十三話 『砂漠の村』
竜殺は少しお休み。遅れて申し訳ない。
あれから二週間。多くの魔物に追われては斬り殺し、食料は木々から採取した果物や、保存食として所持していた干し肉といったもので、正直あまり体にいいとは言えないものであったが、それでも病に伏せることも、野垂れ死ぬこともなくここまで辿り着いた。そう、村だ。丁度森林地帯から砂漠へと様変わりする境界線に大きな、それも街規模の集落が存在しているのだ。三人が一番に安堵したことは砂漠を歩くことにならずに済んだことなのだが、次くらいには嬉しかった。何せあるかもわからない集落に、時間はかかったものの死なずにたどり着けたのだから。
勿論、三人を都合よく歓迎してくれるような集落とは限らない。外との関わりを絶っている民族であるかもしれない。それでも、望みがないわけではないし、要塞都市スティール、ではなくとも他の都市の場所がわかるかもしれない。とにかく、入れても、入れなくとも、情報さえ手に入ればなんとかなる。二週間もサバイバルを続けてきた三人には確信じみた思いがあった。意を決したらしい。プティは「よし、行くぞ。」と一人意気込んでは、エスペと精霊の二人を後ろに、集落の門へと近づいていく。すると、全身に鎧を纏った——肩幅が広いことから——男が現れる。
「……誰だ。」
一つ髪を掻くと「プティです。旅人なのですが、どうやら迷ってしまったようでして、他に一人いるのですが、この街に滞在させてもらえませんか?」頼み込む。
「……判断しかねる。少し待っていてくれ。」言うと、門の中へと入っていき、右のほうから新しい門番がやってくる。どうやらこういった場合の対処法などは心得ているらしい。門番の数といい、その練度——鎧の大きさからも窺える、筋肉質な体——、下手するとちょっとした都市だ。案外名前が知られているような場所なのかもしれない、が、エスペもここにここまで大規模な街があることは知らなかった。南の方に集落はあると聞かされてはいたが、十数年の間にここまで発展したのか、あるいは奇術の類か。それとも元からこうであったのか。わからないことづくしだが、今考えるべきことでもないだろう。
「だ、そうだよ。対応からして珍しいことではあるらしい。この様子なら入れる可能性が高いだろうね。」
「そうかな。プティが言うのならそうなのかもしれないけど。」
「一応身分証は持っているし、ギルドがあればいいんだけど。」
〔あるでしょうね。この規模でギルドと繋がりがないなんて、ありえないことなのよ。兵がとんでもなく強い、なんてわけでもなければ。それに、これといった固有名称はないけれど、傭兵、としておくわ。傭兵は街の宣伝役にもなるし、お金を落としていってくれるの。このシステムでお金を回している国も少なくないわ。〕
「へぇ……。あ、戻ってきたようだよ。」
少し立ち話をしていると、門番が戻ってきた。後ろには鮮やかな服を身に纏う顔立ちのいい美男子がついており、人のいい笑顔を浮かべながらこちらへ向かってくる。そして、その姿はプティの知る貴族のものと全く同じであった。一般人、庶民とは格が違うのだぞ、という思いを、言葉を服装、立ち振る舞い、顔、髪、体の細部に至るまで全てで表していた。
貴族は総じて傲慢だ。選民意識を持つものが多く、人は平等であるだとか、そうでなくとも差別まではしないといった貴族は滅多にいない。それはもう、新種の生物が現れるような確率だ。いや、そういった性格の者は、策略に長けた者でもなければ、ほとんどが他貴族に嵌められ平民、悪くて奴隷に身を落としているから少ない、というのが一番の理由であろう。そんな貴族が存在すれば、選民であるはずの私たちに、庶民が傲慢な態度を振るうかもしれないから、といった「どこまでもくだらない」ちっぽけな自尊心を満たすために。
プティも例外ではない。誰に対しても優しく接するが、心の中では負の感情が渦巻いていた。幼い頃の話であるため、そこまで重要なことでもないが。
「……こちらは、サイラス子爵様だ。」
「プティです。こちらはエスペ。旅の仲間です。」
今更かもしれないが、精霊の存在は隠している。いつ精霊狩りに遭うか分からない外の世界で、呑気に、しかも貴族に向かって精霊の紹介なぞ出来るはずがないからだ。
「エメロ=サイラスだ。ここはサイラス。君たちを歓迎しよう。」
