一話 『悪魔の囁き』
予想外の展開、そのはず……っ。
最後まで書くと一万文字超えるので分けて書きまする(*゜▽゜)ノ
――ねえ、もう全部諦めちゃえば?
悪魔が囁く。少年にとって最も恐ろしい悪魔は、『怠惰』しろと、囁く。これが何度目の囁きか、少年にも思い出せない。ただ、分かっているのは。この囁きをされる度に、目的が段々と薄れていくことだ。
勿論、怠惰を囁く悪魔の世界に来た少年には、死にたくなる衝動すらも全て押さえつけられるような無気力感に襲われる。それでも、少年は諦めなかった。だから、今がある。
「……何度も、言ったでしょ。僕は諦めない。君が何度囁こうと、僕が僕の時間切れと向かい合うまでに、絶対に成し遂げる」
そう決意を零しても、怠惰は笑う。本当にその目的は、この怠惰を退けるに値するのか、と。そして、諦めろ、と。諦めろ、と。
その声に少年は、段々と気力を失っていく。喪っていく。本当にこれでいいのか、目的は身を削る価値があるのか、それこそ怠惰ではないのかと、何度も自問自答する。
その様子に、怠惰の悪魔は笑い、嗤った。
――ほら、やっぱり君の本質は私なんだよ。だから、諦めて、諦観して、静観して、傍観しようよ。幾ら足掻いたって無駄だよ。無駄。諦めちゃえば楽になれるよ?
「い……あだ……」
無気力に心の昂りを、怒りを、激昂を、押さえつけられた少年の限界。擦れた声で、自分に喝を入れるように否定。それが興に入ったのか、悪魔は笑う嘲笑う。
――あはは、あははは、あははははははは!
眠い。怠い。怖い。恐い。段々と少年の意識は掠れていき、すでに風前の灯となった。それを意識しているのか、悪魔はまたかと溜息吐いた。
――今回はここまでか。絶対に、君を……。
それ以上は、少年の耳が拒んでいた。
* * *
「ん……あ……」
覚醒。あの目覚め悪い悪夢、夢に出てきた悪魔の囁きは、どうやら途切れたらしい。お陰か、先程までの胸糞悪さは払拭され、見るも清々しい顔をしている。
「おはようさね。見るも哀れな坊や」
暖色の光が目を安らがせる心地よい空間。少し広めの木の小屋で少年は目覚めた。その少年を迎えたのは当たり前のように此処へ運び込んだロザリーであり、目覚めて早々に一言は、地味に刺さる言葉であった。
「目覚めて早々、それはないんじゃないかな。ロザリー姉さん」
ロザリーの毒が快くなかったのか、助けてもらったにも関わらず親しげな口調で否定を返す。言われてもロザリーはケラケラと笑い、少年の不快を買ったという意味ではなかなかのものだろう。
また繰り返す形になるが、少年の口調は親しげであった。会話からして知人、もしくはそれ以上であることはわかりきっていることだ。簡単にまとめれば、二人は少々の年の差あれど、毒を投げ合える程には親しいのである。
「まあまあ、そういうなかれさね。私はお前の命の恩人さねよ?」
「その件はとっても、とても感謝してるよ。あんなに早く死にたくなかったからね。本当に助かったよ」
そして、素直に感謝することができる関係でもある。
ロザリーは相変わらずケラケラしているが、少年に至っては真面目だ。少し不謹慎かもしれないが、この位が丁度いいと、ロザリーは思っているのかもしれない。
「それにしてもなんであんな場所にいたんさね?」
「それはまた痛いところを突く……」
生憎、少年はあんな場所に理由なしで遊びに行くような馬鹿ではない。どうしても行わなければならないことがあったからこそ、向かったのである。
目的は遂に果たせなかったが、それでも収穫はあった。
「僕の記憶って五歳から十歳の間までぽっかり空白が空いてるだろう?あの間に、とても、とても大切な何かがあった気がするんだ」
