二話 『守護の魔道具』
「冒険の基礎、ねえ。冒険には最低限食糧と、やる気と、根性がいると。うん。参考にならないよこれ。」
吐き捨てるようにアプリケーションを閉じたプティは、賑やかな人々を背景音にしながら歩き、雲一つない空を眩しそうに見上げていた。これなら大丈夫そうだな。そう呟くと目線を戻し、少し速度を上げる。するとまた携帯を取り出し、魔物図鑑を開き、検索画面でゴブリンと入力する。
いきなり表れた大量の情報に驚きを隠せずあっと声を上げてしまい、少し顔をうつむいてしまうが、気を取り直したのか再び画面を凝視する。勿論、歩きながら携帯は事故の元になるのであまりいいことではないのだが、使い始めたばかりのプティがそこまでの配慮ができるはずもなく、勿論当の本人も気づいていない。
目的のゴブリンという名称の魔物は、運がいいのか、それとも一番弱いことを表しているのか、はたまたその逆か。一番上に表示された。タップすると多くの情報が出てくる。
名称:ゴブリン
土の精霊だったのだが、悪事を行ったせいで呪いを受け、醜い姿へと変貌させられた。しかし元精霊ということもあってか一般市民の大人程度なら赤子の手をひねるように殺せる。追記するが、呪いのせいで性別はオスのみだ。
「へえ。こんなことまで書いてあるんだ。なるほど、これの大量発生となると、嵌められたなあ。……まあ、いいかな。受けてしまったからには失敗すると罰金取られるし。」
そう呟きながらも、プティはかつての仲間たちを思い出す。プティたちを何度も騙し、最後の最後に信じさせたあの商人。今までの行為は中々にむかつくものだったが、それで助けられたのならば文句は言えない。先ほどの受付と性格が似ているなと思って、首を振る。
「あの人と、受付さんじゃ、天と地ほどの差がある。あの受付は、悪意しかなかった。」
苛立ちとともに吐き出すと、少し夢中になりすぎたのか体に何かが当たる感触がする。ドンッ、と大きな音がなるが、その音と比べ衝撃は小さい。エルシャとの出会いに似ているな、なんてクスクス笑っていると、大きな声が耳を叩く。
「お兄さん!助けて!」
それも聞き覚えのある、というか今日聞いたばかりの声で驚きを感じふと視線を向けてみると右腕を失ったアシュリーがいる。何故右腕を失っているのか、何故こんなに焦っているのか、聞こうと思えば聞くべきことがたくさんあるが、今はそんな場合じゃない。
少し考え事をしすぎていたせいか、ここまで濃い悪意を見逃していただなんて。呟いて、額に手を添える。
「アシュリー。とりあえず僕の手を握って。」
何が狙いなのか、怒りを覚えながらも平静を保ち、アシュリーに手を差し伸べる。承諾ということか、彼女が小さく頷くとプティの手を握った。
「行くよ。『二重半加速』」
プティは即座に術式を構築、発動。系統は運動、術式は加速だ。元の身体能力が高いこともあって一歩踏み出すだけで突風が起きる。久々な風の感触を心地よく思いながらも、異様な速さでが移動を駆け抜けた。
その速度もあって『悪意』から逃げおおせるのは、数分で事足りた。先ほどまで大きな街道にいたのに対し、今は裏路地。遠くから野太い声が聞こえてくるが、それが近くにいない、見つかっていないことの証明になり安堵の息を吐くことができる。
「何があった?僕の守護を施した魔道具をぶち破ってくるだなんて。」
するとアシュリーは気まずそうな顔をしながらも、二つに破れた魔道具を突き出してきた。
「ごめん。お兄さんからの折角の贈り物を、こんなにしちゃって。」
今にでも泣きそうなほどの顔をしていた。壊れることを前提に送ったし、捨てもせず大事に扱ってくれたことからむしろありがたみを感じる。プティはアシュリーの頭を撫でてやった。
「お兄さん……?」
「いいよ。もともと壊れることを前提に送ったものだし。壊れても捨てもせず持ち歩いてくれているなんて、製作者としてもありがたいくらいだ。よく生きていてくれた。」
言うと、振り返る。
「だから報わせてもらうよ。料金、わざわざもらわなかったんでしょ。少し罪悪感が湧いてしまったよ。だから、これでチャラで。」
