五話 『竜撃の調べ++』
「大丈夫!?」
でないことは一目瞭然であった。プティは失神したこともありまるで死人のように少女の腕の中で横たわる。少女は魔物の異常な程の発生に対する疑念、というよりほぼ確信であったが、実際それは目の前で起きている。
そもそも、竜は魔物というより信仰される類、神聖獣というものだ。世界に五匹しか存在せず、それは様々母竜と呼ばれ、大地を潤す、雨を降らすなど、世界にとっていい影響のみを与えてきた。それ全てが人々を救った訳では無いが、それでも大きな力がこちら側にあるというのは安心感と、力強さを覚えるものだ。
今回の翼竜も勿論母竜で、攻撃性を示さない母竜が憤慨しているという不思議な、有り得ないとは言わないが、少なくとも眷属(ワイバーンを指す。竜に属さない。)を殺されるか、雛を攫われるか。この二つ以外には存在せず、どちらもほぼ不可能だ。なぜなら、母竜という者は他種を一切信じておらず、常に疑い生きる。息苦しいことで有名で、巣を離れるにしろ子守の時期は絶対に動く事は無い。無謀にもその時期に母竜の領域に入ったものは灰すら残さず消される定めである。
だというのに母竜は簒奪を、消失を、怪奇を、事実を叫ぶのだ。大事なものを返せと。
少女にとって何より不可解であったのがこの少年を狙った理由だ。どう見ても手ぶら、雰囲気からして悪事を働いたわけでもないただのハンターであろうに。
少女は翼竜に姿が露呈し、再び追い回されることを危惧し、プティを肩に担ぎ上げたかと思えば、草の深い草原へと身を移す。正直少女にとっては勝算のない賭け。翼竜は五感が特段と優れており、例え草の中山の中で有ろうと数秒かからず察知する。忌むべき相手であるのなら岩で有ろうと掻き分けて殺しにやってくる。で、あると言うのに数分経っても翼竜はやってこない。
「どうして……?」
〔案外怒り狂ったせいで五感が落ちぶっていたりして。〕
「そうかもね。」
少女は草原を隠れ家、というより住処のある方向へと駆け抜けながら、くすりと笑う。
何気ない談笑を行っている彼女らであるが、勿論気を抜いているわけではない。いや、リラックスをする。という意味ではそうなのかもしれないが、翼竜以外にも敵は勿論いるわけである。そんな中を駆けているわけであるから、勿論気など抜けるわけがあるまいし、本人も笑ってはいるが、右手は強く握り拳作っていた。
そして時はやってくる。
「……っ!?」
少女飛び退いた場所には一匹のコボルト。通常のものとは違う異質さ、その上スペック以上の速度。……特異種!
少女は精霊にプティを任せると疾走。それこそ速くはあったが、互角。一人と一匹は平行線を辿り、遂にコボルトが攻撃を仕掛ける!野太い雄叫びと共に振り下ろされる小槌。真面に受ければ即死するで有ろうそれを少女は剣身を少し逸らすことにより軌道変更、威力分散。散った威力が地面を抉り、草花が悲鳴をあげる。剣を振り下ろし、翻す。強い踏み込み、直線を描く!
それは華麗にコボルトの心部を刺し貫こうとするのだが。……コボルトは小槌の柄部を剣に当て致命傷を避ける。そこから槌を振り上げるのを少女は大きく飛び退くことによって回避する。
「はぁ……はぁっ……。」
〔あまり持たなさそうね……。〕
流石にこれだけ激しい戦闘を繰り広げたせいか少女は既に肩で息をしている。もう長くは持たない。短期で決めるしかないのだ。すると少女は剣を、何時もの上段とは違い、下段の構え。そして腰を下げ、コボルトと睨み合う。
疾走。……振り上げた!コボルトは余りの速さに反応が遅れ、衝撃をそのまま小槌で受けてしまう。手の痛みからかコボルトは悲鳴をあげ、しかし負けるわけにはいかないと、死ぬわけにはいかないと歯を食いしばり小槌を乱暴に振り回す。不規則でありながら、わかりやすい攻撃に対し、少女は軽やかなステップで躱す。一つも擦りやしない。
少女は一方的に攻撃をされ、それを回避しながら、一撃で殺せる機会を窺っていた。そしてそれは唐突にやってくる。コボルトが上段に大きく槌を振りかぶったのだ。
「はああああっ‼︎」
少女の会心の一撃が見事にコボルトの首を貫く。返り血を大きく浴びるも、精霊の魔法によりすぐさま綺麗になる。
「終わった……。」
少女は安堵を漏らした。