二十章 物語の結末 6
全身にまとう青い羽毛が、風に煽られてふわりとなびいた。
「黒雲は世界全体を覆った。私は十分過ぎるほどの魔力を手に入れた。そして、新世界の入口を開く、その時が来た!」
カエマの甲高い声が根っこの壁に反響し、高く高く登っていった。
「お前の思いどおりにはさせないぞ、カエマ!」
声を張り上げて強気な発言をしてみたはいいものの、振り向いたカエマの顔を一目見ると、ディルの剛勇の気はあっという間に落ち込んでしまった。幼少の頃のカエマが、私は悪くないのだと、涙ながらに訴えてくるようだった。
「そうそう、あなたたちに用意しておいた、最後の舞台を始めなくてはね」
忘れていたことを詫びるように、カエマは愛想よく言った。
「あんたが用意しなくても、俺たちが勝手にやらせてもらうよ。あんたの首を切り落とすっていう、華々しい舞台をね」
レンが勇敢な言葉を発している傍らで、ディルは言い知れぬ不安にかられていた。カエマがあっという間にグランモニカを殺してしまうという、陰惨な光景が、ディルの目に焼きついて離れないのがその原因だった。世界中の人間が束になったってカエマに適いはしないのだと、ディルは心の中で拳を握った。
「あなたたちの相手は私じゃなくて、こっちよ」
カエマが右手を大きく振り下ろすと、その跡が光の筋となって宙に残った。レンが異空間から剣を取り出す時と全く一緒だ。光の筋が横に広がり、中から眩い光と共に現れたのは、黒いマントを全身にまとった、あの男だった。
「お父様」
ディルが呟いたとおり、そこには魔法戦士部隊と同じ空っぽな目をした、トワメルの姿があった。カエマに心を抜き取られ、悪の人形と化した、トワメルの抜け殻だ。
「おいおい、トワメルさんは俺たちの味方じゃなかったのか?」
異空間から剣を引っ張り出しながら、レンは狼狽した。ディルはかいつまんで説明し、トワメルが今どういう状態なのかをレンに伝えた。
「お父様、僕が分からないのですか? 目を覚ましてください! お父様の敵は僕たちではありません!」
ディルが呼びかけても、トワメルには何も聞こえていないようだった。輝きを失った虚ろな瞳が、まばたきもせずに、レンの剣だけを見つめていた。
「さあ、トワメル。あなたが満足するまで、彼らを斬り続けなさい。戦場でそうしてきたようにね」
トワメルが鞘から剣を抜き、レンの剣と接触するまで、あっという間の出来事だった。剣と剣がぶつかり合う金属音が、ディルの気を高ぶらせた。レンは壁際に追い詰められていたが、一度トワメルの剣を弾き返すと、広い空間まで素早く移動した。ディルはレンに加勢しようと剣を構えたが、カエマのある異変に意表を突かれてしまった。カエマの背中から、自分の背丈以上に長い大きな翼が二つ、左右に広がったのだ。
『まさか、あれで飛ぶとでも?』
だが、悠長に考えている暇はなかった。カエマは翼を羽ばたかせ、周囲につむじ風を巻き起こすと、目にも止まらぬ速さで頭上へと舞い上がっていった。
「後を追え、ディル!」
トワメルから距離を置き、息を荒げながらレンが叫んだ。
「でも、レン一人じゃ……」
「カエマを止めることができるのはディルだけだ! ディルのやり方なら、必ずカエマを倒せるはずだ!」
トワメルの刃がレンの左肩を斬りつけたのは、その直後のことだった。レンの乾いた悲痛の声と、床に滴り落ちる数滴の血液が、ディルに最終的な決断を下した。
『ホワゾンドープに乗れ』と。
「行くんだ、ディル! 行けーっ!」
操縦桿を握った瞬間、ホワゾンドープのエンジンが轟々と鳴り響いた。そして、すべきことを承知していたかのように、ホワゾンドープはカエマの後を追って、上へ上へと飛んで行った。根っこのパイプの中を上昇していくホワゾンドープはほとんど垂直の状態で、ディルは全身のあらゆる所に力を入れて、落っこちないように踏ん張った。
再び城の一階ホールまで戻ってきても、ホワゾンドープはお構いなしに上昇し続けた。カエマが突き抜けていった跡なのだろうか、天井からぶら下がる豪華なシャンデリアの傍には、ホワゾンドープでも余裕に通り抜けることのできる大きな穴が一直線上に開いており、それは間違いなく城の上空まで続いていた。
ホワゾンドープが完全に城の中から抜け出ると、幾本の尖塔が空に向かってそびえ立っているのが見え、その遥か上空に、『反・カエマ派』のアジトが宙に漂っているのをはっきりと確認できた。辺りを見回したが、カエマがいる気配はない。おそらく、船のデッキに降り立ったのだろう。
「あの船まで急いで!」
冷たい風を切りながら、ホワゾンドープはディルの指示どおり、空飛ぶ船に向かって進んでいった。上空を覆う黒雲が雷鳴を響かせ、巨大な渦を描いている。激しい稲光や突風が、ディルたちを地上へ叩き落そうと待ち構えているようだった。
ホワゾンドープが船のデッキに着陸すると、ディルの頭の中は戦っているみんなのことでいっぱいになった。それは、船尾にたたずむカエマの姿が目に入ったからなのかもしれない。もしかしたら、カエマの野望を絶対に阻止しようというディルの決意が、みんなの思いを再びディルに思い出させたからなのかもしれない……。