男の名はエヴァンス
道なき道を潜り抜けた森の奥、そそり立つ壁に守られたひとつの建物があった。
その風貌から刑務所の類であることが一目で分かるこの建物の門前に1台の車が到着した。
中から1人の男が姿を見せる。
「…ここか」
中から出て来た高身長で体格のいい男は車のドアを閉めた後、少し険しい顔つきで建物を見上げそう呟いた。
そして男は正面門まで歩きインターホンボタンを押す。
するとその横にあるマイクから男の声が漏れてきた。
<はいよー。あんたがエヴァンスか?就任状を見せな>
エヴァンスと指摘されたその男は自身の胸ポケットから1枚の用紙を取り出しその表を監視カメラに向けた。
<おっけー、おっけー。今開けるから中に入って奥まで歩いて来てくれ。迎えに行くからよ>
門から開錠された様な音が聞こえると、エヴァンスと名乗る体格のいい男は門を開け中の様子を覗いた。
そこには中庭のような広い敷地が広がっており、その奥にはいかにも収監所の様な建物が佇んでいた。
エヴァンスという男がその建物に向かって歩みを進めると、奥の建物入り口から1人の男が出て来た。
そして声の届く距離までお互いが近付いた時、その男がエヴァンスに向かって声を掛けた。
「ようこそ!取引極悪犯女子刑務所へ。俺は看守主任のイロヨクだ。宜しくな」
現れた中肉中背の男は”イロヨク”と名乗った。にこやかな表情を見せてはいたが、どこかヘラヘラした印象と物腰を見せる男だだった。
イロヨクが差し出した手を握り返すエヴァンスという男は終始無言だった。
共に警備員の様なお揃いの制服に身を包んでいる2人は共に建物へと歩みを進め始めた。
するとイロヨクという男が早速と言わんばかりに施設業務に関する事を話し始めた。
「ここの事はどれ位聞いてる?事前にある程度の情報は聞いてるんだろ?説明はいるか?」
「…あぁ。だた一応聞いておこう」
「おっけ。名前の通りココには政府と取り引きしてる極悪犯達が収監されてる。囚人共は刑の免除や好待遇なんかのお恵みを受けてるが、その代わり政府からの指示を受けたら、重刑を喰らったその手腕を国のため存分に発揮してもらうって訳さ。ヤバイ連中の巣窟ってこった。どんな連中が居るかはあとで1人1人紹介してやるよ」
「あぁ」
「ここに収監されちまった囚人共は2度とシャバには出られない。勿論この施設も政府トップクラスの極秘事項。セキュリティ施設は最高レベル。外部との接触はほぼ無し、定期的な配給と検診の医者が来る程度だ。施設の不備とかで工事が必要なら申請すりゃ業者は手配してもらえる。まぁ相当面倒な手続きになるけどな」
「聞いてる」
「俺達看守は勿論秘密厳守。週に1度は外出を認められてる。まぁつまり俺達看守も仮釈放多目の囚人って訳だ。俺達の任務は秘密厳守の上でここで問題を起こさず囚人共を監視すること。それだけ頭に叩き込んでおけ」
「分かった」
口数少なく返答のみを返すエヴァンスの目は真っ直ぐと進行方向を向いていた。
「こんなヤバイ施設があるって聞いて驚いたか?」
「…そうだな」
「秘密を知る人間は出来るだけ増やしたくないって方針だったから今までは俺1人で回してたんだが、流石に手が回らなくなってきてな。タイミングよくアンタが現れてよかったぜ」
「あぁ」
無機質な返答ばかりを繰り返すエヴァンスの様子が気になりイロヨクはエヴァンスに視線を移し何気無く問い掛けた。
「…ここに来たって事はアンタも訳有りなんだろ?」
「…」
エヴァンスは正面に向けた視線を動かさないまま言葉を発しなかった。
その様子を見たイロヨクは小さな溜め息をつき何かを悟った様子だった。
「あぁ。お互い気分のいい話じゃないだろうからやめとこう」
やがて2人は建物の中に入り、廊下をを抜けひとつの部屋の中に入った。
「ここが監視室兼看守室だ」
そこには多くの監視カメラの映像を区切りにして映し出す巨大モニタが広がり操作席の様な場所には無数のスイッチやレバーなどが配置されていた。
「あの奥のドアが寝室だ。生活に必要なものは大体揃ってるからアンタは左の部屋で寝泊りしてくれ」
「分かった」
「ご覧の通り全部の監房や独房、食堂や医務室に廊下、あらゆる場所に監視カメラがあって24時間ここで監視出来る。死角はなし。カメラの切り替えや詳しい操作方法とかはそこの引き出しにマニュアル入ってるから後で目を通しておいてくれ。どんでもない量だからすぐには覚えられねぇだろうけどな。正味な話、俺も半分程度しか覚えてねぇしな」
「あぁ」
「それぞれの監房や檻は鍵でもここからの遠隔でも開け閉め出来る。チタン製の壁で厚さ10mの鉄板が組み込まれてる。自力での脱獄はまず不可能。所の出入り口は1箇所のみ、俺たちが入ってきた所だけだ。そこも鍵と遠隔施錠が可能だ」
「成る程」
「よし。それじゃ早速囚人共を紹介してやるよ。ついて来な」