四話 『竜撃の調べ+』
あんまり時間もとれなさそうですし、文字数を下げさせていただきます。このくらいならあまり焦ることなく執筆できるであろうと、自分は判断しております。本当に申し訳ない。
「これをどうしろというんだろうか。」
どうしようもない恐怖であったり、それに対しての抵抗であったり。それに身が竦むのであったり、それから逃げるのであったり。
多少言葉は違うが、根本的に存在するのは『恐怖』に与する負の感情。どうしたものか、この行動原理は、プティには当てはまらない。彼はどういう類かというと義務的に逃げている類だ。敵わない敵に出会った、逃げるのは当たり前だろう?誰もが思うことではあるが、そういった現場に自分の身が置かれていると、人は体の動かし方を忘れる。あれ、どうしたの?逃げなきゃ駄目じゃないか。
これはある意味人間としては破綻している。恐怖は理屈の上に成り立つものではないと、どうして逃げるのか、怖いから。といった当たり前のサイクルができる人間というのはそれほどいないものであると。
例えば授業で自らの体について学んでいたとしよう。それが血液であったとすると、人によるかもしれないが、妙に血液の流れに似たものを感じる人であったり、そのまま吐いてしまうものもいるかもしれない。それとも恐怖と同じように働くのであろうか。体の動かし方を忘れるかもしれない。震えて動けなくなるのかもしれない。
さて、それはプティに当てはまるのであろうか。答えは否、断じて否である。彼の特徴としてあげるならば演技と本音の境界線が存在しないことであろう。痛みを感じた。痛いと言わなければならない。敵わない敵と出会った。逃げなければならない。悲鳴を上げなければならない。物を壊された。怒らなくてはならない。人が傷ついている。助けなければならない。
これは凄いようで、安定しているようでとても不安定だ。言ってしまえば上辺の知識で塗りたくられた子供だ。その扱いを正しく理解しているようで、それを理性的に行ってしまう。
プティは、感情の扱い方を間違えた情報のまま理解、会得してしまったのだ。
で、あるからこそ、この状況下に置かれていても、逃げることができる。切り札の使い方を未来を考慮して、今を考慮しないのも、それと同じだ。
「GURUAAAAAAAA‼︎」
翼竜の咆哮が轟く。痛みからではない。悲しみからではない。怒りの咆哮だ。我を傷つけたのは誰だ。我の領域を侵食した愚か者は誰だ!
そしてそれははっきりとした殺意という形でプティを襲う。怯えるのではない、プティは逃げ続ける。そこに翼竜の翼撃が入るのだが、しっかりと回避。少々危うく見えたが、地面すれすれのところまで落とされた高速の打ち払いを、プティは右側に重心を移すことで躱し、そこから跳躍。届く距離にある翼を断ち切る!真紅が舞う。
逃げるにはどうすればいい?——戦え。あらゆるを尽くせ。そして、殺せ。
悲鳴。翼を断ち切るには断ち切ったのだが、それでも地に落とすには至らない。速度もそれほど変わらず、状況はほとんど変わっていないようにも見えるが……
「通った!」
プティの攻撃は確かに通った。短時間で作り出した幻想で、彼は翼竜の翼を断ち切ったのだ。それはまだ手が打てるという、義務的希望に変換される。
ここまできたら、手を打たなくてはならない。
翼竜は背を地に向け滑空、その勢いを殺さず、吐息を放ち、それがプティを襲うと同時、翼竜は翻し、上昇。
「ふっ!」
木の頂点からバク宙。剣を十字に切る。吐息に亀裂が入る!それはプティに退ける様に二つに分かれ、V字のクレーターを地面に作り出した。だが、プティの反撃はまだ終わらない。
剣に剣気を、剣に魔力を。廻れ、廻れ。プティで構成されたその剣が、自らと交わり、循環し……剣と成す!
