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ラプラスの狂典-Laplace of Record-  作者: その手紙は何処へ行く/今西三田郎?
続きの譚『現実構築<リアリティコンストラクション>』
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十一話 『竜殺の刻——戦争の行方』

 

 雪の降りしきる北國アルデバランの一角、クテュルフ街の派遣所ギルドにて、退屈そうに高価な本を寝転がりながら読む冴えない男が一人。彼は周りが騒がしくしている中、それに思い切り浮く形で存在している。初期の頃はいくばか無駄な心遣いや、違和感の指摘があったが、聞かないとわかった今ではあまり気にされていない。彼もそれを気にすることは、もちろんない。今現在、ここから南方にある首都アルデバランにて国同士の争いが起きているのだが、それに対応する民も国に仕えているもの以外は、あまり乗り気ではない。彼も、その一人だ。

 といっても皆して彼のように関心がないわけではなく、ある程度情報を集めていたり、現場を面白半分に見に行っている人もいる。そこから自然とギルドの酒場にて情報が漏れていき、戦争の実情は段々と市民の不安を募らせていくこととなった。

 「アルデバランがアルトスの村を焼いた。」「アルデバランがアルトスの兵を五万人殺した。」「アルデバランが敵国の都市の一つを占領した。」等、中には非人道的と思われる事柄も多く存在していた。アルデバランの民として、自国が勝つことは嬉しいことなのだが、何しろ体面が悪い。民とて、何かを考えるための礎、常識は弁えている。で、あるからこそ自国のしていることは神の怒りを買わないのだろうか、因果応酬、いつか報いが来るのではないか。と、予測が横行している。それでも、彼を動かすまでの価値はなかった。そもそも、因果応酬とはいえど、どれだけ良政を敷いてきた国であろうとそう長いこと経たずに滅びているし、今すぐ起こるわけではない。自分と、あともう一人生き残ることができたならば、それで十分である彼にとっては、国すらもただの土地でしかないのだ。彼女がいる場所に、彼は住む。彼のいる場所に、彼女が住む。例え幾つか村を、街を隔てようとも、いつも隣に存在する。そして彼は笑った。周りが不気味そうにこちらを見る中、一頻り笑ってやった。国に執着するもの、職に執着するもの、物に執着するもの。何であろうと、笑ってやった。人に執着している自分に向けて笑ってやった。

 彼にとってはただの暇潰し。しかし彼女にとっては大事なこと。彼女にとっては暇潰し。しかし彼にとっては大事なこと。矛盾を繰り返した歪んだ関係。分かっていても続く歪んだ人間性。酷く、酷く歪んだ倫理観。それが彼を駆り立てるように、彼女を駆り立てる。それが彼女を駆り立てるように、彼女を駆り立てる。人は敵だ。彼の敵だ。だから殺す。戦場はもってこい。人は敵だ。彼女の敵だ。だから殺す。戦場はもってこい。正しく時間を経たからこそ、正しく彼は行動する。右脇に置いた片手剣を手に持ち、立ち上がる。

 

「ちょっくら、戦場へ行ってくる。」


 彼が普通であるように言った言葉を、周りは理解できずに硬直する。彼以外の時間が止まったかのように。何を考えているのだ。死にたいのか。馬鹿なのか。阿呆なのか。それとも狂っているのか。天才なのか。

 全て見透かしている。しかし見透かされていない。彼をくすんだレンズ越しに見ることはできない。全反射され、全てが見透かされる。彼の片手剣の凄まじき美しさが、それをこれでもかと強調していた。

 

 

「死に晒せ……っ!」


 片手剣を血で塗りたくり、眩い極炎の煌めきに照らされながら敵を切り裂いていく。そのたび剣の輝きは段々と増していき、その美しさは息を呑むほどである。戦いに美しさはいらない。剣技は人を殺すのみに磨くべきだ。そう自分に言い聞かせてきたというのに何の皮肉か、完成するとそれはみるも麗しい剣舞となっていた。彼はクエストも並々にこなし、特に目立った行動をしないことから、ギルドでは浮いている変人という扱いをされていた。しかし、それは飽くまで彼を掻き立てるものがなかったからである。人を助ける理由がない。魔物を倒す理由がない。しかし、生きるためにはお金が必要である。であるから、一番楽なクエストを行っているだけで、好んで戦いに出る性格ではない。……いや、人の場合は別であろうが。

