんな下っ端でもいい。デカイ組織に属してそうな奴がいたらすぐに教えろ。面倒を避けるために自分がマフィアの一員である事を隠す奴は多いからな。あぁそれと、これを見ろ」
「ん?」
イロヨクは手に持っていた用紙をブラックに差し出した。
「カポネ組は知ってるな?今組織内部で小さな抗争が起こってるらしい。この隙に別の組にカポネ組を叩かせたいんだが、どこかいい組はないか?」
「それならハナヤマ組を差し向けるといい。カポネ組は売春も生業にしてるが、ハナヤマ組のボスは娘がいるからガキの売春しのぎを嫌ってる。勢力も申し分無いだろう。お膳立てはそっちでやっとくれよ」
それを聞いたイロヨクは直ぐに近くにあるパソコンに何かのデータを入力し始めた。
直ぐに作業を終えると立ち上がり、今度はチャイナの元へ向かい声を掛ける。
「チャイナ、これを見ろ。ブラックリストが更新された。この中に武器を売った覚えのある奴はいるか?」
「…いや、いないねぇ。あぁだがコイツは見覚えがあるよ。ブラックマーケットに来てた奴だ。何度か見た事あるが直接武器を買ったかどうかは分からない。ただコイツが現れるのは決まってカン・リュウって奴が主催してる時だったはずだ。裏で汚い事やってる資産家の青二才だが、繋がりを調べてみたらいい」
「なーるほど。コイツはコイツで表向きはヘラヘラしてる地主の資産家だ。裏の繋がりも強いはず。一網打尽に出来るかもなぁ」
続けてイロヨクはパソコンに何かの情報を打ち込んだ。
次にイロヨクは向かいの席に座るサイコロを呼び寄せた。
「サイコロ、ちょっと来い。この映像を見ろ」
イロヨクがサイコロに見せたのはどこかの取調室の映像、その中には2人の男性が机を挟んで問答をしている様子だった。
「殺人容疑だ。否認してるが、どうだ?」
「…」
心理学者のサイコロは真剣な眼差しでじっと映像を眺めていた。
30秒程経過すると首を横に振りながら口を開き始める。
「いや、黒やでコイツ。目線が右上見とるし質問に対して答えまでの間が短すぎる。話を作っとるし隙を見せへん努力で必死やわ。それに足元に落ち着きが無さ過ぎるて」
「確かか?」
「たった1分でここまで多いサイン見せてんねんで?私に頼らんと自分で見抜きぃな。あそれと、そいつゲイやで。刑事のお兄さん見てめっちゃ内モモ触っとる。相当タイプみたいやわ」
イロヨクは改めて映像に映る容疑者の男を見て眉をひそめた。
「あのなぁ。余計な事まで見抜かなくていいんだよ。ったくどうしたらそんな目敏くなりやがんだ?」
「んっふふふふふ~。最初は好きな人に振り向いてもらおう思て勉強しててんけど、段々エスカレートしていってん。うざい奴おったら教えてんか。メンタル追い詰めて自分で手首切らしたんで~」
陽気にそう言い放つとサイコロは反対側にある自分の席へと戻って行った。
その頃、机の隅では元敵国兵士のカイリキとエヴァンスが1枚の地図を広げ2人で凝視していた。
「…ここの地形はどうなってる?」
「見晴らしのいい岩山地帯さ。敵を追い詰めるには不向きだね。地の利を利用されて返り討ちにあうのが関の山さ」
「ならここは?」
「分からない。反政府軍が拠点にしてる領域だ。アタシ等でも滅多に近付かなかった」
「そうか。やはり誘導作戦にうってつけの場所はそうなさそうだ。どこも何かしらの不安要素がある。国内の勢力同士で潰し合ってくれればこちらも楽なんだがな」
「小さな小競り合いなら日常茶飯事だけど、どデカイ国内紛争は起こってない。この10数年この均衡状態が続いてるよ」
「この国の指導者は常に8人の影武者を用意してる。反政府軍も大きく3つの組織があるがまだその勢力は小さい。確実に本人であるという情報を掴んだ上で勝算のある状況や作戦を練らない限りは動かないだろうな」
「…アンタ随分と詳しいんだな?」