「せいやっ!」
放つ。ただ遠くにいる標的を狙うために作られた、研ぎ澄まされた剣技、それを越する法を。たいした威力はないかもしれない。効かないかもしれない。しかしそれは関係ない。ただ、届け、届け、届け。
届いた。攻撃自体は完全に遮断。翼竜の皮膚を覆う鱗が持つ魔素分解性質によりただの力を持たない剣気となり、ダメージを与えるに至らなかったが、威力を加えられない剣気であっても、ある程度性質を変えることはできる。そしてそれは自分に近づけば近づくほど歪みが増す。それは、氷結。
剣気が触れた部分からゆったりだが翼竜の体が凍っていく。このまま全身を覆うことはないだろうが、それでも逃げ切ることは出来るはずだ。
「うっわ……。」
走りながら見た翼竜の現状に思わず嫌味げな声を上げる。すでに氷結の効果が完全に剥がされ、こちらを追って飛行しているところであった。一分と持ちはしなかったのだ。
「きっも……。」
木を蹴り加速。逃げ切る道などない。隠れる場所ならある、だが、どうすればいい?
思考している暇はなかった。翼竜はまだ余力を残していたのか全身に魔素を纏い、急激に加速する!
「え……最近の魔物って魔力使いこなせるの……?ナニソレ、コワイ。」
今のは身体強化の特性を纏ったのだろう。基本魔物がそんな行動を起こすはずがない(と、いうか魔素を動かすことはできない。)のだが、吐息が魔素の収束によって行われていたとしたら、案外おかしいことでもないかもしれない。
案の定、プティは翼竜に追いつかれ、小規模ブレス。
「はやっ……。」
それをまともに直撃し、木々をも薙ぎ倒しながらプティは飛んでいく。身体強化が切れていたら欠片も残さず、とまではいかないが、屍と化していたことだろう。
大量に集まった木の葉の山辺りに墜落。それがクッションとなりダメージは少ない。しかし、今ので魔素が完全に散ってしまった。外部から魔素の供給を受けることのできないプティはこれでほぼ詰んだと言ってもいい。
「くっ……どうすれば……。」
「大丈夫!?」
その声を最後に、プティの意識は途切れた。
(*)
それなりに頑張ってきたつもりだった。幼い頃から剣や弓の修練は怠らなかったし、勉学にも励んでいた。これだけ頑張ってきた、報われてもいいだろう。傲慢にもそう考えていた。虚しい。とても虚しい。私の住む村が、厄災によって消えてから、努力は報われるためにやるものではないことを改めて知った。知っていたのに、知らない、見て見ぬ振り。
そして今までの習慣はそのままに、十年、後悔しないために森に篭る。私は孤独であったが、孤独ではなかった。周りには精霊達がいたのだ。
変わらない日常が続く筈であったある日のこと、そう、珍しくもない散策を行っていた時の話だ。
「あったかーい。」
〔そうね。今日は昼寝に適している天候だわ。〕
何時ものルートを辿るだけ、その道中、お気に入りの花園。暖かな陽が照り、中々昼寝に適した天候となっている。そのせいか、いや、そのお陰か二人は雰囲気がやんわりとしており、このまま寝てしまいそうだ。
「お、おっとっと……。」
〔あ、危なかったわ。こんなに気持ちいいだなんて思わなくて。〕
あはははは、二人は笑う。二人というか、一人と一匹というか。精霊の数え方は基本『人』とされているのだが、確立
はされていない。精霊の扱いは本当に地域によるのだが、基本的には神の使いとされ、神聖視されている。
殆ど森の中に篭っている少女にとっては縁遠い話だが、幼い頃精霊学も学んでいた彼女は精霊狩り、邪神教等の存在も知識としては持っており、それらの存在を疎んでいる。
「えっと、何でこんなところに居たんだっけ。」
〔……〕
「えー、そんな目で見ないでよ。」
〔自分で言いだしたことじゃない。今日で森を出るって。〕
「ああ、そうだった、そうだった!どうして忘れていたんだろう。」
主人の記憶力、あまりの天然さに呆れ果て、精霊は思わず溜息を吐く。中々大変なようだが、それなりに楽しそうでもある。
