天邪鬼の呪い
「あの花綺麗だね」
「そうでもないでしょ」
「ここのご飯美味しいね」
「ぜーんぜん美味しくない」
「君のことが好きだよ」
「私はあなたの事嫌いよ」
俺が言うと彼女は全く反対の事を言う
素直になりたくても彼女はなれないから
「君はまだ一度も好きとは言ってくれないよね」
「……だって…それは…」
「ふふ、ごめんね。意地悪しちゃったね。大丈夫、ちゃんとわかってるから」
拗ねた顔をしている彼女の頭をポンポンと撫でる。彼女は嫌がらず、スリスリと手に頭をすりつける。こうして見てると猫みたいだ
「ねぇ…」
撫でられている彼女を呼ぶと、上目遣いでこちらを見る。つぶらな瞳が俺の顔をじーっと見つめる。
「…………」
「…? どうかしました?」
「いや、なんでもない…」
確かに呼んだのはこちらだけど、そんなに見つめられると流石に照れてしまう…
なんでもないと言うと、彼女はまた俺に大人しく撫でられている。やっぱり、素直な彼女はとても可愛い
行動では素直になれるのだけども、言葉では素直になれない。
いや、素直になってはいけないのだ。自分が思っている事と反対の事を言わないと彼女は死んでしまう"天邪鬼の呪い"にかけられてしまったから
だから、一生彼女の口から本当の気持ちは聞けない。けれど、呪いのせいだと分かってればなんとなく伝えたい気持ちは伝わる。
「あなたも本当おかしな人よね。なんで私なんかにここまで構うのかしら…本当の気持ちを伝えられないのに」
「そんなの簡単だよ。俺が君の事を愛しているからね。それに、呪いのせいだとわかってるとこう思ってるんだってのがわかりやすいしね」
「……! …まったくあなたって人は…」
クスクスと子供のように無邪気な笑顔で笑う彼女だが、いまではもうかわいい顔も手もしわだらけになってしまった
呪いが解けずに数十年、追い打ちをかけるかのように彼女には別の病が襲った。病院生活も長く、気づけばお互いに歳を取り、お爺さんとお婆さんになっていた
医者が言うには彼女の寿命もあと数日持つかどうか、その事は彼女もなんとなくは察しているようだ
「ねぇ…あなた…」
「ん? なんだい」
「どうせ死ぬのなら…今まで言えなかった気持ちを言って死にたいの…」
予想はしていた、だが、改めて本人から言われるとくるものがある
でも、愛しの彼女の願いならば、拒否をすることは出来ない
「あぁ…いいよ。俺も最後に君の口から聞きたい…」
ベッドに横になっている彼女の頬を撫で、泣くのを我慢しながら笑顔で答えた
彼女もありがとうというと、涙を零しながら俺の手をぎゅっと握りしめる
「あなたと出会ってからの60年間。ずっと言えなかったこの言葉…やっと言えるのね…あなたの事が、世界中の誰よりも大好きです。こんな私を幸せにしてくれてありがとう…愛してるわ、あなた…」
聞きたくても聞けなかった言葉をやっと聞けた嬉しさが溢れ出し、我慢していた涙が溢れてしまう
どんどんと冷たくなっていく彼女の手を握りしめ、人生で最後になるキスをする
「ありがとう…こんなにも愛してると言われるのが嬉しいとは思わなかったよ…向こうで君を待たせてしまうかもしれないが、待ってておくれ…愛してるよ」
そして弱々しい笑顔を見せると、彼女は目を瞑り、その後その目が開くことはなかった
俺は病室を後にし、家で彼女との写真を見ながら体の中の水分が枯れるくらいまで大泣きしていた
シリアスな恋愛でも書いてみようかなと思ったのですが、思っていたよりも難しく苦戦しました…
難しい!