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ルナ・サタナキア

東雲の空がようやく紅く染まってきた頃、男はその一縷の如く細き眼球をパチパチと

瞬きさせ、この素晴らしき晴天の1日を

始めようとしていた。


母親の朝ごはんの合図に促されて男は自分の部屋を出て、一階のリビングに降りた。


ギシギシと家中に鳴り響く老いた階段の奏でる音を片耳で聴き流し、母親の声がした場所に導かれるまま歩き進んだ。


リビングには焦げた食パンの匂いが部屋中に蔓延していた。


寝ぼけた頭をなんとか働かせながらそのパンにかぶりついた。パンの上に覆い被さるようにして乗っている目玉焼きには何も言っていないのに醤油がかかっていた。


生憎、自分はソース派なのだがそんなくだらない話はここまでにしておこう。


しかし、母とは合口が良かったので然程大きな喧嘩をすることも無くこの日まで生きてきたので反抗期と言うものを知らなかった。


ようやく朝食を食べ終える頃、洗面台に歯を磨きに行った。朝であるのに静謐としたこの家では廊下を歩く際にギシギシという音が目立った。


その音をかき消すか如く後ろから迫ってくる騒がしい足音が男の眠気を一気に振り払った。


「ルナー!早く学校行こ?」


その断崖のような胸をすりつかせながら

後ろから抱きついてくる者がいた。


「く、苦しい。離せ、ベガ!」


あまりの苦しさに女の子につい弱音を吐いてしまった自分が恥ずかしくなった。


「あ、ごめそ。」


ベガはルナの忠告を真摯に受け止めて

その首に回した細い腕を解いた。


この女子としては百点満点と言える回答をたたき出した老猾な女の子は世にいう魔法少女という奴だ。


短いスカートの丈に目をやることもなく当初の目的である歯磨きをしに向かった。


「あと、ベガ。俺のことは何回もマスターと呼べって言ってんだろ?」


何度も注意しているのに対して全く聞く耳を持とうとしないベガに少し苛立ちを覚えていたもののルナには何故かコレだけは譲ることの出来ない理由があった。


「だってさ、ルナはルナじゃん?

別に偉いことしたわけでもないし、絶対マスター?

なんて呼ばないから。」


「あのなー・・・」


これには反抗する力を無くし、

再び洗面台に向かった。

このような絡みが毎回あるから恐ろしい。仕方なく、いつも学校に行く一時間前に起床することを余儀なくされていた。


歯を磨き終えると学校に行く用意をして家を出た。彼の暮らすマンションは28階建ての超高層である故、春の心地よい風が桜の薄紅色の花片を通路に吹き込ませてきた。


一度、エレベーターを降りると鮮やかな春の日差しはルナの体を容赦なく突き刺した。

デネブの半開きの目を摩る姿を横目にしながら頭を上に傾けるほどの高さの自宅を後にした。


「ところでさー、ル、マスター。デネブの阿呆がまだ来てないよ。」


自分が果たしてこの魔法少女の主人であるのかが

疑問にさえ思われてくるこの一声に

少し無聊な気になった。


「私ならここに。」


「うぎぁーー。」


恐ろしいくらい大きな声をあげた

魔法少女の呻き声を尻目にデネブはルナの背後に

忍び寄っていた。



「先程からずっといたんだけど・・・すいません。驚かせてしまいましたか?」


「い、いや。(ちょっとビックリしたけどこの後泣かれても困るから仕方なく答えた。)じゃあ、学校行くか。」


やけに眩しい朝の日は照った。

この新学期から新たに学校に通うという高揚感に自然と歩くスピードが速まった。


【サン・サイン魔道学院】

将来、マスターとなるべく通う生徒達が通う学校である。生徒達はマスターとしてのサーバントの統率力、戦闘力、マスター自身のアルテナ(魔力量)の使い方を日々模索している。


自分の家の二分の一程の大きさの校門を前にして入学に対する好奇心は高々と舞い上がっていた。


ふと周りを見渡すと異様に群がる人集りを見つけた。そのような煩瑣な事柄にはなるべく関わりたくない性格だが隣にいる魔法少女の眩しい瞳を見てしまったからには自分の中の何かがそれを促した。