精霊は種族関係なく契約することができる。その代わりに『素質』というものがあり、これがあればあるほど精霊の力を引き出しやすくなる。彼女は人族で、寿命は短いが素質はあった。本人は自覚していないのだが、精霊が慄くほどの素質を。そのため、精霊は日常生活も含み、彼女が暴走を起こさないように監視を行っている。彼女が精霊に対し友好的に接していたこともあって、精霊としても情が湧いているようだ。
彼女は寝転んだ状態から一気に起き上がると、再び歩き出す。
「えっと、確かあっちだよね。」
〔ええ。いつも聞くけど、まさか欠片も覚えていないのかしら?〕
「そんなはずは……。」と、本人は言うが、語尾が掠れ声になり、自信のなさがよくわかる。
〔やっぱり……。まあいいや。行きましょう。〕
「うん!」
〔多少魔物が出るでしょうね。慎重に行きましょう。〕
この先は冒険者、それも基本的に中級者が来るゴブリンスポットだ。たまに冒険者と遭遇し、多少会話もする彼女はそのことがよくわかっている。奥地に行くほど危険性が増すのだが、学習する魔物が多い。そのため彼女はここを修行場に選んだのだ。
今更ゴブリン等木にするほどの敵ではないのだが、それでも何が起こるかわからない。精霊の言葉に大きく頷いた。
噂をしているとゴブリンがやってきたその数二、十、二十、三十。徐々に姿を現していく。
「うわぁ……何これ。」
〔何時もなら十匹、多くても十五匹なんだけれど……。何が起こっているのかしら。〕
嘯くが、事態はそこまで簡単なものではない。これは魔導学、魔導科学の絶対的信頼を覆すとんでもない事態であった。何故か、それは魔導科学が今の世界の根本に存在しており、民衆の勝手な解釈だが、『絶対』という恐ろしい信仰までが『根付いて』しまっているからだ。とてつもなくしょうもないことだが、とても大事なことだ。この情報が少しでもリークすれば『改革』が起きてしまう。魔導科学を覆す改革が。
そもそも、魔導科学というものは魔導を学問と定義した上で成り立ったものだ。情報という『根拠』、状況という『証拠』、その上に成り立つ『分析』、結果からの『考察』。この四行程で行われる魔導科学はとてつもない的中力を市民に示した。示してしまった、といった方が正しいが。
彼女は短刀を抜いた。手入れを欠かさないでいるのがよくわかる、綺麗な刃だ。
「行くよ!」
〔ええ!最初に行かせてもらうわ。set 001〕
スタックされていた魔法が精霊の手から放たれる。それは流れのままに弧を描き、ゴブリンを三匹焼き尽くす。その間に彼女は何もしていなかったわけではない。飽くまで精霊による初撃は戦闘開始の合図である。
彼女は精霊による魔法の下を素早く潜り抜け、跳躍。その勢いをそのままに剣を滑らせる。振りかざすのでもなく、振り下ろすのでもなく。滑らせる。当たり前のようにゴブリンの首に的中、跳ね飛ばし、多少の砂塵を巻き上げながら着地する。
精霊のスタックしていた001はまだ終わっていない。魔法言語で発動を示す『start』ではなく、組を示す『set』。この言語で発動した魔法は、一回の発動では終わらない。限界数が来るか、設定数で止まるか、魔力が切れるか。この三つ以外に終わる可能性はほとんどない。まだ燃やす。さらに燃やす。ある程度の実力を備えている元地の精霊ゴブリンが、赤子の手をひねるように殺されていく。地力が違いすぎた。
そこで、精霊の魔法は切れる。あと十六匹。
〔エスペ!下がって。これで終わらせるわ。〕
「わかった!」
〔set 003 set 099〕
彼女が地面を蹴り、滑るように下がると同時。精霊による同時発動型魔導が炸裂する。炎と、自然のに属性。この二つの属性はとても相性がいい。自然の属性は炎の勢いを増長させる!
〔消え去りなさい!〕
ゴブリンは業火に焼かれ、醜い悲鳴をあげながらその姿を一つ、また一つと消していく。残るは地を焼いた黒い痕のみ。
「まずいかも。急ごう!」
言って、走り出そうとした時であった。銀髪の少年が右の茂みに落ちてくるのが視認できたのは。