三日月の男
ミトン、ハッカー、そしてサイコロの3人がエヴァンス提案の作戦に乗じ自由の大地をその足で踏みしめた瞬間、暗闇の森からひとつの銃声が鳴り響いた。
「きゃぁぁぁぁ!!!」
その銃声が轟き終えると、次に聞こえて来たのは1人の人物が全体重を抵抗無く地面に叩きつけられる音だった。
「サイコロォォォ!!!」
「嘘っ、そんなぁ!!!」
漆黒の森から飛んで来た無慈悲の銃弾はサイコロの額を貫通しており、一瞬の内に絶命したサイコロは表情を固めたまま額から鮮血を垂れ流していた。
「サイコロッ、サイコロォォォ!!!」
「あぁ…、あぁぁ…」
必死にサイコロの体を揺さぶりながら名前を叫び続けるミトン、その場で力なく跪くハッカー。
やがて銃弾が飛んで来た方角から1人の男が不気味な声色を上げながら姿を見せて来た。
「ん~、まさにファンタスティック!初めからこの俺様を送り込んでおけばよかったのさぁ~。1人で全てをこなせる俺様なら隠密行動にも申し分無し!寄せ集めの傭兵集団に無駄金を使う様な男が国の実権を握ってるってのぁ末恐ろしぃ限りだぁ」
「あぁっ…あぁっ…アナタは…?」
その距離が縮み月夜に照らされたヒゲ面の男は首に三日月のタトゥを刻んでいた。
その男が見せる影を纏った笑顔はこけ浮き出た頬骨を中心に無数のシワを浮かび上がらせている。
「運命に翻弄された哀れな子羊達よぉ、その血塗られた運命に迷い苦しむのもここで終わりだ。死という形で安堵を得られる今宵の恵みに感謝の祈りを捧げようぞぉ~」
「あぁっ…あぁっ…」
2人に銃を向ける三日月タトゥの男。
ミトンとハッカーは目に涙を浮かべながら両手をゆっくりと上げ降参の意を示した。
「おりこうさんだぁ。さぁ膝を着け、今すぐ楽にしてやる」
「お、お願い…止めて…助けてぇ…」
そして男は舌を出しながら親指でゆっくりと銃のレバーを下ろした。
その人差し指が引き金に掛かりミリ単位で力が入り始めた、その時、
”パキュン”
「っぐぁぁぁ!!!」
「!!?」
2人の背後から飛んで来た突然の銃弾が男の持つ銃に命中しそれを宙に弾き飛ばした。
咄嗟の出来事に2人が目を見張っていると、続けて背後から聞こえて来たのはあの男の声だった。
「走れぇぇぇ!!!」
「!!!」
銃を構え姿を現したエヴァンスの姿を見てミトンとハッカーはすぐさま立ち上がり、全力疾走でその場を駆け離れて行った。
三日月の男は2手に分かれた女囚達を気にしながらも目の前の脅威であるエヴァンスに最大限の注意を向けた。
「っぐぅぅ!!!」
男は瞬時に別の銃を取り出しエヴァンスに向けて無数の銃弾を発砲をし始めた。
エヴァンスは応戦しながらも横に走り暗闇に姿を隠す。
相手の姿を見失った男は自身の周囲をあちこち注意深く見回し始めたが、次の瞬間、
「おぉぉぉおおお!!!」
「ぬわぁぁぁ!!!」
背後から現れたエヴァンスに押さえ付けられ男は地面に叩き付けられた。
その勢いで互いに銃を失った2人はそのまま十数秒間の取っ組み合いとなり、やがて離れ距離を取り立ち上がった。
改めて向かい合い互いの姿かたちを確認する2人。
「はぁ、はぁ…。なぁるほどぉ。アンタが要注意人物って訳かい」
(…首に三日月のタトゥ!!)
