第6話
食事も風呂も済ませ、あとは寝て明日を待つだけ。しかし今のところ睡魔がまだ襲ってこないので、相も変わらず外を眺めている。ふと思い立ち外へ出ることにする。入り口付近で女将さんに外へ出ると一声かけて、玄関のスペアキーを受け取り宿の外へ繰り出す。
見るところといっても結局は海しかないのだが、少しだけ夜風に当たりたい、少しでも長くこの島の匂いを記憶にとどめたい、似非えせノスタルジーに浸りたいという理由だけだった。
暫く海沿いの道を歩き、街灯が全くないスポットを見つける。人工的な明かりはほぼ届かない、星とその下、地球を覆っているアイギスシステムの光だけが上空にある。見上げてもどれがどれであるか、その判断はつかない。何十光年も先、神が作り上げた惑星ほしと、数百キロ上空、人が作り上げたものが同じ空に浮かんでいるようにしか見えない。
「まほろば」とはもう言えなくなってしまった地球。堤防の上に寝そべり夜空を見ていると、アイギスが破砕したと思われる隕石の屑が一瞬強い輝きを放って消えてを繰り返している。たまに海の遠くに消えていく光もある。俺たちはあれを追いかけて暮らしているんだ。
1時間ほど頭を空っぽにしていたが、さすがに冷えてきた。宿に戻り布団に入ろう。デリケートな空間に行く予定なのに、風邪でもひいてはたまったものじゃない。
翌朝、朝食を済ませ早々に目的地へと向かう準備をする。
「帰る前に一度戻りますので、荷物置かせてもらいますね」
「もちろんいいよ。船の時間、大丈夫かい?」
「あぁ、そういえば。えっと…」
ヒロシマからTokyoへのリニアの接続の問題もある。遅くとも夕方前に島を発たねば間に合わない。
「3時には戻ります。それまでよろしくお願いします」
「はいよ、いっておいで」
玄関で見送られ宿を後にする。そこから歩いて10分程度、部屋の窓から見えた施設へと向かう。少し小高い丘の上に位置するその施設は、道中そこかしこに「この先関係者以外立ち入り禁止」と看板が掲げられるほど、なんとなく物々しい雰囲気を醸し出す場所。「お前は関係者なのか?」と問われればそうではない。だが、そこに入ることができる理由が存在する。事前に連絡も付けており、今日に至っても宿を立つ前に連絡済み。おそらく出迎えの人間が待っているはず。
緩く長い坂を上り切り、施設の前へとたどり着く。中が見通せない頑強そうな門に遮られ一般人の侵入を完全に拒んでいる。その門には大きく「AEGIS」と書かれている。門の横には銃を構えた警備の人間が立っている。守衛というとちょっとふさわしくない感じを受ける。そしてその横にもう一人、白衣を着た人物が立っている。
「いらっしゃい、イサナ君」
「お久しぶりです、博士」
「君はいつもタイミングがいい。この後もう始めるよ。目が覚めればいいんだけどね」
「そうですか」
出迎えてくれた人物と話をしていると、閉ざされていた門が開いていく。隙間から中の施設が目に入ってくる。それは、こんな片田舎、滅びかけた日本の島にあるとは思えないほど近代的で異彩を放っていた。
「…ルリ」