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二十章  物語の結末  8

 雷鳴と雷鳴が重なり合い、上空で大爆発を引き起こしたような轟音が周囲に降り注いだ。目のくらむような閃光が稲妻と共に現れ、突風と強風が激しく絡み合った。渦を巻く黒雲の中心部から、何かが地上に向かって落ちてくる……。


「ついに開かれた! 新世界への入口が、ついに開かれたぞ! みんなが……みんなが戻ってくる!」


 カエマの両手の先にあるもの、それは大地だった。ヴァルハートの上空だけではない、遥か遠くの水平線の上空にも、大小様々な陸地が海上に向かってゆっくりと降下している。まさか、旧世界の大陸が、この世界もろとも飲み込もうというのだろうか?


「くそーっ!」


 ディルは剣を振り回し、カエマに斬り込んでいった。大地の降下をどうにかして遅らせなければ、ディルたちは……この世界は、死んでしまう。

 ……だが、本当はそれが正解ではないのか? この世界は、グランモニカが身勝手な思いで作り出した、“必要のない”世界ではないのか? カエマたちのいた旧世界こそが、本当に必要な世界ではないのか?

 ディルにはもう、冷静な判断ができなくなっていた。


「邪魔だ! どけ!」


 カエマの右手がディルに向けられ、空を握り潰した。その瞬間、ディルはその場でのた打ち回り、息もできないほどの胸の圧迫感に襲われた。肺をわしづかみされているような痛みと苦しみだ。

 まもなく、ディルの意識は少しずつ薄れ始めていった。もしかしたら、このまま死んでしまうのではないかと、ディルは剣を固く握りしめた。固く、固く、固く……。

 ギュッと目をつむっているのに、涙はわずかな隙間を通って流れ落ちていった。



『おかしいなって、思ってたんです』


 暗闇の中で、ユンファの声がはっきりと聞こえた。瓦礫の山の上で座っているユンファの姿がうっすらと見え始めた。


『ディルさんみたいな勇気のある人が、どうしてこんな所にいるんだろうって。ここにいる理由がどうであれ、ディルさんならきっとあの魔女の所に行くって分かっていましたよ、僕』


 その瓦礫の山をホワゾンドープに乗って突き破ってきたのは、ジェオだった。こぼれ落ちそうなほどの笑顔だ。


『俺はステア・ラを守れなかった……でも、ディルがすげえ奴だってことを俺は知ってる。だからきっと、ディルならこの国を守れるはずだ。たくさんの人の思いを背負って走れるはずだ。だからどんなことがあっても、絶対に立ち止まるな。立ち止まらず、あの城まで来い。待ってるからな、ディル、きっとだぞ!』


 ジェオが飛び立っていくと、どこからか、ディルを呼ぶレンの声が聞こえた。ディルが辺りを見回すと、暗闇の中にたたずむレンの姿を見つけることができた。しかも驚くことに、ディルの意識はよりはっきりとしていた。レンの元へ駆け寄っていく、元気な自分がそこにいた。


「レン、僕はどうしたらいいの? 旧世界も、この世界も、どっちも大切なものなんだ。僕には選ぶことなんてできないよ」


 レンは笑った。


『ディルは優しすぎる性格のせいで、いつも自分を追い詰めてる。自分のことを皮肉ると、ろくなことはないぜ……もっと自信を持たなきゃな』


 笑ったが、決して軽蔑するような笑顔ではない。ディルのことを思ってくれる、優しいレンの笑顔だ。


『俺たちは仲間だ……仲間だからこそなんだ。ディルがそれを気付かせてくれた。だから、俺はもう誰からも、何からも逃げない。大切な仲間ができたから……ディルたちのために、命を懸けて戦う理由ができたから!』