エヴァンスは男が宿す三日月型のタトゥに気付き呼吸を整えながら声を発す。
「…事情を知ってるな?雇い主は誰だ?」
「さぁ~あ?そいつぁどうかなぁ?」
「悪いがこっちに問答してる時間は無い。素直に吐かないなら体に聞くまでだ。朝まででも付き合ってもらうぞ」
「ひゅ~。初対面だってぇのに随分と積極的なカワイ子ちゃんだぁ~。初デートでベッドインに抵抗はないタイプかい?俺様は大歓迎だよぉ~?」
「抵抗するなら少々手荒に取り押さえることになる。それでもいいな?」
「ぬわははははははぁ~。大した自信でございますこと。この俺様に勝てるとでも思ってるのか~い?」
「あぁ、その通りだ」
エヴァンスは構えを取った。
それを見た三日月の男は不敵に笑みを浮かべ脱力したままの様子で両手を広げ流暢に続ける。
「ファンタスティック!その顔、逞しい胸板に引き締まった尻!何もかもが好みだよぉ。特にその曇りの無い真っ直ぐな目ぇ、そんな目が敗北と絶望に陵辱され歪むその瞬間こそに至高の快楽が宿るってもんさぁ~」
そして男も戦いの構えを取る。
「こんなボーナスがあるたぁツイてる。やっぱり三日月の夜はいぃ~」
「…」
「さぁ~楽しもう。おいでカワイ子ちゃ~ん」
その言葉を皮切りに2人は同時に突進した。
やがてその距離が無くなると一進一退の徒手空拳攻防を織り成す2人。
多くの攻撃を互いに防ぎ合いながら時折隙を突いた攻撃が体の各所に命中していく。
続けて掴み合いとなったエヴァンスと三日月の男。
体格で勝るエヴァンスが徐々に男の体を制圧していくが、倒されそうになった男は咄嗟に右ポケットから小型ナイフを取り出しエヴァンスの左肩に突き刺した。
「うわぁぁ!!!」
「うれぇぇあああ!!」
一瞬怯んだエヴァンスのどてっ腹に蹴りを入れる男。
後ろに突き飛ばされたエヴァンスは直ぐに立ち上がると男は距離を取ったまま悠然と構えていた。
「…やれやれ。こりゃ骨が折れる」
エヴァンスは傷口を押さえながら冷静な様子だった。
「そんなに怖がるなぁ。素直に身を任せてみなぁ?この首に掘られた三日月の如く鋭くぅ、そそり立った俺様のモノがお前の聖地と化した後ろの穴をホりたくてうずうずしてる。悪い様にはしねぇよぉ?」
「…悪いが、男色の趣味は無いもんでな」
「世界は広い。これまでお前は洗礼されたホンモノの男に出会って無かっただけのことぉ。さぁ…新しい世界の扉を開けぇぇぇ!!!」
発狂したかの様に叫びながらエヴァンスに向かって突進する男。
エヴァンスはその男が自身に辿り着く数歩手前で一瞬体の力を抜き、インパクトのその瞬間、刹那の怒気を顔中に広げ、男の突き出したナイフを交わし背後を取った。
「ぬぅぅ!!?」
そして次の瞬間ナイフを持つ右手を極め取り奪い取ったナイフで男の背中を突き刺した。
「ぬわぁぁぁあぁ!!!」
続けて膝に蹴りを入れ砕き動きを封じると、片膝を着く形となった男の顎に渾身の鉄拳を見舞った。
「っがぁ…っぐぅ…」
全身の力を失った男はその場に大の字になって天を仰いだ。
辛うじて意識を保つ男に対し息を切らしたエヴァンスは立ち見下ろしたまま小さくぼやく。
「…はぁ、はぁ。やはり殺さずに倒すのは骨が折れる…」
男はエヴァンスのそのぼやきに彼の持つ大きな余裕を感じていた。
「ッガ…うぅっ…て、手加減してたってのかい…?」
エヴァンスは再びナイフを取り上げそれを男の喉元に就き付けた。
「さぁ言え。吐けば命は助けてやる」
完全が敗北を喫したはずの男だったが、その表情は直ぐに不敵な笑みを取り戻し始めた。
「ぐふぅっ、ぐふっ、ぬわははははははははは」
「何がおかしい?」
「っぐあぁ…。はははぁ。み、三日月をバックにカワイ子ちゃんを眺めながらの最期ってのは悪かねぇ…。アンタの処女を頂けなかったのが心残りだがねぇ…」
「!?」
「ガリィッ」
男はそのまま奥歯で何かを噛み砕いた。
すると突然激しく苦しみながら目を剥き口からは大量の泡を吹き始める。
「し、しまった!!!」
エヴァンスが青酸カリの存在に気付いた時には既に男はその命を散らせていた。
夜空に浮かぶ三日月の光が男の首に刻まれた同じ形の模様を静かに照らしている。
「はぁっ、はぁっ…くそぉ…。うぅ!!!」
エヴァンスは刺された左肩の傷を抑えながら疲れ切った表情でその場に腰を落とした。
そして漆黒に染まる森の奥に視線を移すエヴァンス。
「…あの2人は?」
物音ひとつしない暗闇の森の奥、逃げ去った2人を気に掛けながらエヴァンスはゆっくりと立ち上がるのだった。