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二十章  物語の結末  9

 時間が止まった気がした。


 地上に迫り来る大地はその動きを止め、黒雲の渦が渦ではなくなった。轟く雷鳴も、強い風も止まった。森がざわめく音も、城下町でキングニスモが放つ砲弾の音も、聞こえなくなった。

 ただ、カエマがデッキの上に倒れる鈍い音だけが、ディルの耳が捉えた唯一の音だった。ディルの剣は、カエマの胸部を貫いていた。


「ディル……ディル・ナックフォード」


 カエマのかすかな声が、ディルの名を呼んだ。ディルの足は今ごろになって震え出し、そのせいでおぼつかなげな歩き方になった。カエマの傍まで歩み寄ると、ディルはその場にくず折れ、顔いっぱいに泣きっ面を浮かべた。カエマの胸に突き刺さったままの剣から、黒い血液が青い羽毛を伝って流れ落ちていた。


「あなたを見ていると、昔の私を思い出すわ……家族や仲間に囲まれていた、幸せだったあの頃の自分をね……」


 カエマの灰色の瞳には、溢れんばかりの潤いがなみなみと輝いていた。


「グランモニカから全てを奪われ、この世界に来た時、私は自らに誓った。誰も頼らず、たった一人の力でグランモニカを殺し……旧世界を復活させると。家族や仲間、親友、恋人……そう呼ばれる者たちを……私は恐れていた。もう失いたくなかったから……だから、孤独の道を選んだ」


「だけど、この四十五年間……あなたはずっと一人で生きてきたわけじゃないはずだ。そうでしょう?」


 鼻をすすり、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、ディルは言った。


「もちろんです……ですが、私はそんな人々の存在を拒み続けてきた。結局、一人になることを選んだのです。……裏切り続けてきた私は、誰からも裏切られたくなかった……」


 カエマは胸の痛みに顔を歪めた。弱々しい吐息が、血と混ざって口から流れ落ちた。


「ディル……お前たちには、申し訳ないことをした……」


 ディルは首を振った。そのせいで、涙の粒があちこちに飛んだ。


「……僕は、本当のあなたを知ってる。幼い頃のあなたが、僕に会いに来てくれて、色々教えてくれたから。あなたが優しい心の持ち主だってことは、僕がちゃんと分かってる」


 カエマの悲しげな瞳が、ディルのくしゃくしゃの顔を覗き込んだ。


「幼い頃の曖昧な記憶が具現化し、今の私に警告しようとしていたのかもしれませんね……」


 ディルは、今度は満面の笑みでカエマを見つめた。


「今からでも遅くないよ。ファッグレモンならきっと、優しくあなたを迎え入れてくれるし、僕も遊びに行くから……だから今度こそ、みんなでやり直そうよ」


 カエマの優しい笑顔がそこにあった。温かいベッドの中で眠りにつくような、そんな夢見心地の表情だった。


「ありがとう、ディル……」


 カエマの安らかな笑顔を照らし出すように、黒雲の間から暖かな陽光が射し込んだ。ディルがふと空を見上げると、そこに大地はなく、青空の下を黒雲がうろこ状になって漂う奇怪な風景が広がっていた。


「やっと会えたね、お母さん……みんな」


 その時、剣が倒れる騒々しい音が船のデッキいっぱいに広がった。カエマの姿は、その言葉を最後に、もうそこからいなくなっていた。その代わり、ディルの剣にはべっとりとカエマの黒い血液が付着していた。レンの父親や、グランモニカ、世界中の偉人たちが残していった憎しみの血だ。

 四十五年前の大きな惨劇から始まった、悲しすぎる物語の結末だった。



「さあ、行くぞ、空飛ぶ船! きっとレンたちは首を長くして待ってるよ!」


 船は、ディルが思った以上に利巧に動いてくれた。ディルが特に大きな指示を出していないのにも関わらず、レンたちのいる遺跡へ向かってくれたのだ。ディルが、根っこの壁を剣で切り刻んでいるレンの姿を見つけた時、驚いたことに、城が元あった場所へゆっくりと降下を開始した。


「レン、急いで! 城が落ち始めてる!」


 船が勝手に好位置まで移動してくれたおかげで、レンやジェオ、トワメルはすぐに船のデッキに飛び移ることができた。


 その後は、レンとジェオからの賞賛の嵐だった。体のあらゆる所をバシバシと叩かれ、少なくとも二十個の褒め言葉がディルに送られた。まるで、十年分の誕生祝いを一度に催されているようだった。


「レン、ジェオ……そしてディル!」


 レンに肩車され、その傍らでジェオが歓喜の詩を歌っている時、トワメルが突然名を呼んだ。三人は目を丸くしてトワメルを見た。笑っている。


「お前たちに、心から礼を言わせてもらう。特にディル、お前はよくやった」


 ディルの中で嬉しさが爆発した。こんなに誇らしげな笑みを浮かべるトワメルを、ディルは初めて見たのだ。嬉しさのあまり、ディルはレンの肩に足をかけ、トワメルに飛びついた。


「行こう! みんなが待ってる城下町へ!」


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