事件発生
翌朝、朝食を終えた女囚達はいつもの中央部屋に集まっていた。
各々が席に着き仕事を開始し始めたところで看守のイロヨクが現れた。
「よーし、お前達!うじ虫が沸く房で一生を終えたくなかったら今日も張り切っていけよー」
「おや?エヴァンスはどうしたんだい?」
「あぁ。アイツは朝食のコーヒー零しちまってな。ついでにシャワーを浴びてから来るとさ」
「マジか?チャーンス!ちょっと覗きに行ってくるぜぇ!」
「あ!ずる!私も~!」
「抜け駆けは許さないよ、小娘共!」
「あ!お、おい!」
カイリキを先頭に次々とシャワー室へと向かう女囚達。
イロヨクの制止をものともせず瞬く間に6人の女囚達は部屋から姿を消した。
部屋に残っていたのは人体実験の罪を犯したマッドと国家反逆罪の死刑囚ハッカーのみだった。
「ったーく。盛りのメス犬共が…」
イロヨクは溜め息をつきながら手に抱えていたダンボール箱を机に置いた。
開梱するとそこにはデスクトップタイプのパソコン一式が格納されていた。
「パソコンか。申請したのは誰だ?」
「知らない。パソコンならハッカーじゃないの?」
「え…?頼んでないわ」
「んー?そんじゃ他の誰かか?」
「でもみんなパソコンは持ってる。壊れたって話も聞いてないけど…」
「…まぁいい。連中の誰かだろ」
そう言ってイロヨクはそのパソコンが入ったダンボール箱を足元に置き、他の運搬物を必要な場所にそれぞれ配置し始めた。
そんな最中、部屋を出て行った6人の女囚達が部屋に戻って来た。
「っちぇ。まーったく見えなかったぜ」
「しっかりとした設備だことだよぉ。こんな閉鎖的な場所じゃ神も救いだって届きゃしないさ」
「おい、お前ら!次に勝手な行動しやがったら飯の量を減らしてやるからな!さっさと仕事に戻れ!」
イロヨクが叱咤を飛ばし指で着席を命令した、次の瞬間、
”ドッゴーン”
「うわぁあぁぁぁあああああ!!!!!」
突然所内中に鳴り響いた爆音。
辺り一帯を吹き飛ばす程の爆発が起こり中央に設置された設備と共に女囚達とイロヨクは各八方壁に叩き付けられた。
そして次々と舞い落ちてくる瓦礫と機器の残骸に9人は瞬時に埋まってしまった。
何が起こったのかすら分からない惨状の中、爆音を聞きつけたエヴァンスが血相を変えて現れた。
「みんな!!!」
1人難を逃れたエヴァンスはすぐさま瓦礫をどかしながら女囚達の救出に動いた。
最初に発見したのは窃盗罪を犯した唯一の軽罪犯ミトンだった。
エヴァンスは苦痛に顔を歪めるミトンを抱き抱え大きく声を掛ける。
「おい!ミトン!しっかりしろ!動けるか?」
「うぅ…うぅ…」
「こっちを見ろ!深呼吸をするんだ!どこかひどく痛む場所はあるか?」
「うっ…せ、背中が…」
「おい!一体何が起こったんだ?」
すると少し離れた場所で瓦礫が動く音がした。
自身の力で瓦礫をどかしふらつきながらも立ち上がったのは元敵国兵士のカイリキだった。
「カイリキ!無事だったか!怪我は?」
「あぁっ、あぁ…何とか大丈夫だ。…っくそが!一体何が起こったんだよ?」
「分からない。他のメンバーは全員ここに居たのか?」
「あ、あぁ。アンタ以外は全員居たはずだ」
するともう1人のメンバーが瓦礫の中から姿を現した。
「げほっ、けほっ、けほっ…。うぁぁぁぁ」
「イロヨク!無事か?」
「無事に見えるかよ?一体何だってんだよ?一体何があったっていうんだよ?」
「よし!直ぐに全員を掘り起こせ!急ぐんだ!」
「ちっくしょう!ここはシリアかよ…」
所々で小さく火が燃え上がる惨状の中、エヴァンス、カイリキ、イロヨクの3人は大急ぎで他6人の救出作業に取り掛かった。
次に発見されたのは辛うじて意識を保っていたブラックだった。
体の上に載った瓦礫がどけられるとブラックは四つん這いではいずりながら廊下へと脱出した。
続けて意識を失っていたアート、チャイナ、サイコロが救出されミトンと共に廊下に寝かされた。
最後残っているはずのマッドを探す3人、すると部屋の奥からカイリキの叫び声が響き渡った。
「いたぞぉぉ!!!2人共、来てくれぇ!!!」
カイリキの元へ駆け寄ると、そこには直径2メートル程の大きな瓦礫の下敷きになっているマッドが意識を失っている姿があった。
カイリキが瓦礫をどかそうとするも、それは動く気配を見せずにいた。
「上がらない!重すぎる!」
「イロヨク、こっちに来い!2人で持ち上げるぞ!」
「お、おう!」
「カイリキ、少しでも瓦礫が浮いたら直ぐにマッドを引きずり出せ!合図を出す、いいな?」
「あぁ!」
「行くぞ?せーのっ、はぁぁぁ!!!!」
「んがががががが…」
エヴァンスとイロヨクが全身全霊の力を振り絞り何とか瓦礫を数センチ浮かすと、タイミングを見計らったカイリキがマッドを引きずり出した。
「よし!!!」
瓦礫を下に落とした2人はマッドを抱き抱えるカイリキと共に部屋を出た。
「イロヨク、本部に状況報告と救助を申請しろ!カイリキ、俺達は2人で部屋の火を消すんだ!」
「あぁ、あぁ!分かった」
「消火器を持って来る!」
エヴァンスの指示に従いそれぞれの方向へ動くカイリキとイロヨク。2人が消火活動に当たっていると、本部への報告を終えたイロヨクが合流し3人によって火は消し止められた。
激動の30分を終えた面々は消火器をその場に落とし、他のメンバーが居る廊下へと戻って行った。
へばるように腰を下ろす3人。
3人が戻った時には既に殆どのメンバーはハッキリと意識を取り戻していたが、そんな中で唯一意識を取り戻す事が出来ないメンバーがいた。
「マッド…?おい、マッド!」
薄目を開けたまま焦点の定まらない視線を見せるのは科学者のマッドだった。
大きな怪我や流血は見られないものの、ぴくりとも動く気配を見せないマッド。
そんなマッドに対しカイリキは体を揺さぶり起こそうとするが、揺れた頭が力なく明後日の方向を向くのみだった。
「おい…マッド、馬鹿な冗談よせよ…起きろよ、起きろって…なぁ、マッド!」
するとエヴァンスはマッドの首に手を当て脈を確かめた。
悲壮がエヴァンスの表情を支配し小さな溜め息が漏れる。
ゆっくりとその手を離すと半開きになったマッドの目をそっと閉じさせ小さく首を横に振るエヴァンス。
「そんな…マッド…」
「マッド…」
「…」
「嘘やろ…」
「マッド…マッドォ…」
全員がその死を確信し悲痛な声を漏らす。
安らにただ眠っている様な表情を浮かべているマッド。
普段から無口であった彼女のそんな姿はいつも変わらないそれを彷彿させており、今にも起き上がってくるのではないかという残酷な希望をメンバーに与え続けるのだった。




