運び屋タッカー
ミトンとハッカーをアーカエ地区に送り届けるため、運転手派遣の交渉を交わしたエヴァンスとブラック。
ブラックは直ぐに監視室に連れて来られ看守用の通信機器を使いある人物へ連絡を入れた。
すんなりと要望を通した様子のブラックは受話器を置く。
「よし、2時間で着くそうだ。あとは直接話しをしてもらって構わないよ」
「そいつは信用出来るか?」
「安心しな。そいつも私のファミリーさ。肌は黒いが腹の中は白人並みの白さだよ。まぁちょいとお喋りがうっとおしい奴だがそこは我慢しな」
「感謝する」
「必要無いさ。こいつぁ取り引きだ。互いに利益があるんだ。それに」
「?」
ブラックは目を細め少し声を落とし呟く。
「あの子には、生きてほしいしねぇ…」
そう呟くブラックの目にエヴァンスはブラックの優しさを垣間見る様だった。
それから2時間後、1台の車が隠れ基地に到着した。
車から降りたスーツ姿の黒人はドアをノックする。
「来た!!」
中に居る2人は共に心臓を弾かせた。
無線でエヴァンスから運び屋到着を事前に知らされてはいたが、それでも窮地に追い詰められている状況の2人にとってはドアがノックされる音に都度寿命を縮めていた。
恐る恐る覗き穴から相手の姿を確認するハッカー。
するとそこには線が細く身長の高い黒人の男が立っていた。
「…アナタが運び屋さん?」
「そうだ。タッカーだ。ウピゴバに言われて来た」
「ウピゴバ?」
「ブラックのことよ。彼女の本名」
ミトンの疑問にハッカーが小声で答えた。
すると次にハッカーは突然意味深な言葉をドア越しの男に向かって言い放つ。
「…自由の国を代表するミュージシャンは?」
それを受けた男は特に驚いた様子も見せず即座に答えた。
「”ビーチボーイズなんかじゃない、エドウィン・スターだ”」
「…本人ね!」
事前に打ち合わせていた合言葉を確認したハッカーは安心した様子で静かにドアを開けた。
するとタッカーと名乗った黒人は部屋の中に入るや否や高いトーンで2人に話しかける。
「よぉ!君達かい?例の極悪脱走子猫ちゃん達ってのは?」
「えっ、えぇ。そうよ」
「そうか。何だかどデカい陰謀に巻き込まれたんだって?だけど安心しな!このタッカー様が来たからにはもう安心!目的の場所に送り届けるだけじゃなく、この神より与えられし頭脳と身体能力を使って見事に事件を解決してやる!子猫ちゃん達は大船に乗ったつもりでゆっくりとネイルでも楽しむといい」
「…」
深刻な状況に似合わず明るく挨拶をし握手の手を差し出すタッカーと名乗る男。
2人はどこか探る様な表情を浮かべつつその手を軽く握り返す。
「よし、そんじゃ早速行こう。車に乗りな」
タッカー誘導の元で外に止めてある黒のバンに乗り込む2人。
タッカーはエンジンを掛けそのまま直ぐに車をスピードに乗せた。
道中タッカーのお喋りが車内に蔓延する。
「釣り目のお譲ちゃんがコソ泥のミトンで、そっちのおかっぱちゃんが元諜報部員のハッカーだっけ?政府にいいようにコキ使われた上に政府から命狙われるなんて、数奇な運命だよなぁ。一体何がどうなってんだよ?」
「それを今から調べに行くのよ」
「そうか。しかし不幸中の幸いだったな、この俺様にお守りをしてもらえる何てお譲ちゃん達はツイてるぜ。こう見えても俺はその世界じゃ名の通った運び屋よ。俺様に運べないモノは無い!”希望”以外はな」
「希望?」
「そうとも、”希望”さ。そればっかりはそいつ本人が自分の手で運び込まないといけねぇもんだかな。だがそれ以外だったら何でも運んでやるさぁ。人でも爆弾でも国家機密でも。カワイ子ちゃんの頼みってならこの俺様のテクニックを以って天国へだって運んでやれるぜぇ!」
「そ、それはどうも…」
「俺様には色んな大物からひっきりなしに依頼が舞い込んでくるが、そう易々とヤマを受けたりはしねぇ。ウピゴバに感謝しとくんだな、他でもないあの人の頼みだ。お土産に特大フライドチキンでも買って帰るか?」
「ブラック…いえ、ウピゴバとはどういう関係なの?」
「母親みてぇなもんさぁ。身寄りのない街のチンピラだった俺をファミリーとして迎え入れてくれた上、運転の腕を買ってくれて運び屋の仕事まで世話してくれた。レーサーになるのが夢だったが、この生活も悪くねぇ」
「そう、人望の厚い人なのね」
「デカイのは体だけじゃない。比例した器のデカさがあるってこったな。にししししし」
すると今度はタッカーがミトンに対し話を振り始めた。
「君も身寄りの無い子供だったんだろ?」
「…えぇ」
「そうか。そりゃ辛かったな。気持ち分かるよ。この事件が解決したら孤児同士親交を深めるためにディナーでもどーう?美味しいシャワルマを出す店があるんだよぉ。俺様と一緒に行けばVIP待遇だぜ?」
「…悪いけど、事件が解決するまではそういう気分にはなれないわよ」
「解決の糸口がその”マザー”って奴にあるかもって話しだろ?それならわざわざ2人を運ばなくても俺が伝書鳩やってやってもいいんだぜ?」
「アーカエ地区の人間は絶対に仲間を売らない。それに自分のことだもん。私本人が行って自分の耳で聞かないと。私を捨てた親のことなんか、昔は知りたいとも思わなかったけど…今はそんなこと言ってる場合じゃない」
車内に静かな沈黙が流れる。
そしてバックミラーから正面に視線を戻したタッカーがひと言告げた。
「…よーし、飛ばそう!」
タッカーのペダル捌きによりエンジンが轟音を轟かせると車はハイウェイを猛スピードで颯爽と駆け抜けて行く。
それから約6時間後、車は夕日が揺らめくとある街に到着しエンジンが停止した。タッカーが告げる。
「着いたぜ」