 彼は人殺しを好む。恨まれ、憎まれ、怨まれ、憤られるのを好む。一人で十分であるから、独占欲を満たすように人を殺す。一人でありたいから、自己顕示欲を満たすために人を殺す。しかし、彼とて理不尽な殺人鬼になれるほど冷めてはいない。人の世に関心、興味がある。自分の命には惜しさがある。彼女の命にも惜しさがある。だから、合法的に人を殺せる場を彼は好む。例えば、戦争であったり、冒険者同士の諍いであったり……。

 上段からの振り下ろし、逆袈裟斬りからの一回りして胴へ横斬りを見舞う。それでまた一人、また一人と死に行く中、彼は一歩、一歩確実に踏み出し、流れるように剣を振るう。敵の剣を巻いて、退くとともに突きを放ち、そこから止まることなく、いくつもの剣技が混ざり、流れていく。まさに、剣舞。『血塗れの剣舞』。戦場でこそ輝く剣技。敵味方関係なく圧巻される中、彼は何一つ言葉を発することなく、敵の断末魔を流していく。足元が力まれ凹んだかと思うと飛び出しながらの突き、払い、袈裟斬り。止まらぬ剣戟に敵は呆然と立ち尽くすしかなかった。そのうちにもアルデバランの指揮は右肩上がり、天井知らずに登っていき、既に勝ち戦。敵にとっては負け戦。たった一人参上しただけで、戦状は大きく傾いてしまった。もちろん、敵国がそれを簡単に許すわけがない。何故なら、ここは既に敵国の門前。突破されれば後は街、村を巻き込んだ乱戦へと姿を変え、勝ち目がなくなってしまうからだ。宣戦布告した身として、それは許しがたいことであったのだろう。王も呑気に場内で料理を楽しんでいることであろう。

 しかし、であるからこそ、大臣はわかっていたのだ。この戦いはどちらに転んでも帝国が得する未来しか存在しない、と。王に領民は逆らえない。古の契約が未だこの地、帝国を縛り付けており、王は強欲に染まっていった。いや、染まっている。重税を課し、戦いを強要する。そのため、誰もが王を恨んでいた。その王が死ぬ機会がついにやってきたのだ。——北國アルデバランとの戦争。列強国であるアルデバランとの戦争はこちらの敗北を思わせるものであった。しかし、勝つことができれば属国となり、手を組み王を殺すことができる。属国は王殺しが可能なのだ。であるから勝ちにしても負けにしても、より良い結果を得るためであるなら勝利であるため手は抜かないが、構わないのである。

 冴えない男は既に敵国門前まで到達しようとしていたが、それを阻む黒い甲冑を身に包んだ黒騎士が現れる。それは、誰もが知っている存在。帝国は希望が見え、兵の士気が上がり、北國は多少だが心配する声が上がってきた。黒騎士は名をアロンダイト。かつては円卓の一人であった彼は、帝国の無情な洗脳行為により、『裏切り者』となっている。槍の腕で勝るものはいないと言われるまでに上り詰めた男は、帝国に奪われ、帝国自体、甲殻都市全体、ウーサー個人にしても相当の恨みを買っている。私情で戦争を起こしてしまえば、経済が一気に南国へ傾くことがわかっているウーサーが、手を出すことはなかったが。

 しかし、今回はウーサーが行うわけではないため、国の資源の消費は最低限に収められる。ウーサーの戦争とはつまり、蹂躙、破壊であるからだ。勝ち負けがどちらに転がろうと、属国という形になればそこまでの影響はない。甲殻都市の民らを、これを朗報として取り扱っている。

 さて、今の戦状からして、ウーサーの支援がいるか言われないかと問われれば、必要ないことは明白であった。救援を求める手紙が送られたのは、開始前のため優先度はどちらにしろ低かったのだ。