実はアシュリー、プティの挙動からお金がほとんどないことを見抜いたのか全財産と言っても過言ではない銅インゴットを受け取らなかったのだ。というか、受けとる暇すら与えずに走り去って行った。普通ならば声をかけるなりしてお金を求めるのだが、アシュリーは親切心を優先し、行動して見せたのだ。
バレていたのか、とでも言いたげに頭を抱えるアシュリーだが、それも一瞬。
「頼んだよ!お兄さん。信用貸しってことさ!」
最後の言葉の意味はわからなかったが。
「うん。頼まれた。」
こうして、プティは清算の機会に恵まれた。
「それじゃ、何があったか教えてもらおうかな。」
「……うん。」
受諾前にすべき質問を、プティは信頼して後に回した。それをわかったのかアシュリーは気まずそうに頭をさげる。
「お兄さんと、別れた後の話なんだけど——」
アシュリーは、詳細に質問への答えを行う。
(*)
それはプティが守護の譜面を渡し、アシュリーがスラムへ戻ろうとした時のことだ。ある程度の実力を持つアシュリーは油断はせねど少し気楽な足取りで歩いていた。頭の中は先ほどまで会話していたプティの言葉を何度も反芻している。その度に顔が緩んでいた。
本当に、いい人だ。これがアシュリーのプティに対する印象だ。確かに何処か恐ろしさを感じるが、それだけ、それだけなのだ。何かを求めている割に、何かを捨てることをためらう。そんな人なのだ。
だからこそ、アシュリーは別に親切心など関係なく、ただ未来に幸あれと思い代金を頂くのを遠慮したのだ。何せ、アシュリーは彼が不幸になる未来しか見ることができなかった。彼の顔は、何か決意した上で、全てためらう人の顔だ。……だから、アシュリーは喜び反面怒っていた。こんな餓鬼の思考なんてどうでもいいことかもしれない。でも、それでもどうにかしてあげたかったのだ。
「あーあ、お金。貰えば良かったかも。」
そう言ってしまうのも、子どもらしいかな。なんて思ってしまう。
しばらく歩くと、不意に違和感に襲われる。何か、何かが食い違っているような、もどかしい感覚。……魔力炉混濁!
薄れていく意識の中、確かに確認した姿があった。大柄の男と、ローブを深くかぶった女性。
「ああ……不幸、でん……せんしたかも……。」
そんな愚痴を最後に、意識はぷつりと途切れた。
目がさめると視界は真っ暗。ヒソヒソと声が聞こえるが何を言っているのかわからない。ちょっとした、どころじゃない恐怖を覚えるが、今は逃げることだけを考える。これを行ったのが誰なのかわからないが、半ば洗脳されている平民か、もしくは選民意識の強い貴族か。どちらにしろ人間だということには変わりないだろう。
「どうすればいい……。」
近くにいる可能性もあるので声を潜ませる。運がいいのか悪いのか、目隠しはされているが耳栓をされていないため、近くで水滴が落ちる音が聞こえる。つまり、地下水道だ。地下水道であるならば逃げる方法は幾つかある。
この目隠しさえ外れれば……!
「おい、これどうする。」
「ああ、このスラムの女な、ちびだし、殺せばいいんじゃねーか?」
運がいいのか、それとも悪いのか。アシュリーを攫ったであろう人たちは目の前にいる。おかげで会話の内容がはっきりわかる。死ぬのは勘弁だが、その前にこの目隠しさえ外してくれれば私の勝ちだ。
そしてその機会は訪れる。
「せめてもの情けだ。こんな餓鬼が何しようと無駄だろう。最後にこの薄汚れた景色を見せてやろうぜ。」
ケラケラ笑いながら男が言う。
「ああ、そうだな。それがいい。」
足音が近づいてくる。どう逃げるかは何度も頭の中でシュミレートした。いけるはずだ。そしてついに目隠しが外れた。アシュリーはすぐさま男に噛みつき。
「痛っ!!」
「『閃光』」
すかさず魔術『閃光』を発動。辺り一面は白一色に染まる。あまりの光の強さに男たちも目を腕で覆い隠してしまう。その隙を逃さずアシュリーは走り出す。何も見えないのは彼女も同じだが、それでも走る。疾る。奔る。通路はまるで体に染み込んでいるかのように、間違えることなく進んでいく。
そして、『閃光』の効果も薄れてきた頃、視界もだんだん回復していき、目の前の景色がいつも見ているスラムだと理解してやっと安堵のため息を漏らす。
「よし、帰るか。」
それはもう安全だと断じた言葉だったのだろう。動きも自然体。緊張の糸が完全に切れたようだ。しかし、それは間違いだった。それは唐突に起きる。アシュリーすら反応できなかった一瞬で。
