十六話 『昔々——寡黙の化け物がいた』
これだけで別のシリーズ書けそう。(苦笑)
まあ、端折らなければそうなるかもしれない。
これは約四千年前、少し昔などと言った多少の時間の流れではなく、そう、今では御伽噺のように語られる。そんな話だ。御伽噺のよう、と言っても創作などではなく、実際に起こっていた出来事が御伽噺という形で、話が変わり伝わっていただけで、それを真実として記録するものが、実際に見聞したものが、何よりも当事者がそれらを一般的に語らうことを避けている。いや、いた。だろう。
しかし、だからと言って誰にも話さず闇に葬るわけにもいかず、ごく一部の長齢種、不死種に使命という形でその話を伝え、それは静かに波を荒立たせている。
さて、常套句で始めよう。遥か昔の、人類史の歪みを。
昔々あるところに、と笑いながら彼女は語る。どうやらその時代は今までの時代の流れの中では比較的平和で、農民も教育を受けられるほど国の余裕もあった。貴族も温厚な者が多く集まり、貴族の義務を全うしていたのだとか。今を見るとその面影もないようだが。さて、そんな時代では起こりえない革命が、この時代では起きてしまった。それが人類史の歪みだそうだ。
この時代の王国の隅っこに、小さな領土で幸せに暮らす領民がいたそうだ。そこには主人公とされる二人の男女がいたらしい。片や寡黙、片や明朗。その二人の並び立つ姿は正に対極。実際に巡り会うどころか、交じり合うことさえ有りえぬような二人は、偶然にして此処に、それもほぼ同時期に産声をあげた。寡黙、というには少し違うか。戦場を経験し、本質が表にで始めたと言ってもいい。幼少期は普通の少年であったのだ。
別段、二人が巡り合ったのは問題ではない。ただ、産まれた寡黙の少年が黒髪黒目にして、誰も存ぜぬ白銀の刻印が小さく眼の中にあったのだ。これが示すのは必然。二人が同年代にして巡り合ったのは完全なる意図的な操作であった。よりにもよって、天界の気まぐれで。
別段この世界は魂的資源が不足、もしくは過多になっているわけではなく、しっかりと均衡を保っていた。なのに何故天界は英雄を二人も地に呼び出した?簡単だ。彼らは時間を持て余していた。不幸なことに神という存在は感情を許された知性を持つ生物であり、何より娯楽に飢えていた。その上不死性を持つ。案外、殺されることすら望んでいるのかもしれない。神は徒らに人を、そして自らを、殺すのだ。
おっと、二人が家へと入っていくようである。小さな家だが、周りより幾らかしっかりとした造りになっている。村長家だ。この村には二つの村が合併したことから村長が二人いる。そして奇なことに二人は村長の子であるのだ。同じ家に向かうのは、ただ片方の家に遊びに言っただけだろう。
「ただいま、リオサ連れてきたよ!」少女は快活と声を上げる。よく通るものだから、二階の執務室にて羊皮紙に筆を滑らせる父にも余裕に届く。その証に「おかえり。二人でゆっくりしていくといい。」と直様返ってくる。少年は苦笑しながら「イリス、相変わらずよく通る声で僕は毎回驚かされるよ。さて、いつもの場所に行こうか。そしてのんびりと自然を眺めて、紅茶を嗜もう。」と、貴族然とした返事をいつも通りのことだよとでもいうかのように流暢に返す。この時代、茶は貴人庶人関わらず手に入る身近な嗜好品だったのだ。彼らはまだ十二と幼いが、嗜みかたをよく知っていた。彼らにとって紅茶は日常に欠かせない物なのだ。
「そうだね。最近はお勉強ばっかであまりこう、ゆっくりとした時間が取れなくて辛かったんだよ。久しぶりにゆっくり過ごせるね、”リオ”。」少女は少年の腕に、自らの腕を絡ませ、破顔する。少年は少女の喜ぶ顔を見れただけで、今までの疲れがすーっと引いていくようだった。「そうだね。」と少年は自分より少し小さい少女の頭を撫でる。使用人として雇われている侍女、執事らと挨拶を交わしながら、この対して大きくない家が唯一開放的になる場所、テラスへと向かう。辿り着くまで大して時間はかからず、慣れた手際で紅茶を淹れ、席に着く。
「うん、美味しいね。今日は一段と。」
「自画自賛?ああ、それとも雰囲気かな?」少女は意地悪く微笑む。
「まあ、そう言った感じかな。自分で淹れたものでも、それがどんなに熟練した技であろうとも、まあ、個人の主観になるけど雰囲気で味覚って変わるんだよ。」
