秘密を知る女、マザーとの再会
タッカーが車を止めたのは荒みきった街並みが続くとあるスラム街だった。
崩壊寸前かという程の老朽化した建物が軒並み連なり、あちこちにボロボロの服を纏い痩せ細った老若男女が点在している。
そんな痛ましい風景の中、車内では打ち合わせが交わされていた。
「よし、30分だ。俺はここから離れる。30分後に向こうに見える時計台に集合だ。直ぐに車に乗れよ?モタモタすんな?情報を聞いたらすぐさまおさらばだ」
「えぇ。分かった」
「よし!」
こうして2人は静かに車を降り周囲を気にしながらミトン先導の元である大きな建物へと向かって行った。
「あそこがマザーの寝床」
元は何かの公営施設だったかと思われるその建物に入って行った2人。
出入り口付近に居た1人の男が出迎える。
「ミトン!!お前っ、パクられたんじゃなかったのか?」
「スタッキー。暫くね。元気だった?」
「あぁ。お前はどうなんだ?」
「大丈夫。マザーは居る?」
「あぁ、奥に居る。誰だそいつは?」
スタッキーと名乗る見張りらしき男は隣に立つハッカーに対し怪訝な表情を向けていた。
「大丈夫、仲間よ。ちょっと事情があって。少しマザーと話があるの」
ミトンとハッカーはそのまま奥の部屋に行こうとしたが、スタッキーという男が立ちはだかった。
「ちょいと待ちな。そいつはどう見てもスラムの奴じゃねよな?」
「え?…えぇそうだけど、でも大丈夫。問題無いわ」
「いーや、通す訳にはいかねぇ。サツじゃねぇって保証は無ぇだろ?」
「違うったら」
「お前がサツの捜査に協力してこの女を連れて来た可能性だってある」
「私を疑うの?」
「パクられたはずのお前が何故か突然姿を現したんだ。疑うのは当然だろ!」
険悪な雰囲気になる2人。
見かねたハッカーが口を挟む。
「いいわ。ミトン1人でいってらっしゃい。私はここで待ってる」
「駄目よ。もし何か情報があるならハッカーにも聞いてもらわないと。私じゃ難しい話は分からないし」
「…でも、譲ってくれそうにないわよ、彼」
「ねぇスタッキー、お願い。少しでいいの。誓うわ、この人は警察じゃない。それに貸しがあるでしょ?」
「…」
スタッキーという男は少し口篭り考えた様子を見せ小さく息をついた。
「よし、それじゃ身体検査だ。腕と足を広げな」
それを聞いたハッカーは半ば投げやりな表情を浮かべ指示に従った。
スタッキーは身体検査という名目の元、ハッカーの身体を余すことなく弄りつくした。
「…よし、いいだろう。行け。だがもし妙なマネしやがったらタダじゃおかねぇぞ?」
「ごめんね、ハッカー」
「生きるためよ。それにあのへっぽこ看守に抱かれたことに比べたら屁でもないわよ」
こうして2人は部屋の奥へとその足を進めて行った。
ろうそくの火で照らされた広いスペースの中央奥、大きなソファに悠然と座る1人の人物が居た。
その姿を確認したミトンは小さく呟く。
「マザー!」
「ミトン!!」
まるで山びこの様にミトンの名前を呼び返したその人物はおよそ60代程のぽっちゃりとした体型を纏うロシア系白人の女性だった。
ミトンの姿を見たマザーと呼ばれるその女はすぐさまソファから立ち上がりミトンの元へと向かって歩みを進めた。
距離がなくなり抱擁を交し合う2人。
「ミトン、無事だったのかい?良かったよぉ、心配したんだよぉ~」
「マザー、ごめんなさい。ヘマしちゃって…」
「全く本当に馬鹿な子だよぉ、この子は。…でもどうしたんだい?もう出所したのかい?話じゃ2年食らったと聞いてたが、随分と早いじゃないか?」
「えぇ…実は…」
そしてミトンはこれまでの事件の流れをマザーに言って聞かせた。
それを聞いたマザーは驚いてる様子だった。
「そんな事があったのかい…」
「ねぇ、マザー?私のことで何か知ってることない?そもそも私はどうやってここに捨てられたの?もしまだ何か言ってないことがあるなら聞かせて欲しいんだけど」
「…」
マザーは再びゆっくりとソファに腰を下ろした。
そして思い深げに足元に視線を落とすと、どこか言い辛気に口を開き始める。
「…お前は親の事とか過去の事をあんまり知りたがらなかったねぇ。まさかこんな形で伝える事になるとは…」
「何か知ってるの?」
「…伝えてないことがあるんだ」
「え?」
ミトンとハッカーはマザーの次の言葉を食い入るようにして待っていた。
すると次の瞬間、
”パキューン”
「!!?」
静寂だった空間に突然の銃声が鳴り響く。
銃声がしたのは先程通過した建物出入り口の方向、咄嗟に振り返った2人は衝撃の光景を目にする。
「スタッキー!!?」
そこには何者かに額を打ち抜かれた見張り役のスタッキーが白目を剥いたまま地面に倒れその生涯を閉じていた。
やがてその方向から荒々しい声が聞こえてくる。
「いたぞぉぉ!!!」
「!!!」
3人の方向に声を飛ばして来たのは先日刑務所に奇襲を掛けてきた武装兵と同じ格好をした数人の集団だった。
やがてその集団から次の銃弾が放たれた。
”パキュン”
「うわぁぁぁ!!!」
「マザー!!!」