 ディルはうなずいた。そして、立ち上がった。鳥のように気高い、カエマを前にして。


「僕も、命を懸けて戦う」


 ディルが立ち上がると、カエマの表情は驚愕した。


「タフな小僧め……命を懸けるだと? どうせ死ぬ。お前も……私もね」


 ディルには、ちゃんと見えていた。幼いカエマが、ディルの傍らに立っているのを。ディルを見つめながら、「覚悟はできている」と力強くうなずく、幼い少女の姿を。


「私一人だけのために、この世界の人たちを犠牲にするわけにはいかないよ。だから、にい、カエマを……私を倒して」


 両手を上空に掲げ続けながら、カエマはディルを見た。息を荒げ、今にも倒れそうな、カエマの弱りきった姿だった。


「だったら……私に見せてみろ……その命を懸けた戦いというものを。こんな追い込まれた状況で、お前に何ができる? 人を傷つけることもできない……全てを捨てる覚悟も、その勇気すらもない……そんなお前に、何ができるっていうんだ!」


「こういうことだ」


 ディルは、自分の背後に向かって剣を放った。剣は階段から落ちる数センチ手前で止まり、強風に煽られてガタガタと揺れた。カエマはディルを睨みつけ、鼻で笑った。


「……どういうことです? それではまるで、あの時と同じでしょう」


 そのとおり、キングニスモの戦艦で戦った時の、あのやり方と同じだ。だが、後方に放置されたディルの剣に、レンの魔法はかけられていない。そのことに関しては、ディルも承知の上だった。


「僕の後ろにいる仲間たちが、あなたには見えますか? 僕を信じてくれている、大切な仲間たちの姿が」


 カエマは目をすぼめ……はっきりと見た。ディルの背後に集まる、たくさんの人々の姿を。ディルにその思いを託した、大切な仲間たちの姿を。


「僕の剣には、みんなから託されたたくさんの思いが詰まってるんだ。……前に言ったよね……僕はあたなより強いって。それは、僕に仲間がいるからだって」


 カエマの右手が放置された剣に向けられ、五本の指がぐにゃぐにゃと動いた。ディルの背後で、剣が宙を漂い、持ち主を殺そうと殺気をみなぎらせた。だがディルは、いつ突っ込んできてもおかしくない剣に一目もくれず、挑発的な態度でカエマを真っ向から見つめ続けていただけだった。


「カエマ……いえ、カエマ女王。物語の結末どおり、あなたは死を選ぶんですか?」


 カエマの表情から、全ての感情が消え去ったように思えた。何かを覚悟したように、カエマは一度、ゆっくりうなずいた。


「こうなってほしいと、心のどこかで願っていたのかもしれない……。私は、やっと思い出すことができた……子供の頃に思い描いた、人と人の間に生まれる、絆というものを。……これが本当の、物語の結末です」


 剣に向けられていた五本の指が、一斉に手の平の中央へ吸い込まれ、ギュッと握られた。その瞬間、ディルは体を傾け、頭部に向かってまっすぐ飛んできた剣をさっとかわした。そして、そのままカエマの方へ飛んでいく剣の柄を強引に捕まえると、その勢いを完全に殺した。


「僕は、全てを捨て切れなかった」


 たった一粒の涙が、ディルの頬を伝った。そして、再び手にしたその剣を、空から迫り来る大地の底に向かって、高々と投げ飛ばした。


「でも、思うんです。心の痛みを共に背負ってくれる人がそばにいてくれれば、大切なものを捨てる必要はないんじゃないかって」


『ごめんね、レン。……レンに黙って地下部屋に入った時、そこから持ち出しのはレコードだけじゃなかったんだ。机の上に残されていた、僕を思うレンの気持ちを、僕は決して無駄にはしないよ。決して……』


 宙を舞い上がるディルの剣から、突然白い煙がもくもくと噴き出した。剣が落下を始めた時、煙の中から飛び出すもう一人のディルが……ディルの魔法体が、その剣を手に取り、構えた。そして落ちていった。カエマ目がけて……。


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