求めしは”理解”か”許し”か
ドドノ議員は実の娘であるミトンから痛恨の言葉を吐きかけられた後、外の空気を吸うためコテージの外へ出た。
するとそこには刑務所に帰還したはずのエヴァンスが立っていた。
「エヴァンス君!」
「…」
車に寄りかかり腕を組んでいるエヴァンスは何も言わずどこか憂い気な表情でドドノを見ていた。
間を持て余したドドノが声を掛ける。
「エヴァンス君、ちゃんと君に礼を言ってなかったな。娘を助け出してくれて本当にありがとう」
「いえ…。ですがまだ終わっていません。本当の勝負はここからです」
「そうだな…。ふふ、この調子では仮に事件が解決したとしても、長く辛い戦いが待っていそうだな…」
そう呟いたドドノ。
ドドノは作戦の成功が自身の政治生命の終わりを意味する部分を皮肉ったのか、ミトンとのこれからの関係を皮肉ったのかを名言することは無かったが、エヴァンスにとっては後者の意味合いを強いのではないかと、そう感じていた。
「エヴァンス君、君は私を馬鹿だと思うかね?」
「…?」
「恐らく君の目に映る男は、名誉と権力のために悪政に手を染めた挙句、一時の感情により不義な過ちを犯し、世界一不幸な人生を実の娘に擦り付けた、そんな救いようの無い大馬鹿者だろう?」
どこかヤケになったかの様に吐き捨てるドドノ。
エヴァンスは静かに返す。
「私には、何も言う権利はありません」
「そうかね?君も我々革命党の悪政に踊らされ命の危機に立たされた人間の1人だ。大いに罵る権利もあれば、ここで私を殴り殺す権利だってあるんじゃないのか?」
「私がここに居るのは戦地にて命令違反を犯した自業自得の末路です。それに、今回の作成を遂行するためには貴方は必要な存在です。私の気持ちはこの際関係無いと思います」
「ふふふ。冷静なんだな、君は。家族はいるか?」
「いえ」
「そうか。…エヴァンス君、少し昔話をしてもいいかな?」
「?」
少し意外な切り口にエヴァンスは表情を傾けた。
「知っての通りこの国はひと昔前危機に瀕していた。当時新進気鋭だった我々革命党は若く血の気も多かったため息巻いていた。綺麗事や守りの姿勢がこの国を衰弱化させていることを結論付け”痛み無き政令に栄光無し”と唱え合いながら本気でこの国を良くしようと死に物狂いだった。批判や非難は覚悟の上で。国力を上げるためなら何でもした。我々の政治に道徳というものさしを用いる事はほぼなかったがね」
「…」
「理解を求めるつもりはなかった。最終的に国が救われればいい。地獄を壊すために鬼になると心に誓った。だが決して我々は悪魔ではない。全ては国民のためだったんだ。だが、だが…」
ドドノの声が震え出す。
「自分の娘を失う事だけは…それだけは…」
「…」
「今日初めて娘の顔を見た。だがひと目で分かった。私の娘だ、と。彼女をこれ以上不幸にすることだけは出来ない…例え我々革命党が失脚しこの国が滅んだとしてもだ!」
ドドノの拳は強く握られていた。
エヴァンスはそんなドドノの様子を見て取り冷静な言葉を発す。
「”理解は求めない”と言った人間の語り部とは感じられませんでした。その嘆きはミトンに向けられていたのでしょうが、恐らく彼女には届かないでしょう」
「…そうだな。どうすればいいと思う?”悪かった。許してくれ。国と政治を捨ててでもお前を守りたい”とでも言えば許してもらえると思うか?」
「分かりません。私には家族はいませんので」
「ふっ、ふふ。そうだな。君は本当に冷静な男なんだな…」
ドドノは握り締めた拳を解き改めてエヴァンスを見た。
「エヴァンス君、君の事は聞いてる。どうか力を貸してくれ!どうか娘を救ってくれ。何でもする、どんな事でも協力する。だから、どうか、どうか…」
「無論尽力します。作戦成功の第1歩は今のこの密談を怪しまれない様、お互いいち早く帰路に着くことです」
「…そうだな」
「私が協力出来るのは今回の事件を解決するまでです。その先ミトンに必要な救いを与えられるのは貴方だけだと思います。それでは」
そう言い残したエヴァンスは車に乗りその場から去って行った。
そしてドドノ議員もミトンが居るであろう部屋の場所を少しの間眺め何かを断ち切る様にして車に乗り込むのだった。