決意を固めた声で言うと、ロザリーは関心ではなく驚愕した。確かに、少年の記憶は一部がぽっかりとあいている。それも、今に始まった訳ではない。
だが、少年が自分の記憶を取り戻そうと行動するのは、初めてのことである。
「諦めたんじゃ、なかったのさね?」
「諦めたよ。でも、諦められない理由ができた」
「理由……?今まではなかったのに今はあるのさね?命を懸けるだけの理由が」
「あるよ。でも、好きな人を助ける為に、そんな大それた理由は必要かな?」
はっきりと言い切った。惚けでもなんでもない、ただ真剣に、自分の欲望に忠実に、心に正直に言い切った。
しかし、その言葉にロザリーは驚愕を隠すことが出来なかった。出来るわけがなかった。
「好きな……人?」
驚きの余りに頭が真っ白になっていたロザリーが、唯一絞り出せた声だった。
「そう、女の子。顔も名前も何にも知らない人だよ」
「顔も知らないな……」
「ただ、僕が彼女を好きだったことと、助けて欲しいと言ったことは、知ってるんだ」
否定を 、反論を、反発を、批判を行おうとしていたロザリーの言葉を、少年は無理矢理に遮った。ロザリーは当たり前か不満そうな顔をしているが、この言葉には遮るだけの価値が、意志が、意味がある。少年が探し求めていた意味が。
「でも、そんなこと何処で知ったのさね?」
ロザリーの尤もな、確信を突いた質問。空白を知らない少年が、知る訳ない情報を、記憶を、何処で知ったのか。本来ならば反論の余地なし質問を——少年は「フッ」と鼻で笑った。
「僕が夢を見ないことくらい、知っているくせに」
「また、夢の中、さね」
「夢の中じゃないけど、僕が見るのは未来と過去と記憶と……悪魔だけ。これは絶対だよ」
少年は夢を見ない。見ることが出来ない。少年は事実を事実として受け入れることが出来ても、空想、妄想、仮想、架想の類は全て拒否を示す。だからといって考えることができない訳では無い。ただ、少年に拘る何かが、夢を見させないだけだ。
これはある意味しょうもないことかもしれない。だが、これは少年が少年を知るたった一つの……と言ったら語弊があるが、機会であった。先程言ったとおり、少年は過去と未来と記憶と怠惰の悪魔しか見えない。見れない。それはつまり、自分の空白を覗くチャンスとも言い換えられる。見たものが予知夢でさえなければ、それは自分の記憶であるのだから。……例え悪魔の悪戯であったとしても。
予知夢という可能性がある時点で断言はできないかもしれない。その助けてという声は未来のものかもしれない。しかし、予知夢か見分けるのは思ったよりも簡単である。
予知夢というのは自分のこれから起こりうる可能性がある物の一つを夢という形で見せる物である。つまり見るのは未来の自分。ほぼ確実に目線は高くなるし、同じでもそれはそれでおかしいと気づく。
そう、少年が少年を忘れて、もう七年が経ったのだから。
「お前がそこまで言うなら信じてやるさね。お前を選んだのは私さね。さっきまで否定的なことを言っていたさねど、正直無茶して欲しくないのが大きいさね。これは忠告じゃなくて心配さね。それだけは理解して欲しいさね」
「うん。分かってるよ。ロザリー姉さんが僕のことを否定する時は、毎回僕のためだもんね」
少年の台詞はなかなかに照れくさい物で、さっきまでケラケラと笑っていたロザリーも気まずそうにテレテレとしている。テレテレなんて言葉はよく聞かないが、簡単に言えば照れているな、と、そんな感じである。
「はあ、剣を持ったら別人みたいに強くなるのに、何で剣を持ってなかったさねぇ……。ま、どーせ、どっかに忘れてきたんだろうさね!さね!」
「うーん、気づいたら無くなっててねー。正直何時なくなったのわからないよ。ちゃんと腰にかけてたんだけどなぁ。可笑しいなぁ」
