我
お久しぶりです佐倉ハルキです。
以前は翔冴という名前で活動しておりましたが色々ありまして初期作品の探偵役より名前を頂戴しました。
佐倉ハルキになってから初の作品、伝えたいことが少しでも伝われば幸いです。
最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
俺は幸せだった―
俺は不幸せだった―
「「あの日までは」」
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‐ガタンゴトンガタンゴトン‐
電車は帰宅ラッシュの時間帯ということもあってどの車両も人で溢れている。スーツを着たサラリーマンやOLに混じって大学生ぐらいだろうか、蒼白い顔の青年が気になり見ていた。目があった、と思った途端青年は俺から目をそらした。体調でも悪いのだろうか。声をかけてあげたいがあいにく俺も俺で急がねばいけないのだ。妻に話があるから早く帰ってきてほしいと言われたからというのも勿論あるが何より早く言わなければいけないことがある。人を心配している余裕は今の俺にはない。
「間もなく・・・・。」
車内に停車駅を伝えるアナウンスが響く。自宅の最寄り駅まではあと20分ぐらいといったところだろうか。そこから歩いて…いや、走って5分だとして30~40分もあれば帰宅できるだろう。妻にあと40分で帰ると連絡する。
妻とは大学時代に出会って卒業するとき意を決して告白、3年の付き合いの後結婚した。子供はおらず結婚生活は先月の3日…雛祭りをもって5年目に突入しておりそろそろ子供がほしいと思い始めた。
電車はホームに滑り込みほぼ同時に扉が開く。それを待ってました言わんばかりに人々は爆発のように外へと流れ出る。その波にさらわれないようにしてさっき青年がいたところを見てみるとさっきまでいた青年はもういなくなっていた。無事だと良いのだがと心の底から思う。
電車は再び動き始め乗客は皆それぞれの時間の過ごし方をしていた。少しでも早くと念を込めていると、俺の携帯が振動し「了解」という妻からの返信を画面に写し出していた。
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僕は歩いていた。いや走っていたかもしれないし立ち止まっていたかもしれない。苦しかった、逃げたかった、楽になりたかった………!
見つけた―――
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帰宅した俺を待っていたのは風呂でも飯でもなく、片方だけが記入済の離婚届だった。
「おい、なんだよこれ……。お前…。」
ダイニングテーブルを挟んで向かい側に座っている妻に呼び掛ける。妻はただ俺の顔をじっと見るだけだ。
「どういうことだよ…。」
もう一度問う。答えなんか返ってこないと分かっているのに。
「………分かった…。」
何も分かっていないのに結論を出す。後悔すると分かりきっているのに他に言葉が思い付かない。引き留めることも突き放すこともできずただ、受け止めたフリをする。
「お前の言う通りにするよ……細かいことはまた後から……」
「こんなときでも!」
妻が唐突に声を発する。
「こんなときでも『お前』なんですね…。」
「え?」
「いえ………今までありがとうございました。」
妻はそれだけ言うと立ち上がって出ていってしまった。
残されたのは5年間の結婚生活を無に返すような静寂と空っぽになった俺だけであった。
「俺…これからどうやって生きていくんだ?」
飯を作ってくれる人はもういない。一緒に食う相手もいない。仕事をする意味も、そろそも仕事も失った。どうやって生きていけというのだろうか。
解雇通知と離婚届届…この空虚な空間の中で異様な色彩を放っていた。
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僕は考えていた。いや考えていなかったかもしれないし今考えているかもしれない。黙っていたかったし叫び出したかった………。
そして声を上げた―――
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妻が出ていってから1週間後、俺は自宅の近所の高架下で生活していた。自分でも何をどうやってこうなったかはわからない。ただ言えるのは、もう俺には何も残っていないということだ。
「はぁ……。」
―そんな溜め息ついてないでハローワークとか行かない?―
「この格好でか?1週間風呂にも入ってないんだぞ?」
俺はあの日、帰宅した格好そのままで家を出たきり戻っていない。正確には戻ることが出来なかった。家が全焼していたのだ。出火元も原因も未だ不明だと野次馬たちが噂していた。
―それはほら!……銭湯とか行ってさ!綺麗になって……―
「そんな金すらもう残ってないんだよ!」
俺の怒鳴り声を聞いて、丁度前を通りすぎようとしていた老婆がビクリと肩を震わせた。なんとなくバツが悪いので軽く会釈するとそそくさと逃げられてしまった。
―もう、そろそろ学習すればいいのに。僕の声は君以外には聴こえないんだからさ―
コイツに話しかけられたのは自宅の全焼を知った日だった。初めは俺の気が振れてしまったのかと思った。とうとう頭がイカれてしまったと。けれど俺は驚くほど順応していた。今となっては俺の唯一の話し相手と言っても過言ではない。
―あ、さっきのお婆さんがこっちに戻ってくるよ―
「どうせ前みたいに出てけ~って怒鳴られてしまいだろ。逃げるか。」
2日ほど前に袋叩きにあったことを思い出して辟易する。腰を浮かして立ち去ろうとする俺に老婆はいきなり訳のわからないことを言ってきた。
「お主らの魂を1つにすれば幸運は必ずやって来るぞ!」
俺の体は止まった。それが俺の意思なのかコイツの意思なのかはわからなかった。
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あの人は結局最後まで私のことを名前で呼んでくれなかった。離婚届は本気…でも、引き留めてほしかった、すがり付いてほしかった!
