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ラプラスの狂典-Laplace of Record-  作者: その手紙は何処へ行く/今西三田郎?
続きの譚『現実構築<リアリティコンストラクション>』
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十五話 『其は始まり』

大変お待たせ(相手はいない)いたしました。

どうぞ。


 窓から気持ちのいい日差しが射す。それは目覚めを促し、プティを覚醒へと誘う。あまりの眩しさに思わず腕で目を覆う。目覚めたすぐにこの眩しさは少々きつい。大きく伸びをすると、起き上がる。隣には涎を垂らしながら眠るエスペの姿があり、ペティは頭を一撫でする。癖でやってしまったことに気づけば、少し申し訳なさそうにしながらも、寡黙として起き上がる。あちらの用意したものを欠片も信用できない彼は、『浄化』を使用し、自らの体を清める。宿とはいえ、なにがあるかはわからない。盗賊としての技能も育てておくべきであったか、と少し後悔の念を見せる。

 にしてもよく寝るなぁ……。プティは感慨深く呟く。敵地の真っ只中にいる可能性もあるというのに、よくもまあ熟睡できるものだ。自殺行為としか言いようがないのだが、それこそプティに信頼を預けている証拠なのだろう、と思う。

 プティ自身はあまり眠れていない。長い仮眠をしただけなのであまり疲れも取れていないが、それでも、昔を思い返せば十分なほどだ。一週間に十五時間ほどしか眠れていなかった日々と比べれば、微々たるものだろう。しかし、そろそろ朝食の時間だ。このままゆっくりと眠らせてあげたい気持ちも微かにあるが、そういうわけにもいかない。プティはエスぺを起こすべく、彼女の体を強く揺する、揺する。すると、彼女は唐突に言葉を漏らした。

「……あと三時間〜。むにゅ。」

「…………。」

 無言で力を強める。彼は知っている、こういう言葉を吐く輩には手痛いくらいの仕置きをしておかないと絶対に起きないということを。すると流石に堪えられなかったのか、仕方なさげにゆったりとその身を起こした。

「おはよう、エスぺ。」口は笑うよう努めているのだが、目が欠片も笑っていない。これを笑顔と形容するのは、些か無理がある。それをエスぺに向けながらも、体から寝台へと位置は変わるが、ドン、ドン、と叩き続けている。

「……ええと、何か気分を損なうようなことがありましたでしょうか。」あまりの恐怖で反射的に畏まってしまったようだ。日常的に使用しないだろう尊敬語を流暢に宣う。思えば、エスぺは勉学を嗜んでいたとか、流石の一言に尽きる。と、言うかこの状況下でここまで呑気に反応できるとは、手を抜きすぎたか、と考える。実際起こすことはできたのだからいいだろう。エスペの襟首を掴み、寝台から引きずり出しては、部屋から放り出した。勿論笑顔で。

「いつもは温厚な人は怒ると怖い。なるほど、納得。笑顔で人が殺せそう。」

「お前は今すぐ人に対する態度を改めた方がいい。」呆れから溜め息が漏れてしまう。

「遂にはお前呼ばわり!一ヶ月前のプティの可愛さが欠片も残ってないわね!」

 何が可愛さだ。これ以上付き合ってもいられないし無理矢理一階の食堂まで引き摺る。持ち上げるには些か重いので、エスペには悪いがこのまま引き摺らせてもらおう。道中「まだ寝たい!」とか、「人の皮を被った悪魔!」だとか、随分な酷評をもらってしまったが、勿論全て聞き流した。慣れは怖いな、などと他人事に思ってしまう。

 食堂の一部客から呆れと諦観地味た視線をいただいたが、これも仕方ないだろうと彼女へ目を移す。どこからどう見ても残念な人だ。空いてる席を適当に見繕い、エスぺを座らせる。注文するものはどれにしようかと迷っていたら、エスぺが「これ!オークの肉がいい!」などと狂ったことを言い出した。

「……オーク肉ってそもそも食べ物?」

 思い出すのはかつてのこと。最後の楽園にて、修行と銘打っての珍味研究会のお手伝いをしていたとき、差し出されたオーク肉を流されるまま食べてしまったのだ。周りが普通のように食すものだから、匂いもないし大丈夫かなと口に含んだ瞬間、溢れたのは肉汁と旨味などいったことはなく、血の匂いと生で雑草を食べたかのような味が広がった。そう、あれは絶対に人を殺せる。

 しかし、今目の前の少女が、それを目を爛々とさせながら一緒に食べようと催促してくるのだ。これが、狂気か?何が彼女をここまで駆り立てる?恐怖のあまり背中から冷や汗が流れている感覚が伝わる。周りの客も、彼女のあまりの騒ぎ具合が煩わしいらしく、双方からの催促が飛んでくる。片方を片付ければどちらも収束するのだが。……ここまで推されては引けないだろう。意を決してオーク肉のステーキ(朝だと重いような……)を頼んだ。お陰か彼女の暴走も収まり、周りからの刺々しい視線もなくなる。 ふう、と一息つく頃には、目の前にオーク肉のステーキが存在していた。現実逃避だろうか、目の前の朝ご飯より、店の手際がすごいな、などと意識が飛んでしまう。目の前の少女がガツガツとソレを食すものだから、遂には天井を見つめてしまっている。