とは言っているが、一度貴族として世に存在していたことのあるプティは、頭の中で警鐘がけたたましく鳴っていた。——貴族が庶民を快く迎える。なんてことはありえないことであるし、そもそも目が歓迎していない。何年経っても貴族の選民意識は薄れない、というのは本当のことであったらしい。では、なぜ——表面上だけだが——歓迎するという形をとったのか、考えられる可能性が多すぎて冷や汗が出るレベルだ。だが、そのどれであってもプティが対応しうるものばかりであったので、ここは歓迎されておこう、と結論づける。
「……ありがとうございます。」
長い時間が経とうと貴族としての技能はそう簡単には薄れない。うまく笑えているはずだ。
「ああ、では私はこれで帰らせてもらうよ。」
言って帰ってしまう。その際、目が多少緩んだのは殊勝な態度を取れたおかげであろう。しかし、ここは思い切り外れの様だ。ここから他都市へ転移するにしろ、その情報を得るにしろ至難となるだろう。プティは、はあ、とため息を吐く。
「やな人だったなあ。」
〔ええ、貴族というのは大抵あんなものなのよ。〕
貴族慣れしてはいないだろうが、やはりわかったらしい。あそこまで明らさまな顔をされれば相当鈍感でもなければ嫌でもわかってしまうだろう。にしても、歓迎しようなどとは、皮肉なことだ。そんなつもり毛頭もないくせして。
「ここは完全に敵地だ。そう思い込んで挑んだ方がいいかもしれない。食事、寝るに至るまで、ね。」
二人は小さく頷くと、プティに続き、門へと入る。街の様子はというと、レンガの敷き詰められた道、家。色合いからして砂を使ったのだろう。中の素材はわからないが、少なくとも表面は砂であった。人の気配も濃厚で、賑やかな様は、スティールほどではないにしろ、中々繁栄しているらしい。まあ、それはさておき、まずは派遣所を探さなければならない。周りから奇異の視線を集めている間は、質問にも素直に答えてくれるだろう。
「あの、ギルドの場所、わかりますか?」
その問いかけに振り返るは妙齢の美しい女性。まあ、と一つ嘆息すると、プティの頭を一撫でし、ふふふ、と笑う。不思議な女性だ。
「あら、驚かせてごめんなさいね。私はエミル。よろしくね。ギルドは……。丁度いいわ。私も丁度用があったから、ついでに案内するわね。」
「是非、お願いします。」
それからしばらく歩き、大した規模ではないが、そこらの農家よりは数倍は大きいであろう施設、派遣所の前に辿り着く。
「じゃあ、ここで一度お別れ、でいいかしら。また近いうちに会えたら嬉しいわ。じゃあね。」
「ありがとうございました。僕も再び会えることを期待しています。」
「私も!ありがとう!」
終始笑顔を絶やさなかったエミルと別れを告げ、受付まで向かう。
「そういえばあの魔物の集団を殺した時に素材をたくさん採っておいたよね。」言って、腰あたりに下げてある大きく膨らんだ袋をパンッと叩く。
そうなのだ。あの時、魔物の集団を倒しながら、多くはないがなんとか素材を集めていたのだ。実際、お金がないことは事実であったし、英断であったと思う。
「こんにちは。どういった用件でございますか。」
「では、依頼の報告と、素材の買取をお願いします。」
実は、本来の、というか目的は依頼の報告であった。デバイスで確認すると、期限まで三時間しか残されていない。期限を超えると違約金が発生するため、避けたかったのだ。
プティはデバイスと素材を机の上に置く。
「はい、はい。確認致しました。今はランクEで、今回の依頼でDへ昇格しますね。この量の素材、質から、値段は五十万三千二百クルク。どうぞ。」
ランク?とプティは首を傾げると、思い出す。リリィに言われていたことだが、ラプラスの経典があるとされるラプラスの遺産——飽くまでプティのいた世界でそう呼称されているだけ——という名の迷宮へ入るには、ランクC以上でないといけないらしい。スティールの受付嬢には説明されなかったが、なるほどランクとはそういうものであったのか。と、スティールの受付嬢に対しての嫌悪感をさらに募らせる。
プティはお金を受け取ると、後ろで「大金だ……。」と感慨深く呟くエスペに共感しながらエスペを連れて、派遣所を出る。
「これから、どこへ行くの?」
「もちろん、宿だよ。寝床は必要だからね。」と、苦笑を漏らすのだった。
無理やり切った感がw
次回は、来週の日曜日に投稿です。