先程とは一転。調子の乗った声でロザリーの様にケラケラと笑う少年は、言葉からも少し天然が入っている様にも……いや、気づいたら自分の剣が消えているなどという戯言を本気で宣うのだから、相当な天然だろう。
「いや……それ確実に盗まれたパターンさねよ?急に剣が無くなるなんていう怪奇現象、盗み以外に考えられないさね」
「盗みですか。近くに人の気配は無かったはずなんですがねぇ。五百ケメーガン(五百キロメートル)範囲で索敵してたんですけども」
「前言撤回。剣なくても化け物さね」
少年の剣技はある意味極へ至っており、剣気のみでもある程度の相手ならば戦闘意欲を完全に削ぎ取れるまでになった。しかし、剣気という名の通り、剣が抜刀されている間しか帯びることができない。その剣を取られたとあればお手上げである。
しかし、少年にはある程度索敵も出来る。先程の馬鹿みたいに広い索敵範囲がある程度で収まるのはそれはそれでおかしいのだが、本人がそう言っていたため、深く言うつもりはない。
剣なしじゃ何もできない半端者、無能などと揶揄されるには充分過ぎる理由がない。索敵範囲からして相当な化け物とでも言おうか、剣がなければ戦えないが、広範囲の索敵は誰もができる様なものではない。
だからこそだろうか、理解されなかったのか、周りには阿呆しか居なかったのか、それとも異常な剣技が要因の嫉妬なのか、無能、無能と煩かった。本人にとっては化け物と言われるくらいならば、と、とても好感的意見だったが。
「化け物なんて言われると僕の豆腐メンタルが粉々に崩れちゃう」
「君のメンタルが豆腐だったら私のメンタルはなにさね!?豆腐より柔らかいなにかさね!?」
そんなメンタルは崩れてしまえ、というレベルの否定と批判と激昂と疑問。枝に脚を貫かれ、痛い痛いと叫びながらも心中冷静だった少年のメンタルが豆腐ならば、包丁で指切って焦るロザリーは一体何なのか、本人でも謎だろう。
激昂するロザリーの様子に、満足そうに小さく笑っていた少年は、鬼畜以外の何者であろうか。
「それにしても悪夢でも見たのさね?魘されてたさね。今迄もあったさねど、今回は特に」
「悪夢ですか……?寝ている間のこと、すっぽり抜けてますね」
軽く言うが、それはかなりの異常事態であった。何せ、過去、未来、自己の記憶しか見ない少年は、その上でそれを忘れない。魂に刻み込まれる様なものだ。それを忘れた、と言うのは別の要因が絡んでくることとなる。
どちらにしろ、今の二人では理解することができる訳がなかった。
「ま、後回しでいいでしょう。しかし、剣がないのは些か困りますね……」
剣が無ければ力が出ない、使えない某剣聖のようなことを言っているが、生憎避けようのない現実である。そこで何を思いついたのかハッと目を見開くロザリー。役立つ思いつきの確率はかなり高いが、少年は何故か後ずさっていた
「……くるっ!」
「なにがさね!?」
ロザリーの突っ込みが思いっきり響くが、中央を風が吹き抜けるだけだった。
「気のせい……だとっ」
「……私で遊ぶのも大概にしてほしいさね」
少年に遊ばれていると思ったのか、ロザリーは半目を向ける。しかし、少年にそんなつもりはなく、苦笑しかできなかった。それを理解したのかロザリーもやれやれと肩を竦め、机の上にある容器を持ち上げ、お茶を飲む。
それを見て初めて、少年は己の喉の渇きに気づく。
「喉、渇いたなぁ」
「む、お茶を入れてくるさね」
少年のぼやきを聞き逃さなかったのか、ロザリーはせっせと台所へ向かっていった。少年はその姿を遠目に見ていた。
誤解を招きそうなので追記!
本文で少年が悪魔を知っているように言いますが、それはあくまで前まで出ていた『』の悪魔です!怠惰さんは抜け目ないのよー(*゜▽゜)ノ
訂正、6月2日。>>女の子の部分を一つ除き人に変更。