 しかし、プティの気持ちは万人にも理解できるだろう。何せ、目の前のソレは、焼かれてはいるのだろうが、恐ろしいほどに『緑』なのだ。焼いた肉は黒に近くはずなのだが、オークの場合、どういう訳か逆の方向に迷走している。恐ろしい。そう形容せざるおえなかった。

 どれだけの時間が経ったろうか。いや、一分も経ってやいないのだが、悪魔の声が遂にかかってしまう。

「食べないの?冷めたら美味しくないよ。」

 冷めなくても美味しくないよ。と今すぐ返してやりたい。しかし、そう返すのもなんだか、なんだかとても癪なので、震えてしまいそうな手を強靭な精神で押さえつけながらフォークとナイフでソレをいくつかに分け、意を決して口に運ぶ。理性と謎の自尊心とのせめぎ合いを行なっている一方、エスペはお代わりを頼んでいた。なんと理不尽な胃袋をしているのだろう。きっと神様も驚く、いや、驚け。

「あ、これは。……悪くないかもしれない。」

 焼いたお陰かなんとか嚥下する。悪くない、といったのはいいが、段々と強烈な吐き気に襲われる。ここで吐いてしまうのは不味いので、お手洗いまでなんとか向かい、湧き上がる吐き気への抵抗をやめ、嘔吐する。

「くっ!オーク肉はやはりオーク肉だった!」何故か口調も変わっている。

 落ち着いた頃に戻ると、プティのオーク肉の姿はなかった。満足げにげっぷをしているエスペの姿を見る限り、どうやら彼女の胃袋に収まったらしい。助かった。そう安堵せずにはいられない。

「それにしてもトイレ長かったね。」

「トイレじゃなくて嘔吐だけどね。」誰かさんのお陰でね。

 プティは呆れを隠すことなく、溜め息を吐きながら鶏肉のソテーを注文。すぐさま出来上がるものだから再び驚く。

「やっぱこうじゃないと。オーク肉とか正気じゃない。」目の前から無言の圧力を感じる。とても感じる。

 それに気づかないふりをしながら鶏肉のソテーを口に含む。皮は硬く、肉は柔らかい。理想の感触。不味い物を食べた後だからこそ感じるこの多幸感!堪らない。

 因みにエスペは未だオーク肉を食している。これでお代わりは何回めなのだろう。つい彼女の横に積み上げられる皿を見てしまう。……恐ろしい子。

 鶏肉のソテーを完食すると、すでに食べ終えていたエスペとともに宿を出る。 

「さて、情報を整理しようか。」

 飽くまで基本的な情報ばかりであるから、歩きがてらに話すのも構わないだろう。

「ここは砂上都市ヴァルハラで、世界で言う『裏側』らしい。裏側は基本的に『表側』、つまりスティール辺りのことだね、に干渉することはない。と言うか、できないらしい。逆も然り、つまり僕たちが表から裏に迷い込んだのは異常極まりないことだと言える。」話を一度切ると、手を振りながら向かってくるエミルに手を振り返す。勿論、知らない仲ではないのでエスペもそれに倣う。

「二人とも、おはよう。」昨日とは全く違う雰囲気、不思議、ではなく無垢とでも言おうか、まあ、変わらず親しみやすい雰囲気だ。そして抱擁。エスペは大層驚いているが、どうやらこちらでは日常茶飯事らしい。態々反応する人はいない。

「いきなりはびっくりするからやめてよ。」口調ものびており、満更でもないらしいが、いきなりは本当にやめてほしいらしい。

「あら、うん。ごめんなさいね、今度からは気をつけるわ。」

「まさか翌日に再会するとは、奇妙な縁ですね。」と、プティは笑う。

 ただでさえ広い都市だからこうして出会うことは滅多にない。それが親しい友であるならともかく、会ったばかりの知り合い程度では尚更だ。待ち合わせするか、どちらかが一方的に探すでもしなければほとんどの場合すれ違ってしまう。

「そうでもないわよ。冒険者仲間だし、宿は近いしね。案外毎日会うことになるかもよ?」言って彼女は二人が今住んで居る宿の向かい側にある建造物を指差した。なるほど、これなら頻繁に遭遇しても可笑しくないだろう。

「と言うわけだから、この街にいる限りはよろしくね!」

 言って彼女はどこかへと去って行った。挨拶のつもりで来たのだろう。が、もう少しゆっくりしてもいいのではないだろうか。もしも急いでいたのなら寄り道する意味がわからない。手を振る程度で構わないだろう。全く、よくわからない人だ。

