第15話
『イチムラ・ホシノ』くじら庵の女社長。今回の件、社長が出張ってくるようなことではないのだが、なぜか会社に顔を出している。
「何かありました?」
「いや、特にはないんだが。一応陸揚げの書類だけは目を通そうと思ってな。お前らが戻ってきたら私も帰るよ。あ、イサナ。土産ありがとうな、うまかったぞ」
「いえ、いつも同じですいません」
「大丈夫だ。食い慣れたものの方が変に珍しいものよりよっぽどありがたい」
「さて、いこうか。さっさと済ませちまおう」トクナガさんの合図で車に乗り込み目的地を目指す。
「じゃあ社長、いってきます」
「おう。急がんでいいぞ」手を振り見送る社長。
「おっと。そういやどこに停泊してるんだったかな」
「テンノウズエリアです。ルート、ナビに転送しますね」
エナが手際よく目的地までのルートを入力する。目的地まで20分少々。道中、助手席の自分はトクナガさんと船の話をする。
「イサナよ、ロタネヴの調子どうなんだ?」
「そうですね。前回ちょっと無理させたんで、もしかすると駆動系どこかおかしいかもしれません。ちょっと違和感ありましたし。今いったらもう一度確認します」
「そうか。だったらハナさん連れてくればよかったな。俺はどっちみち船の方しか見れねぇし」
「しばらく海には出られないわけですし。休み明けてからでも遅くないんじゃないですか」
「まぁな」
「イサナさん。リミッター外すと燃料消費1.5倍になるのであんまり使わないでくださいね。稼ぎが悪くなっちゃう」事務らしく経費の話を振ってくるエナ。
「使わないで引き揚げられなかったらそれこそ無駄だろう。あんまり使わないって」
「あーしまった。船の私物、片づけないと。散らかりっぱなしだ」ナタネが突然思い出したように頭を抱えて叫ぶ。
「お前の部屋汚すぎるだろう。自宅はそこそこきれいなのになんで海の上だとああなるんだよ」
「おめぇ、商売道具は綺麗にっていっつもいってるだろう」
「ごめんなさい」
「片づけるまで買い物いけないな」
「うー」
トクナガさんに説教されるナタネ。それを笑う。
あっという間に車は目的地まで到着する。そこにはまだ海に浮かんだ状態のカイトスがある。車を降りて船の元へと向かう。
「さて、ちょっと行ってくら。ここで待っててくれ」
「はい」
トクナガさんがひとり船に乗り込み、陸揚げの準備にかかる。近くにいた係の人間が出張ってきてカイトスの誘導を開始する。桟橋の離れたところからそれを見守る自分を含めた三人。
動き始めるカイトス。船尾を陸側に向けたまま後退を始める。しばらくの後、運河のような通路にそのまま収まり、サイドから出てきたアームに固定される。そして海水の排出が始まる。水が抜けきった底には、ハッチのようなものがある。サイレンと共にその底が開き始める。Tokyoに存在する巨大な地下空間、そこにこのサイズの船はすべて格納される。カイトスが下がっていくのを見届け、自分たちも下層へと降りるエレベータに乗り後を追う。
下層へ降りると、既にほぼスペースに収まり切ったカイトスがある。微調整をして終了。固定用アームが地面からせり出してくる。「ズシン」という鈍い音とともに格納が完了する。今日から数日、出港して落ち着くまでカイトスは陸に揚がったクジラの如く何もできなくなる。
そう、3日後にTokyoは出港して日本を離れる。「NOA」とつく名前の所以はここにある。