「リオがそんな話をするのは初めてだね。いつも私のくだらない話が話題になっていたけれど、飽きたのかな?」くだらない、それは自虐がすぎるだろうが。少年は苦笑し、続ける。
「違うんだよ。今日は自分から話したい、そんな気分なんだ。」そう、別に君の話を聞くのに飽きたわけではなくて、むしろ楽しかったんだよ。と宥める。とは言っても、少女に拗ねた様子はない。全く御し難い人だ。
「そっか、そうなんだ。じゃあ、珍しくこっちから話題を強請ろうかなー。」
「はは、是非そうしてくれるといい。じゃあ、ある英雄の話をしよう。ありきたりな英雄譚と違い、これはね」
——とても現実的なんだ。そっと呟く。
少女はその行動に悪寒を覚えながらも何やら期待している様子。どうやら、こう言った話は初めてではなく、少女は少年の話を気に入っているようだ。
その英雄は雷が雨の如く降り続ける中産まれた。髪瞳共に黒いことから世間では忌仔とされ、嬰児でありながら、人間世界の醜さを一心に受けたらしい。彼は周りの対応によって段々と歪んでいった。そもそも教養すら受けられず、言語も与えられはしなかった。ただ覚えた言葉は『死ね』『消えろ』『近づくな』等、罵詈雑言のみで、それが自分にしか向けられないことからそれが使ってはいけない言葉なのだと、嫌々理解させられた。彼は彼なりに真っ当であったが、常識が彼を許さなかったのだ。
不本意にも彼は才能を認められ、奴隷として王宮に仕えることに。日々訓練と銘打った虐待を受け、日に日に彼はそれが当たり前なのだと思い込みを強くしていく。感情に刺さる棘を感じながらも、それが自らの負の感情を呼び起こすものであることさえ理解は許されなかった。
その結果更に不本意なことに従順で、力が強く、剣術、魔術に長ける体のいいパシリだと思われ始めたのだ。お陰で戦いで頭角を示しながらも、昇進も、給料も、状況の改善も、全てが許されなかった。
そして続く出来事といえば、気づけば奴隷をやめており、気づけば逃がされ、気づけば革命軍のお飾りの頭領にされ、気づけば傀儡の王になっていた。彼は言葉を発さないことから寡黙の王と呼ばれているが、これは決して彼が喋りたがらないからではない。彼は人と対話する術を持っていなかったのだ。
そうして出来上がった傀儡国。民に幸せが訪れない。王に幸せはわからない。悲劇の英雄。彼はその名前の方が広く知られていた。もちろん、これが実際にあったことなのかは未だにわからない。
話が終わると、少女は微妙な表情をしていた。
「なんというか、これが創作物であることを祈らざるおえないね。もしもそんな非難の風潮が実際に存在していたらと思うと、……不安になるよ。」少女は悲しげに眉を沈める。きっと髪瞳共に黒い。という部分に反応したのだろう。もしそんな境遇に立たされらリオサが居たら、きっと私は耐えられないと、そう訴えているのだろう。
少年は少女の頭を優しく撫でる。
「そうか、そういう考え方もできるんだね。君には馬鹿らしいだとか、面白いだとか、そう言って笑い飛ばせない話なんだね。ごめん。暗い話にするつもりなかったんだ。」本当に、そう思っているんだ。と、少年は詫びた。気にしていないよ。と返ってきて多少安堵する様子が見えるが、それでも少女の表情は晴れない。申し訳ないことをした。少年は自分の浅慮さに怒りを覚えながら、精一杯の慈しみを見せた。
きっとこれは少し暗い、一日を彩る一場面になるはずだった。はずだったのだ。
ガンガンガン!鉦の音がけたゝましく鳴り響く!鎧が血を踏み荒す音が現実を晒す!
「え……嘘。」少女は困惑した。
「魔物ではなく、人が攻めてきた、か。」少年は確信した。それに少女は狼狽する。「今回攻めてきたのは王国で間違いない。逃げなきゃきっと、生き残れない。だから、僕の手を掴んでくれ。今は信じられなくてもいい、あの温厚な王がここまで冷酷であることを。それを確かめるつもりだと思って、僕の手を取ってくれ。」
そんな気の遣い方はいらない、私は現実をしっかり見る女なの。言ってリオサの手を掴む。
齢にして十五。成人式すら迎えていない二人は、孺子にして英雄の役目を担い、戦場に立つ。日常の崩壊を覚悟し、壊れた少年と、日常の崩壊に困惑し、成長した少女は、対極を進むことになる。
途中途中端折りますが、かなり続きます。
眉が沈む→鬱々とした、そう、悲しげな様子を想像してみてください。大体そんな感じです。
違和感を感じるかもしれませんが、自分はあまり感じていません。何か不都合がありましたら是非ご指摘ください。