決戦の朝
作戦決行の朝、エヴァンスは刑務所で身支度を済ませていた。
同じ監視室に居るイロヨクも他人事ではないといった様子でそわそわしている。
「よぉ。大丈夫そうか?成功しそうか?」
「さぁな。祈っててくれ」
「はぁ…そんなことしか出来ねぇのかよぉ…」
「ここを見張るのも大事な任務だ。本部から連絡があった時、1人も看守がいなければ怪しまれる」
「そういうこと言ってんじゃねぇよぉ…そのぉ、なんつぅか…あぁ、まぁいいや。大人しく留守番しておくよ。頼まれたって政府の本拠地でドンパチする役目なんて願い下げだしな。誰かさんに折られた指もジンジン痛むことだしよぉ!」
「ドンパチになったらまず勝ち目は無いな。俺の肩の傷は完治してないし、他は銃の扱いすらままならないメンバーだ」
「おいおい…こんな時はもう少し希望的観測を言ってくれてもいいんじゃねぇのかよ?俺の命はお前達の成功如何なんだぜぇ?」
「作戦において必要なのは希望的観測ではなく冷静な現状分析だ。それに俺達はお前の命を救うために作戦を遂行させる訳じゃない。今後自分の運命を呪いたくなかったら2度と未成年との営みは行わないことだな」
「…っち」
ふてくされた様子のイロヨクをその場に残しエヴァンスは中央部屋へと向かった。
閑散とした部屋にはひとり時間を持て余している様子のブラックが黄昏れていた。
「やぁ、エヴァンス。どうしたんだい?そんな気合いの入った目ん玉引っさげて」
「…エッグマフィンを追加してやる」
それから数十分後、エヴァンスはミトンとハッカーが待つコテージに姿を現した。
すると外ではハッカーが1人で何をする訳でもなく佇んでいた。
「エヴァンス!」
「ハッカー。どうした?」
「…ううん、何でもない。ただちょっと外の空気を吸いたくて」
「そうか。いよいよ決着だ。心の準備はいいか?」
「全然」
「当然だな。銃は扱えるか?」
「こう見えてもそこそこお嬢様育ちなの。私の扱える武器は理詰めの口喧嘩とコンピューターだけ」
するとエヴァンスは腰に携帯している銃を取り出しハッカーに差し出した。
「持ってみろ」
「え?」
エヴァンスに言われるがまま恐る恐る差し出された銃を手に取るハッカー。
するとエヴァンスはハッカーの後ろに回り込み背後から両手を取り上げ銃を構えさせた。
「!」
「いいか?集中しろ。狙いを定めて安全装置を下ろし、引き金を引く」
エヴァンスに手を握られ、なされるがままに標的となった木に対し発砲したハッカー。
「っきゃ!!」
銃の反動に身体を揺さぶられたハッカーだったが、背後にあるエヴァンスの逞しい肉体がそれを支えた。
その瞬間ハッカーは強い安心感とほとばしる熱い何かを感じていた。
「よし、いいだろう。使い方だけは覚えておけ。出来れば銃撃戦にならない事を祈るが、念のためだ」
「…えっ、えぇ」
ハッカーの両肩を軽く叩きコテージの中に入って行くエヴァンス。
そんな後姿をハッカーはじっと見つめていた。
ハッカーの鼓動は未だ強く脈を打っていた。
「…はぁ。いるもんよねぇ、いい男って。…やっぱりこのままじゃ死ねない!」
心の中に強く生きる意志を刻み込んだハッカーは気持ちを入れ直し今回の作戦に臨む準備を整えた。
すると突然遠方から車のエンジン音が聞こえ始め段々とその音を大きくしていった。
やがて1台の高級車がその場に到着すると、中から出て来たのは作戦開始の合図を告げる男だった。
「準備はいいか?」