懺悔、希望、そして覚悟
「なん…ですって…………???」
「………………」
言葉を失ったミトンの横でハッカーが声を漏らす。
この日一番の驚愕に表情を広げる2人に対し、事前にその事実を聞かされていた他の3人は静かな表情を見せていた。
「お、父さん…?」
「…ミトン。本当に…無事でよかった…」
1歩近付いたドドノに対し1歩後ずさるミトン。
ドドノはその様子を当然のことといった様子で飲み込んではいたものの、その表情は後ろめたさでいっぱいだった。
辛うじて言葉を保つハッカーが説明を求める。
「ちょっと…父親?ドドノ議員がミトンの?一体何のこと?説明して!」
エヴァンスが答える。
「ミトン、お前が逮捕された際、採取されたDNA鑑定で判明したんだ」
「えぇ…?」
エヴァンスは再びドドノに目を向けた。
”ここから先は自身で説明すべき”という意味合いを込めた目を真っ直ぐと向けていた。
それを察したドドノは重い口を開く。
「…18年前、駆け出しの議員だった頃、私は妻子ある身でありながら他の女性との間に子をもうけてしまった。無論政治家として公表する事は出来ずその女性とは合意の元で縁を切り秘匿にしたが、まさかスラムに捨てられていたとは…」
「…」
ミトンは突然の衝撃に引き続き言葉を奪われたままただドドノの話を聞き入っている様子だった。
「本当にすまない。辛い思いをさせた。しかしその女は実はマフィアの女でもあった。これが公になれば政治家としてイメージダウンどころの話ではなかった。罪の意識は勿論あった、後悔しているが、あの時はああするしかなかったんだ…」
「…」
ハッカーが口を開く。
「ちょっと待って。ならドドノ議員が証拠隠滅のためにミトンを殺そうとしたってこと?」
「!!」
ミトンが身構える。
「違う!私はミトンを助けに来たんだ!!」
「…どういうことですか?」
「今回の事件、黒幕は私ではない。ニルガンという男だ!」
「!」
ドドノは一連の事件の黒幕が革命党2大議員のもう1人であるニルガンだということを打ち明けた。
「ニルガン議員が…?」
「そうだ!この事実を知った奴はミトンが逮捕された際、密かにあの極秘刑務所に移送させた。その上で秘密裏にミトンを抹殺しようとしたのだ。ミトンが生きている限り私の過去の過ちが世に出る可能性は顕在し続ける。公になれば党の存続すら危うい、奴はその危険を元から断とうとしたのだ。本人さえいなくなれば、あとは関係者に脅迫と口止めをすれば闇に葬れる」
「…それが分かってるなら止めればよかったじゃないですか!どうして移送を見過ごしたんです?アナタはニルガンと同程度の力をお持ちのはずでしょ?」
「口車に乗せられたのだ。まさか奴め、こんなことまでするとは…。私の娘と知りながら!」
「えぇ?」
「奴は初めからミトンを暗殺するつもりだった。しかしそれを私が知れば当然断固阻止する、そう悟った奴は私に嘘をついた。”表沙汰にならないためにこっそりと刑期を終えさせる。周りは一生表に出られない連中だからより安全だ”と」
「…まんまと騙されたんですね?」
「収監されている他の囚人達に命懸けの恨みを持つ者は世界中にいる。情報が漏れたというシナリオをでっち上げた上で密かに雇った無法者達を差し向け殺そうとした、政府とは関係無いことを装って。確かにあそこなら襲撃されても公にはならない。私がそれに気付いたのは2人が脱獄してからだった…」
「ミトンの移送を操作した際に暗殺しなかったのは出来るだけ疑いの目が自分に向かないため。自分後から雇った無法者達の私怨というシナリオを完遂するため。完璧に丸く収めようとしたのか、智将だな…」
「ミトンだけが死ねば怪しまれる。他に殺された連中は目くらまし目的で命を落としたってのかよ。ったく何て鬼畜な野郎だ」
「政府組織として表向きは2人を捕らえて静かに牢に戻したいが、その中で闇に乗じて暗殺したいニルガンと命を助けるため逃がしたいドドノ議員、か。面倒な三つ巴だな…」
タッカーが提案を呈す。
「なぁなぁなぁ。そのニルガンって奴が犯人だって分かったんだろ?それなら他の連中にそれをチクッてそいつをひっ捕えりゃいいんじゃねぇか?」
「無駄だ。むしろ逆効果だ」
「どうしてだよ?」
「考えてもみたまえ、ミトンを失って哀しむのは党の中で私1人、他の人間はニルガンの方を持つはずだ」
「んじゃどうしてそのニルガンって奴は単独で動いたんだよ?みんなで寄ってたかって暗殺に動きゃよかったんじゃねぇのか?」
「エヴァンス君の言う通り、奴は天才的な知略家だ。こういった内部分裂をも起こしかねない重大な機密は共有する人間を極力する無くする方が成功確率が上がる事を心得ている。党を守るため、自分ひとりが汚れ役を買って出たのだ」
「んじゃお仲間には期待出来ないってことか…」
「警察連中に駆け込んだところでニルガンの圧力が掛かる。我々だけで何とかするしかないんだ。他の政府連中が知れば喜んでミトンの暗殺を黙許するだろう。自慢じゃないが我々革命党の歴史は汚れだらけだ」
「…知ってますよ。”姥捨て山プロジェクト”なんて断行する程ですからね」
「エヴァンス君!どうか、どうか娘を助けてやることは出来ないか?」
「…それはつまり、党の様々な悪事と秘密が公になるということです。その際は貴方自身どうなるかはお分かりですね?」
「元凶は私だ、今更自分だけが助かろうなどとは思わん!私も党もどうなってもいい!国を救うためとはいえ私も長らくニルガンに加担し悪政を裏で操作して来た、裁きは受ける覚悟だ。だが、だが娘だけは助けて欲しい!!」
「…」
エヴァンスは視線を下に向け深く考え込んだ。
やがて視線を戻しドドノに問い掛ける。
「議員が奴の陰謀に気付いたこと、ニルガン本人は気付いていると思いますか?」
「いや、今の時点ではそれはないはずだ」
「よし!それなら裏を掛ける!最後にして最大のチャンスかもしれない!」
「どうすんだよ?」
「単純さ。政党本部に侵入し中央コンピューターから悪政の証拠データを盗み出す。それを公に公表するんだ」
「!!」
エヴァンスの提案に周囲は不安な様子を滲ませていた。
「革命党を潰す。ニルガンを初め関わりを持っていた人間を全員ムショ送りにするんだ」
「侵入って、政党本部の建物に?」
「そうだ。ドドノ議員と共に俺達はSPに扮して侵入する。中央コンピューター室で直接サーバーからデータを奪う。ハッカー、出来るな?」
「えっ…えぇ。ドドノ議員のアクセスレベルがあれば出来るはず!…でもあそこはまるで要塞よ?議員本人がいても私達がそう簡単に侵入出来るとは思えない」
「少しだが時間はある。やるしかないんだ!」
「このオッサンにごめんなさい放送させるんじゃ駄目なのか?」
「最後のチャンスなんだ、もみ消されてしまえば全ては終わる。確実に潰すためには確実な証拠が必要だ!宜しいですね?議員」
「…あぁ、やろう」
こうして一同は不安の中、政党本部への侵入作戦を練り始めた。
そんな中、衝撃の事実に最も揺れるミトンは未だ言葉を取り戻せずにいるのだった。