「…!」
饒舌に自国の戦況を語るエヴァンスをカイリキは不思議に感じた。
エヴァンスはそれを聞き一瞬どこか気まずそうな表情を見せた。
「…とにかく、まずは敵国の情報インフラを掴まないと話が進まない。ハッカー、どうだ?」
エヴァンスから声を掛けられたハッカーは軽やかな手付きでタイピングを続けながらエヴァンスの問いに反応する。
「順調よ。アルゴリズムの解析にはもう少し時間が掛かるけど、敵が使ってるプロトコルは特定出来た。でも想定通りいくつものサーバーを経由してるから慎重に進めないとこっちの居場所がバレちゃう」
「こちらの情報が漏れる事だけは絶対に避けるんだ。慎重にやれ」
「分かってる…時間を頂戴」
引き続き必死な表情でハッキングを続けるハッカー。
するとそこに気配を消しながら現れたアートがある絵画をエヴァンスに差し出した。
「で…出来たわ…」
受け取ったエヴァンスとカイリキはその絵を難しそうな表情で眺めた。
そこには太陽を背負って悲鳴を上げてそうな凄惨な表情を浮かべる男が描かれていた。
「なんだこりゃ?何がテーマだ?」
「イ、イカロスは神に突き落とされたんじゃない…。自分が神であることを、思い出して、そう、何もかもが満たされるという絶望に耐え切れず自分から地上に落ちたの。うふ、うふ、うふふふふふ…」
不気味に笑うアート。
エヴァンスとカイリキは互いに顔を見合わせ”理解不能”といった表情を漏らした。
するとアートがエヴァンスに1歩近付き顔を覗き込む様にして要望を口にした。
「ね、ねぇ、エヴァンスさん…。こ、今度、その、貴方の裸体をデッサンさせてくれないかしら…?次のインスピレーションが生まれる感じがするの。美しい作品が出来そうだわ…」
その提案を聞いていた周囲の女囚達はすぐさま追い風をかける。
「おぉ!いいねぇ!いいこと言うじゃねぇか、アート。賛成だよ!」
「ええやん、ええやん!ウチも見学してもええ?」
「決定だねぇ。ここの看守としては国家経済に貢献するのも立派な任務だろぉ?」
「こう見えて私も小さい頃は国で絵を書いてたんだよ。久々に私も筆を執ってみようかねぇ~」
カイリキ、サイコロ、ブラック、チャイナ、4人からの追い討ちを受けたエヴァンスだったが、その表情はいたって冷静なまま小さく咳払いを放つ。
「ウォホン。考えておく…」
そう言い残しエヴァンスはアートから受け取った絵画を監視室へと持ち去って行った。
「っち。サービス悪いねぇ」
カイリキがぼやくその横で人体実験を犯した科学者のマッドは誰かに電話をし始めた。
「これじゃ駄目。幹細胞を培養する段階でゲノムが傷ついてる可能性だってある、所詮は人工培養よ。そんなところを探ってたんじゃキリが無い。どうせ人体実験が出来ないならせめてテラトーマが100%悪性に変わらないって事を証明しないと。…遠回りじゃない!それを学会に認めさせれば実験の幅が広がる。それか幹細胞が多機能性に変わるリプログラミングの手法をいちから探す?いずれにしろどっちかを埋めない限りは道は狭いままよ」
難しい言葉を並べながら電話先の相手と口論するマッドは約5分程して溜め息と共に電話を置いた。
「…ふぅ。全く。理論だリスクだ道徳だって…」
「相変わらず何語だか分からねぇ言葉喋ってんなぁ。マッドの話聞いてると頭から煙が出そうだぜ」
「再生医療の現場で安全だ倫理だなんて言ってる時点でずれてる。あのまま私に研究を続けさせてくれれば3年後にはガンで死ぬ患者をゼロに出来たのに…」
「あのぉ~…」
「!」
突然弱々しい声が部屋に流れた。
周囲が声の先を一斉に注目すると、そこには肩身の狭そうなミトンが一人で佇んでいた。
「あ、あの…。私は何すれば…?」
一同が沈黙を守る中、イロヨクがひと言告げた。
「掃除でもしてろ」