「……あれ?痛い?」
痛みのする部位へ視線を向けると、右腕が切り落とされていた。そして二つに割れたお守り。普通だったら血が止まらずそのまま出血死するのを、防いでくれたのだ。たいていの人ならこのまま呆然としを受け入れるだろう。しかし、スラム出身のアシュリーはそんな生ぬるい思考をしていなかった。
「ありがとうお兄さん!」
届かないとわかっていても言わずにはいられなかった。その上であつかましいかもしれないが、さっき受け取らなかったお金で助けてくださいお願いします。
(*)
「なるほど……。」
そういうことか、そう相槌を打ちながらも、プティは彼女の右腕をどうしようかと迷っていた。普通なら迷うことなく右腕を機にするだろうが、守護の魔道具によって完全に止血されている、というか時間がほとんど止まっている状態で、措置が必要か、敵の処理の方が大事ではないか。
少々の沈黙の末、プティは、結論を出した。
「『破壊と創造の輪廻』」
プティの手に白銀の長剣が二本現れる。どちらもかなりの業物で、お金を積んで手に入れられるレベルを超していた。実際、このスキルは一つしか物を作れないのだが、こうして二つ剣が現れているのは二本でセットだからである。片方をなくせば、ただの紙くずになるのだ。
「先に敵の排除に当たらせてもらうよ。右腕の治療は少し待ってて。」
「……え。右腕どうにかできるの?」
その質問には答えず、プティは飛び上がる。まだ『二重半加速』の効果が効いているため、速度は折り紙付きだ。その上、プティは追加で魔式を発動した。
「『身体強化』」
発動とともに、跳躍。高さはビル群を超え、一時停止。落下に入る前に辺り一面を見渡すと……
「いた。あれだな。」
目標を発見した。アシュリーから伝えられた男の特徴とピッタリ合う。しかも三人組だ。間違えても謝ればいい。
自分に言い訳すると、最初から腰に下げている剣はそのまま、日本の長剣とともに、自由落下になすがままに落下、結果として、剣は三人のうち二人の右腕を切り落とした。
「ぐえ……?」
「ぐあ……?」
二人が声を重ねて困惑している間にもう一人の右腕でもすかさず切り落とす。少々の勢いがついてしまったため、バク宙をすることでそれを逃し、着地する。
「で、アシュリーを攫ったのはお前らか?」
威圧を込めて問うと三人とも首が外れてしまうと心配してしまうくらいに頷く。ちょろいものだ。相手が犯人だとわかれば容赦はしない。裏で誰が何をしようとプティの知ったことではないし、ゴブリンを殺す時間が遅れて、報酬が減るのも嫌だ。面倒臭そうに二本の長剣を三閃すると、三人の首が落ちる。
思ったよりも近かったためアシュリーの元へはすぐに辿り着いた。
「終わりましたよ。他の奴が狙ってくるかもしれないけれど、その時はどうにか頑張ってくださいね。僕、アシュリーの保護者じゃないから。」
「うんうんわかってるって。」
生返事をするアシュリー。もう体力も限界なのだろう。傷口の止血はされているが、痛みがないわけではない。確かにチクチクと刺される程度のものだが、それでも不快は不快だ。しかも誘拐された後にいきなりきたもの、緊張感は半端じゃなかっただろう。
「じゃあ、治療するね。」
「うん。」
「『生命回想』」
プティのいる場所を中心に翡翠の奔流が広がる。生命を回想する技能であるからこそ、プティはその分の代償、足りない魔力を剣気でも補っている。アシュリーの右腕もあっという間にもと通りになった。
「あ、ありがとう!」
「うん。それじゃあまたね。」
アシュリーは離れていくプティの姿をしばし呆然と見つめていた。
用語解説
『生命回想』
解説:生命の時間を巻き戻す。巻き戻す時間により消費魔力、剣気が変動する。
『破壊と創造の輪廻』
解説:自分より下位の物質、精神体の破壊と、創造が可能。一年に一度しか使えない。使用後他の技能を二時間使うことができなくなる
『閃光』
解説:目潰しの光を起こす。直に見れば目が潰れる。
『二重加速』
解説:速度を二倍する。
『二重半加速』
解説:速度を二点五倍する。
『身体強化』
解説:身体能力の強化を行う。これに速度は含まれない。
ちょっと文章が荒い?気のせい。
題名 『殺戮現場』から『守護の魔道具』に変更。