第9話
「じゃあ上に行きましょう」
女性研究員に促され、ルリの乗せられたストレッチャーとともに地上階の検査室へと移動する。アマクサ博士はそのままここに残り作業を続けるようだ。
「アマクサさん、ちょっと失礼します」
少し離れた場所で作業をしている博士。声は上げずに笑顔をこちらに向け手を振ってくれる。通路と部屋をつなぐ三重の扉は、ルリを運び出すために開け放たれていたが、自分たちが出ると同時に閉まりだし、また元来た時と同様重くそれを閉ざした。
エレベーターに乗り上層へ向かう。暫くすると地上の灯りが差し込んでくる。光と一緒に建物の中央にそびえ立つ塔が目に入ってくる。
「この塔、どれくらいの高さあるんですか?」ちょっと気になったので聞いてみる。
「地上からは303メートルよ。昔あった東京タワーとだいたい同じ。地下のルリちゃんがいたところまで含めると500メートル。寒いわけよ、ルリちゃん風邪ひかないか心配」
「くしゃみすることあるんですかね?」
「もしかしたらしてるかも。私たちが目を離した隙にね。さ、着いたわ」
数字は正確に、冗談を交えて説明してくれる。当然ルリはあの中で風邪なんか引くわけもない。そんな話をしていると目的の階層に到着する。エレベーターを出て少し行ったところにある部屋の中へ、ルリは連れていかれる。
「じゃあ、また少しだけ待っててね」
「はい。あ、あの」
「ん? なに? ああそういえば名前言ってなかったわね。私はユキムラよ」
「あ、すいません。いえ、なんでもないんです」
「そ、じゃあまたあとでね」
白衣を翻し中に消えていくユキムラと名乗った女性研究員。少し見えた中には、無機質な白い壁とおびただしい数の機械。ルリが生きていることを証明してくれるものとはいえ、いい気分はしない。部屋の中が見通せる窓の前、廊下に並べれた椅子に腰かけルリが出てくるのを待つ。
何もすることがなく、ただ外の景色と部屋の中を交互に見て過ごす。雲一つない上天気。空調で管理されている室内は少しだけ冷える。外はきっとちょうどいい温度なんだろう。ルリにもその温度を感じさせてやれないものだろうか。ずっと冷たい液体の中にいるのだ、少しくらいは。
「お待たせ」
15分ほど経っただろうか、扉が開き中からユキムラが出てくる。
「会うのはもうちょっと待ってね。あと15分もすれば終わると思うから」
「はい」
「アマクサくんからきているとは思うけど、ルリちゃんとっても優秀なのよ。88ある同じ施設の中でトップ3なんだもん」
「すごいんですね。まだ13歳にもなっていないのに」
「そうね。若いほうのが感度がいいのかしら。それとも個人的な能力なのか、わからないのがもどかしいけど」
「わからないものなんですね」
「ええ。組み込まれている人は世界で他に87人いるわけだけど、年齢も性別もバラバラ。若ければいい、女の子だからいいってことはないの」
「なるほど」
ガラスの向こう、横になっているルリを見る。
「彼女たちには酷な運命だけど、これが見つかったことでAEGISは完成した。結局は人の力ってすごいってことを証明したことになるわよね」
「…」何も返す言葉が見つからず無言のまま、ルリを見続けている。その体はまだピクリとも動かない。
【AEGIS SYSTEM】
A:bsolute 『絶対的な』
E:arth 『地球を』
G:uardian 『守護者』
I:ntellect 『知力によって』
S:olving 『解決する』
SYSTEM
少し意訳を含むが、研究者曰く「外宇宙からの困難を知力によって解決する地球の守護者」と日本語では言うらしい。人類がそう名付けたそのシステムの名前。その生態システムの中枢、ルリのほか世界に87人いる悲しい運命を背負った人が、今地球を守るシステムを動かしている。人を守るのは人。今も昔もそれは変わらない。