「なんだろ、あれ。」

「どうせ学校の人気者的な人に群がると

いうあのイベントだろ。」


人の集団の隙間から見えたのは1人の女の姿と1人の男の姿があった。


しかし、どうしても気になるベガを無理やり引っ張り入学式が行われる大アリーナに向かった。


そこは大量の人間を収容することが可能な大きさがあった。中に入ると主人(マスター)、召し使い(サーバント)用に場所が分かれていた。


「お前ら、絶対事を起こすんじゃないぞ。」


「了承。」

「りょー!」


忠告したのに対し、ベガの余りにてきとうな応答は俺の不安要素をますます助長した。


恒例と言っていいほどのイベント、学校長の話しは生徒達の天敵と言っていいほどの存在であった為、新入生たちと激しく昵懇していた。


「新入生代表、エレナ・ウィクトーリア壇上へ。」


新入生代表つまり学年トップの実力を備えていることを暗示している。それ故、周りの生徒達の反応は感情のまま真摯に外面に表意された。


「新入生代表、エレナ・ウィクトーリアです。この式を執り行って頂いた先生、上級生の方々誠にありがとうございます。今後、この学園で勉学に励んでいきたいと思います。そして・・・」


彼女の演説が終わるのと同時に盛大な拍手が彼女、エレナ・ウィクトーリアを包んだ。

その手と手を打ち付け合う音の壮大さはまるでオーケストラを聞いているのかと思わせるほどであった。


まさに、彼女の器を体現させているようだった。


壇上を去る際、エレナは1度新入生一同の方を向いた。その時、一瞬だったが睥睨されたように、まるで頭の上からいきなり重りに乗せられたような緊張感が身体中を迸った。


周りを見渡すと自分のような状態に陥った人は居ないようだ。明らかにそれは自分に対する殺気であったという事に気づくのに時間など必要なかった。


こうして俺の華々しい入学式は幕を閉じた。

終了すると共に召し使い達の愚痴を聞く

羽目となった。


「ちょっとあれ何なんなのよ? イライラしたよね?ねぇ?」


「何っ何?」


魔法少女は女子とは思えないほどクチャクチャした顔で訴えてきた。


「同意。」


デネブはポテトチップスの袋を片手に答えた。


「おい、お前ら。あんまり人様を悪く言うのは良くないぞ。いつか一周して自分に帰ってくるぞ、多分・・・。」


マスターの務めと思い聞かせこの場を乗り切った。雑音と言えるほど騒ぐ観衆を背にその場を去った。


「そして・・・」の後の言葉は生徒一同を勢いよく彼女への関心に変えた事はこの先忘れないだろう。


「ところでルナ、実力テストどうすんの?」


「どうするもこうするも自分の出来ることをただやるだけだ。」

(少し格好つけてしまったことに後に後悔することとなった。)