 帝国兵が北國兵と争っているため、外からの攻撃であっさり死んでしまうなどといったことは、彼にとってはほぼありえないことなのだが、確実に生きて帰るために、声を張り上げる。

 

「弓兵に気をつけてくれ!どこに潜んでいるかわからない。俺はアロンダイトを殺してやりたい。お前らもこいつをなんとかしたい。なら、手伝ってくれてもいいだろう?」


 言葉に、兵らは行動で承諾を示す。それを流し目で見ると、彼は黒騎士に目線を向け、皮肉をたっぷりと込めた笑顔を送ってやる。

 

「待っててくれたのか?洗脳されている割には親切じゃねぇか。あれか、騎士の誇りとかいうやつ。馬鹿らし。」


 頭ごなしに悪口を言うが、アロンダイトはそれといった反応を起こさない。元々反応に期待していなかった彼は、特に驚くこともなく平然と剣を下段に構える。それに対してアロンダイトは隙まみれだ。しかし、それを見ても油断ならない敵であると、彼は判断していた。早速、相手の親切心か何かはわからないが、を踏みにじるように、咄嗟に攻撃を仕掛ける。不意打ちとなる攻撃は、速度もあり、確実に決まると思われていたのだが。……金属同士がぶつかり合い、剣戟でいうならば相打ちに終わってしまった。

 その理由は誰よりも彼が理解していた。剣を剣で弾き返されたのだ。咄嗟に身体を仰け反ったことによって追撃をくらうに至らなかったが、かなり危機的状況であった。強い強いとは思っていたがこれほどとは。洗脳されても実力の鈍らない元円卓の騎士に、彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。もちろん、これで終わり、などといったことはない。初撃が決まらなかったこの場合、一対一、決闘形式で行われるこの戦いは、様式を無視してでもやらない限りは剣技の実力差で勝敗が決まる。であるから、彼が負けることは決まっているようなものであった。しかし、これは戦争だ。どれだけ卑怯な手を使おうとも、目的を果たせばこちらの勝ち。彼は不敵な笑みを浮かべる。

 弾き返されたこともあって初期の位置に戻らされてしまっているが、ある意味好都合でもあった。予備動作を削減し、削減し、放つ。不可視の一撃。それもまた当たり前のように弾き返されてしまう。こうなってしまうことはわかっていた。目的はそこにない。袈裟、逆左袈裟、薙ぎ払い、上段斬り、下段斬り、袈裟、逆袈裟と順に、それでいて不規則に技を繰り返していくが、一つも通ることなく、むしろ追撃、反撃の鋭さがとてつもなく、当たればひとたまりもないものであった。反撃型であろうから、攻撃しない限りは睨み合いが続くであろうが、今は少しでも気をこちらに集中させるために、無駄であろう攻撃を放ち続ける。突き、突き、突き、左袈裟、斬りあげ、袈裟、逆左袈裟、左薙ぎ払い。足はステップを取り、剣刃は五芒星を描く。剣を途切れる事なくはなっていくが、鎧にすら届く事はない。力量の差、格の違いは一目瞭然であった。

 

 

 それから幾らほど時が経ったであろうか、数名の兵が王城に北國アルデバランの象徴である雹竜の旗を掲げる姿が見える。冴えない男の行った行動はあくまで時間稼ぎで、周りも戦いに集中している中、少数精鋭で潜入してもらっていたのだ。お陰でアロンダイトを倒すことなく勝利を手にし、北國兵から歓声が上がる。元々アロンダイトを殺してやろうと思っていた彼は、不満をたらたらと述べているが、既に終わった戦いだ。これ以上荒らすわけにもいかない。

 彼が剣の血糊を拭っていると、張りのある力強い声に呼ばれる。

 

「アイゼルさん。何しているんですか……!」


 黒服を纏った白髪の女性だ。彼女に声をかけられたアイゼルは、苦笑しながら「暇つぶしだよ。」と言って、剣に意識を戻したのだった。

眠い。とにかく眠い。されど眠い。


よし、寝よう。おやすみなさい。


まだまだいくよ(´Д` )

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