「嵐のような人だったね。昨日のお淑やかさが欠片もない。」

「案外、気候とか、時間とかで性格が……いや、初対面とで区別しているんだと思う。」

「人見知り?」あざとく首を傾げる。

「いや、違う。彼女にとっての区別だよ。」

「そう、よくわからないな。」

「分からなくてもいいんだよ。僕も分からないからね。」そう、苦笑する。

 するとエスペは不思議そうに笑って、「そういうものなんだね。」と目を細めた。

「さて、と。戻る方法としては、一つ目、遺跡を踏破し鏡を潜るか。そもそも遺跡に入るには貴族三名と派遣所の認証、つまり後ろ盾が必要になる。ほぼ不可能だからおすすめしない。

 二つ目、領主の所有している転移魔法陣を利用するか。こっそり忍び込むにしろバレたら極刑ものだし、発動まで時間もかかる。おすすめしない。

 三つ目、実質これしかないんだけど、月に一度だけ出る星渡りの船、通称星船に乗って表側まで行く。一人十万クルクだから余裕で足りる。今回乗るのは五日後の便だ。さて、狙われる覚えはないんだけど、五日は長いかな。まあ、死ななきゃ勝ちだ。」

 なるほど、とエスペは頷く。五日間持ち堪えるつもりなら街の外に出るのが一番だが、街を囲うように円状の結界が張られているため、逃げてももう一度入れる保証はない。見事に袋の中の鼠といった状態になっている。それでも、窮鼠猫を噛むこと程度はできるだろう。最悪、領主を殺して逃げる手もある。そこらから追われるのは勘弁願いたいから、最悪なのだが。

「次は私だね。私たちが妙に狙われている理由がわかった。」

 へえ、とプティは嘆息する。

「飽くまで憶測なんだけど、私たちは力のある『異邦人』だから労働力として狙われているんだと思う。この都市、いや、『国』は、規模の割に人が少ない。戦う人が少ないんだ。だから強い戦力を欲しがり、そして私たちはそれに選ばれてしまった。多分、捕まったら奴隷紋を挿れられて無理矢理軍属にされると思う。」

 そして、その存在は例の騎士を通じて領主、国王へと通じる、と。だから普段はありえない貴族の歓待を頂いたわけだ。力のある、という判断は砂漠を越えた、という事実からだろう。きっと彼らにとってはそれだけで十分なのだ。

 これだけ集まったのは僥倖だ。

「しかし、五日間何をしよう。魔物を倒すにしてもあれだけお金があると無為に日々を使いたくなるんだよなあ……。」人として正しいが世間的におかしいことを嘯いて見せた!

「そうだよねえ。」その上止めるものはいない!

〔そうよ!今こそ惰眠を貪るときだわ!〕精霊も賛同するときた!勿論、姿を現すことはないが(会話も最低限と決められている。今がそのときか……という質問は受け付けない)。

「いや、惰眠を貪るっていうのはなあ。暇はいけないと思うんだ。暇は敵だ、うん。だから、何かしたいこととかない?」

「今、無為に歩いているのに、それをいう?」

 言われて気付けば、確かに人気のない所謂路地裏という場所に身を移していた。これでは格好の餌なのだが、エスペ、増して精霊が止めないとなると、何かがあるのかもしれない。

「まあ、別段無為、ってわけでもないんだけどね。久しぶり、イスカ。丁度いいから話を聞こうと思うんだけど、いいかな。」

 すると突然、敵意ではないが『存在』を感じる。そもそも存在自体を感じるなどほとんどないのだが、なぜそれを感じるのか、そして、ここまで近づいて尚気付けなかったのか。……いや、気づかせない技能に驚く。

「一体……。」そう呟かずにはいられなかった。エスペの知人であるらしいし、敵意はまるっきり感じないが、いや、感じないからこそ、恐ろしいほどの悪寒とこびりつく程濃厚な恐怖を覚えている。きっとそれが敵対することはないだろうが、その上、攻撃しても返すことすらしない、必要がないだろうが、それでも断ずる他ない。別格だ。強さに圧倒的差があるのではない。存在に根付く格が、所有する格が正しい形で認知できないほど膨大で、曖昧に過ぎた。

「……ほう。」

 イスカと呼称されるその存在が放つ音はとてつもない圧力とともに放たれた。勿論、威圧から来ているものではない。存在が重すぎる故の重圧だ。一度目見えば違うことなきその重さを、きっとエスペは感じていた。

 イスカは、どの術に該当するかはわからないが、何らかの法を用いて三つの椅子を作り出した。半透明のその姿はまさに魔素そのもの。そして、……これはわかる。人避けの結界だ。もし二人が対象から外されていなければ、瞬く間にここから遠ざかってしまうことだろう。

 そして、彼女は椅子に腰をかけた。

「……座につくといい。」

 許しを与えたようで、二人も続いて椅子に腰掛けた。

「プティ、事情は後で話すよ。」

 わかった。肯首する。

 じゃあ、よろしく。エスペがイスカに声かけると、全ては始まる。

「よろしい。——少し昔の話をしよう。」

夜中でも、日曜日(ドヤ顔)

次話→『昔々——寡黙の化物がいた』


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