「ま、マスター大変・・・。」


何気ないデネブの心配に助けられることは多々あったが今日も1日頑張って生きられる自分の秘めたる力をこの時ひしひしと感じた。


「ルナ・サタナキア。」


唐突にかつ直線的に耳に飛び込んでくる声

が聞こえた。

あらゆる人混みの中をかき分けている恬淡な声が。


最初に厳戒態勢に入ったのは意外にも自分の後ろにピッタリとくっついていたデネブであった。


「誰だ?」


「タンマタンマ、その殺気辞めてよ。

デネブちゃん。」


奥の木の影から現れたのは一人の男とそのサーバントと思われる女の子だった。


「モルス!」

「で、デネブちゃん?」


デネブは今までにないくらい張った声で呼んだ。


2人の女の子は目を合わせた瞬間駆け寄り熱い抱擁を交わした。


その光景はまさに見ているものの心を穏やかにさせるほどであった。


「感動の再開はその辺にしといて、久しぶりだな。ルナ。」


「あぁ、そうだな。何年ぶりだよ。魔導師学園に通っていたくらいか?ミスラ。」


ミスラ・レオンハートは8歳の時に入学した魔導師育成学園からの同級生であった為久しぶりの再会にも躊躇なく接することが出来た。


そしてそのサーバント、モルス。

種族は死神という見かけによらず大胆な召し使いである。見かけはデネブと至って変わらない低い身長に黒い洋服、高い声。


「ところで、お前。テストやれんのか?」

唐突な質問に少し驚いた。

今の一番の悩みを鮮明かつ正確に付いてきたからである。


「なるようになるさ。

そんな心配することでもないよ。」


「そうか。」


言葉では変哲もない返しであったが顔はその感情の姿を隠しきれていなかった。

しかし、自分にとってはミスラ・レオンハートの存在は入学した新たな学校生活になんともありがたい存在であった。


「じゃあ、また明日な。行くぞ、モルス。」


「はい、マスター。」


うちの魔法少女とは大違いの忠実ぶりに目を1度疑った。


その時の昼風はやけに優しかった。


マンションに帰ると朝と変わらず廊下には温かなそよ風が敷衍しながら家へと歩くルナの背中を押した。


「あらおかえり、ルナ、デネブちゃん、ベガちゃん。入学式はどうだった?」


「別になんもないよ。」


「あら、よかった。魔導師学園の卒業式ではベガちゃんが大号泣して色々大変だったから。」


母は何気に人の過去の傷を抉り返すのがうまかった。そのため、ベガの顔は見るまでもなく真っ赤となっていたことだろう。


「泣いてないもん。」


そう言い残して魔法少女は部屋に駆け込んだ。

その時、彼女の女の子の部分が表となった。

改めてルナはギャップという萌の偉大さに屈服した。


朝と同じく昼寝に没頭していたと思うとリビングの方から母の夕飯の合図が響いた。


母の作るハンバーグはどこか焦げていたり、微妙な味付けが施されている。しかし、そんな味にも妙な安心感が包まれていた。


自分の食事が終わると、デネブが小さな口に米粒を細かく運んでいく姿を見ながら、リビングを後にした。


意味もなくベランダへと足を運んだ。月の明るさに恋しくなったのか自然と体は外の少々寒い空気を求めていた。


「マスター。」


「ぎょえ!」


いきなりの出来事に思わず、おかしな声を出してしまった。


静寂とした夜の空気をバッサリとその声は切った為、むしろ驚いたのだ。


横を見ると、ベランダの床に膝をついて自分に対して敬服する女性の姿があった。


「アルか。久しぶりだな。」


「お久しぶりでございます、ベガ様。」


鷹揚としたその態度はまさに自分のマスターという器を再確認する必要がある程であった。


「ところでお前、今までどこに行ってたんだ?親父の葬式のあとお前がいきなり姿を消して、皆心配したんだぞ。」


「申し訳ありません。」


「まぁいい。で、何の用だ?」


「エデン様の遺言により、貴方様のサーバントとして仕えさせていただきます。」


この突然の発言を既にこの男は予想していた。アルとは生まれた時から父のサーバントとして一緒に暮らしていた。


父が死にアルはどこかへ消えた。


最後に見たのはつい一週間前、父の墓参りに言った時、墓の前で今まさにこの彼女の姿勢と同じく跪いているところを目撃したときであった。


だから、ここへ来るのも近い事だろうと思っていた。


「じゃあ、儀式するか?」


「はい。」


アルは懐から小さなナイフを取り出し、自分の掌を月の方へ向け、躊躇なく自らを切りつけた。


その姿を見る人間は大体この様子を見て驚くだろうが、既に二回見ているルナにとっては造作のないことであった。


「【コネクト・スタートー能力解放】!」


「ここに汝、アルタイルは、我、ルナ・サタナキアのサーバントとして正式に承諾をす。」


すると、アルの掌の傷が共鳴し、月の明るい光に反射した。


その傷は端々からさらに伸びていき、気づくといつしかトライアングルのように形作っていた。


「お前が最後の1人だ。

これからは俺に命をかけて仕えろ。」


「はい。」


暫くの静けさを保ったまま時間が過ぎていった。


「そうだ。ルナやデネブもお前に会いたがってるぞ。今、呼んできて・・・」


気がつくと、アルタイルの姿は既に消えていた。


俺は体が寒いと訴えるのに同情してベランダから部屋に戻った。

部屋と外の温度差に体を反射的に震わせながら、何事も無かったかのように普段の生活に帰った。


朝になると、外はやはり春の日差しで

照らされていた。

いつも通りの朝食、いつも通りの電車、通学路、風景を横目に学校に向かった。


新学期というものはやはり心躍るものがある。これは誰にとっても共通するだろう。


「おーい。ルナ。お前、俺と同じクラスだぞ。魔導師学園の時以来だな。」


「朝から元気だな。お前は。」


遠くの方から超特急で近寄ってきたミスラは朝なのに目をぱちくりさせて来た。


「あと、あの人もいるとよ。」


「誰?」


「エレナ・ウィクトーリア。」


その名はルナの胸の奥深くまでぐさりと鎖を打ち付けたような衝動を与えた。

それは紛れもなく、入学式の時に感じた殺気と瓜二つであった。


「大丈夫か、ルナ?なんか凄い顔してるぞ。」


と、自分の感情を察したのかミスラも心配して

聞いた。


「い、いや。大丈夫だ。

でもあの時の顔は忘れらんないな。」


その時、背後に悪寒がした。

と同時にあの時感じたものと同じ殺気を感じた。


「それはどういう意味だ。貴様。」


ふと後ろを振り返るとそこにはエレナ・ウィクトーリアの姿があった。















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