トボトボと街中を当てもなく歩いていた私の後ろから私を呼声が聴こえた。
私は立ち止まりゆっくりと振り向いた―――
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「おい婆さん、それどういう意味だ?」
俺は老婆を問いただしていた。
「どうもこうも、そのままの意味じゃよ。今のお主は1つの肉体に複数の魂を持っておる。故に運が流れてこぬ。それを1つにすれば幸福が自然と舞い込んでくるという訳じゃ。」
そう言うと老婆は何も無かったかのようにさっさと何処かに行ってしまった。どういうことだ?なんであの老婆はコイツの存在が分かったんだ。どうして俺に2人分の魂があると…いや、この際そんなことはどうでもいい……問題は、彼女の言葉を信じるか否かだ。相談、してみるか……。
「…………っ?!」
声をかけようとして声が出せていないことに気がついた。それどころか視界もボヤけて不明瞭だ。まるで霧かなにかに包まれているような…。
―どう?ここが僕の存在している世界だよ―
コイツの声が響く。もしかして……体を乗っ取られた?
―残念、まだ乗っ取ってないよ。僕が君をここに引きずり込んだんだ。だから体は寝ている状態に近いんじゃないかな―
なおもコイツの声が辺りに響く。
―このからだ、僕に譲ってくれない?―
んなこと、出来るわけないだろ!これは俺の体だ!お前の方こそ出ていけ!!
―君の体?誰が決めたの?君?じゃ、君が消えればこの体は僕のものになるんだね?僕が幸せになれるんだね?―
何を………そうか、コイツが消えれば俺は幸せになれるのか。確かによく考えれば、コイツといていいことなんか無かった。もしあの老婆が言っていたことが本当だったとしたら?どちらかが死ねば幸せになれるとしたら?俺の思考がコイツにバレたのかそれとも同じ結論に至ったのか…2つの声が同時に響いた。
「お前が死ね。」
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俺は幸せだった―
僕は不幸せだった―
私には何も無かった―
僕にも何も無かった――
俺には何かあるように見えていた―
俺って誰だ?
僕はだれ?
私は誰なの?
僕は…?
我は―――――
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‐ガタンゴトンガタンゴトン‐
電車は帰宅ラッシュの時間帯ということもあってどの車両も人で溢れていた。独身貴族なので何も焦って帰る必要はないのだが早く帰ってこの喜びを噛みしめたい。
僕の正体は誰にもバレなかった。それどころか妻を亡くした哀れな男とまで評価され特別に有給休暇まで貰えたのだ。殺したのは僕なのに、だ。あの日僕はアイツのフリをして女に声をかけ自宅まで戻ってから殺した。家を焼いたのは証拠を残さないためとアイツを精神的にも追い詰めたかったからだ。しかしあの老婆には焦らされた。あのまま彼女が話し続けていたら僕の存在が残りの2人に露見するとこだった。醜い争いをした2人は死んで、ギリギリまで沈黙を保った僕が勝った。僕は生き残ったのだ。これでこの体は僕のものだ!
「おはよう。」
不意に声をかけられ僕は思わずビクリとする。恐る恐る振り返るとそこにはあのときの老婆がいた。僕はある意味ホッとして、
「今は、おはよう、じゃなくてこんばんは、だと思いますよ?」
と声をかけた。老婆は僕の指摘を無視していきなり両手を掴んできた。ムッとして文句を言おうとした僕を制するように彼女が先に口を開いた。
その口撃は声とも音とも遠く異質なものだった。
――おマエだけシあワせニはさせナイ――
いかがだったでしょうか。
実はこの作品、友人に「わ」をテーマに書いてほしいと言われて書くことになりました。
わ……意味わかんなくて適当に変換していたところ、「我」の字が出てきてこの作品は生まれました。
こんな感じでしばらくは短編を多く書いていこうと思っています。
いつかどこかでまた読んでいただければ幸いです。
See you again/~