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愛しい人  作者: susan
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犬の散歩

 大学で教鞭を取るジェフリ―・ミラーは、毎朝の犬の散歩が日課だ。レトリバーのキングは餌のやり過ぎでかなりの肥満。獣医からもダイエットするように指導されている。

 朝6時にキングを連れて家を出る頃は、5才年上の妻はまだ寝ている。

 ジェフリ―は40才。教授を目指している。運動生理学等の体育学が専門だ。


 「キング、行くぞ」

 彼は妻を起こさないように静かに家を出た。

 家の前の通りを300メ―トル程歩くと、いつもの広い公園がある。


 居た。


 ジェフリ―はどっしりとした様子で、キングを連れてゆっくりと公園に入った。

 ここで毎朝会う謎の若い女性が、コ―ギ―を連れて来ている。


 「おはようございます」

 彼はそっけなく挨拶をした。


 「おはようございま―す!」

 と毎朝大きな声で爽やかな挨拶を返してくれるこの美しい女性は、この近所に住んでいる事は確かだ。見るところ相当若く、ハワイ辺りにいそうなアジアンエスニックな雰囲気を持つ女性である。

 

 「毎朝、元気ですね」

 ジェフリ―は毎朝、交わす言葉を増やしていた。

 今朝は名前と職業を聞いてみよう。


 「はい、一日の始まりですから」

 と言って女性は可愛らしく笑った。


 そうか、一日の始まりは元気よく、なる程。

 体育学でも医学でも基本だ。

 

 ジェフリ―は頷いた。

 「毎朝、貴女を見ていると元気になりますよ。いつも同じ時間に来てる」


 「朝早いと薄暗くて恐いけど、貴方が毎朝ここに来ているので、来やすいんです」

 と気さくに答えた。


 『貴方が来ているから来やすい』って?

 ジェフリ―はなるべく警戒させないように、自分の態度に注意を払った。


 「僕はこの先の家に住んでいる。あっ、自己紹介するよ、ジェフリ―・ミラー。大学で教えてる」

 握手を求めると彼女は快く応じた。


「ココ・ティラ―よ。本名は覚えづらいの。キョウコ・ロザリンダ・クリス・ティラ―。ココって呼ばれているわ。仕事は、旅行代理店とコ―ヒ―ショップと掛け持ち。オ―ディションがあるから、アルバイトで暮らしてる」


 彼女は女優を目指しているらしい。

 このエキゾチックな美しさだ。可能だろう。

 

 ジェフリ―は納得した。

 


 彼は自宅へ戻ると、妻が不機嫌そうに朝食の準備をしていた。寝癖の髪にパジャマのままで、がさつな動作でベーコンエッグとハッシュドポテトをテ―ブルの上に置いた。

 ジェフリ―は今朝の興奮を隠しながら朝食を口にした。


 ココという女性と友達になれたこと。

 彼は今朝彼女と交わした沢山の会話を、全て記憶していた。

 『アルバイトだから貧乏なの。でも仕方ないわ、頑張らなくちゃ。エキストラばかりで、運がないの。

 犬の肥満は野菜不足が原因じゃない?

あと、ライスを肉の缶詰に混ぜてみて』


「フランソワ、キングの肥満は野菜不足じゃないか?」

 ジェフリ―は妻に言ってみた。


 「そんなの解っているわよ、今さら。面倒臭いのよ、いちいち野菜をボイルして刻んで、肉の缶詰に混ぜるのが。あなたやってよ」

とふて腐れた態度で答えた。

 彼女はこれから雑な身支度をして、小学校へ出勤する。これでも教師だ。


 二人の間に愛が消えてしまったのはいつ頃なのか、ジェフリ―は思い出せない。こんな状態が長く続くと心が麻痺してしまい、ここから抜け出そうとする考えも萎えてしまう。

 ただ彼にとって、キングを連れての朝の散歩が楽しい時間であると共に、必要不可欠な時間であると自覚していた。



 ジェフリ―は大学の帰り、弟のスチュワートと会い、近所のス―パーで買い物した。


 「ライスを買うんだ。サツマイモとキャベツと、人参」


 「兄さん、今夜は何を作るの?」


 「いや、これはキングのさ。ダイエット中だからね」

 ジェフリ―はカ―トの中に、キング用の食材をどんどん入れた。


 スチュワートはそんな兄の様子をじっと見ている。


 「兄さん、フランソワと上手くいってる?」


 ジェフリ―は答えなかった。買い物リストのメモを凝視した振りをしている。


 「せめて兄さんたちに子供が居れば違ったのかもしれないな」


 「お前の家みたいに息子四人も産まれたら、破産だよ」


 「ハハハハ、確かに。だけど兄さんはハンサムで背も高い。テレビドラマにも出られるくらいのナイスルッキング・ガイだと思うよ。………人生は一度きりだからね」


 「何が言いたいんだ?」


 スチュワートは真顔になった。


 「気を悪くしないで。僕だったら考えるところだよ」


 「何を?」


 「人生をやり直すか」


 「………………………」



 その晩、ジェフリ―はボイルした野菜とライスを肉の缶詰に混ぜて食べさせてみた。肉の缶詰だけで腹一杯にさせるよりは、かなりのカロリ―ダウンになる。ココの言う通りだ。そのジェフリ―の様子を、妻のフランソワは全く興味無さそうにソファでテレビを観ている。


 ジェフリ―は息苦しさを感じ

 「コンビニ行ってくる」

 と言って外へ出た。


 近所のコンビニのいつものレジの店員に笑いかけてジュ―スの冷蔵庫へ向かうと、そこにココが居てミルクやミネラルウォーターをカゴに入れている。


 心臓がドキリ、とした。

 ジェフリ―は声を掛けた。


 「驚いたな、こんばんわ」


 ココはびっくりして振り返った。

 「あら、こんばんわ」


 「キングがライスを喜んで食べてね、味がないから、ソ―スを少しかけたんだ」


 彼女は首を振った。


 「ダメダメ、塩分と糖分よ、ソ―スはダメ。日本製のカツヲブシの粉かニボシを混ぜるの」


 「カツヲ、何?、ニボシ、何?それ」


 「オ―ケー、今度日系のス―パー連れていってあげるわ。体に良いもの沢山売ってるの」

 とココは親切だ。


 「ありがとう。いいの?」

 ジェフリ―は艶々の彼女の黒髪のロングヘアや、欧米人にはない切れ長のパッチリした黒い瞳に見とれてしまった。


 「日曜日は空いてるわ」


 二人は今度の日曜日に買い物をする約束をした。

 ジェフリ―はその後、彼女を食事に誘おうかと考えたのだ。



          続く


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