傷と犠牲で得るは神への祈り
エヴァンスが三日月の男との死闘を終えた頃、暗闇の森を必死に駆け抜ける2人の人影があった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、も、もう駄目…」
「頑張って!今は走るしかないのよ!」
揃いの囚人服を纏い、肩で息をしながら死に物狂いの表情を見せるのは国家反逆罪を犯したハッカーと元ホームレスにして窃盗犯のミトンだった。
エヴァンス指示の元刑務所を脱獄し隠れ家へ向けて走り出してから既に数時間が経過していた。
「も、もう無理よ…。少し休みましょう…」
その場にへばりこむハッカー。
「駄目よ!夜が明ける前に出来るだけ隠れ家まで距離を詰めておかないと!もし見つかったらその場で射殺されるのよ!!」
「で、でも…もう限界なの…お、お願い、少し、少しだけ休ませて…」
「立ってよ!歩いてでもいいから進まないと!」
ミトンはハッカーの腕を掴み無理やり立ち上がらせ引きずる様に歩かせた。
「はっ!待って、聞いて!」
「何?」
ハッカーは何かに気付き、その場に立ち止まった。
「こっち!水の音!川があるんだわ!」
「…本当だ!行こう!」
2人はせせらぎのする方向に向かって再び走り出し密林地帯を抜けるとそこには予想通り小さな川が流れていた。
2人は生き返ったような表情で駆け寄りその川に頭から突っ込み水をがぶ飲みした。
「っぷはぁ!美味しい!助かった!」
「んっはぁ、はぁ、はぁ…」
「はぁっ、はぁっ…。でもお腹空いたわね…」
「頑張って!隠れ家には食料が蓄えてあるって。今は取り合えず走るしかないの!」
ミトンの言葉を黙って飲み込むハッカー。
そして2人は数分の休憩を終えた後、またひたすら真っ暗な森の中を走り出すのだった。
一方その頃、刑務所内ではサイコロの亡骸を抱き抱えたエヴァンスが所内に戻って来た。
見回りをしていたイロヨクがそれを出迎える。
「お、おい、エヴァンス!…っは!サイコロ…。おい、エヴァンス!一体何があったんだ?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…うぅ…」
エヴァンスはサイコロを抱えたままその場に膝を着いてしまった。
「…エヴァンス?お前、怪我してるのか?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…。イロヨク、正面門にもうひとつ死体が転がってる。そいつを運んで来てくれ」
「えぇ!?」
「お前は衛生兵だったな?その後で俺の肩の傷を処置してくれ」
「えぇ…あぁぁ…」
「急げ!!」
「あぁぁ…お、おう!わ、分かった!」
エヴァンスの指示を受け正面門に急ぐイロヨク。
エヴァンスは力を振り絞り再び立ち上がると、息を切らしながら監視室に辿り着きサイコロをゆっくりと地面に寝かせた。
やがてイロヨクが三日月の男の死体を引き摺りながら監視室に現れた。
決して巨大な体格ではないながらも190cm程ある男を運んで来るのは小柄なイロヨクにとっては一苦労の様子だった。
「はぁっ…、はぁっ…、はぁっ…。おい、何なんだよコノ不気味な野郎は?」
「説明は後だ。とにかく先に傷を診てくれ。出血が酷い…」
「あっ、あぁ!待ってろ!」
イロヨクは棚から医療道具らしきものを取り出しエヴァンスの上着を脱がすとナイフで突き刺された傷を診始めた。
消毒や縫合の痛みに強く顔を歪めながら耐えるエヴァンスは辛うじて声を漏らさないでいた。
「よし!血は止めた。だが仮縫いだ。ちゃんと手当てしないと」
「はぁ…はぁ…。直夜が明ける。それまで持てばいい」
「なぁ、作戦は成功なのか?」
「さぁな…」
「さっ、さぁなって!?」
「あの2人が無事に隠れ家に辿り着いてることを祈るしかない。今出来る事はそれだけだ。一旦眠る。朝になったらブラックを監視室に呼んでおいてくれ。」
そう言うとエヴァンスはふらつきながら自身の寝室へと入って行き、イロヨクは不安を極めた表情で落ち着かない様子を見せるのだった。