表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/98

二十章  物語の結末  4

「戦争のため、人殺しのため……旧世界に殺戮機械の文明が栄えたのは、世界が滅ぶ……つまり、この世界が誕生する数年前のことでした。土地や食料、地位、文化、科学、武器知識、医療知識……そして、世界。人々はあらゆるものを欲し、戦争を繰り返してきました。世界で最も強い国として君臨するために……」


 グランモニカの声は悲しみに浸っていた。


「そしてついに、人間たちは人類そのものを滅ぼしかねない、殺戮の機械と武器の開発を始めました。魔族のほとんどが人間たちに捕われ、強引に殺戮機械を造らされたのです。時空は乱れ、人々は殺し合い、人間が地上という世界を支配し、そして、殺戮機械が誕生した」


「戦争によって荒廃した世界を滅ぼすため、あなたはこの新世界を創造した……」


 言葉に精一杯の温情を込めながら、ディルは言った。グランモニカは小さくうなずいた。


「ですが、見てのとおり私は高齢です。そのため、『新世界創造』という、私の意思を受け継いでくれる人間の子供が必要でした。私は世界中から情報を収集し、そして、才覚に恵まれた、天才と呼ばれる子供を抜粋し……新世界への入口を開いたのです。その子供の名は、カエマ・アグシール」


 ディルは耳を疑った。グランモニカの話が事実だとすると、先ほど出会ったあの女の子の正体はカエマということになる。まだ幼い、純粋で綺麗な心を持った、カエマ・アグシールの幼少時代と、ディルは会って話していたのだ。言われてみれば確かに、あの女の子にはカエマの風貌がある。


「不思議なことに、ディル。あなたの記憶にはなぜか、幼き頃のカエマの姿がはっきりと残っているのですが?」


 下あごから鋭利な牙を突き出しながら、グランモニカは舐めるようにディルを見た。


「僕がここへ来れたのは、その女の子が僕の前に現れてくれたからなんです。実体ではない、記憶だけの存在として、僕に色々と教えてくれました」


 グランモニカのむさぼるような瞳から視線を逸らさないように心がけながら、ディルは静かに言い切った。


「どうやら、幼少のカエマが身勝手な思想をぶちまけていたみたいですね。でもまあ、記憶だけの哀れな小娘ごときに、私の邪魔をさせはしませんけどね」


 グランモニカの冷たい高笑いが反響し、ディルは背筋の凍る思いをした。それでも尚、グランモニカへの怒りは素直におさまってはくれなかった。


「だけど、意思を継がせるための大切な人物を、あなたは殺そうとした。レンにアクアマリンを授けたのだって、カエマ打倒が目的だったのでしょう? レンが呪いに倒れた時だって、ファッグレモンのことを教えてくれたじゃないですか」


 ディルは剣を滑り落としそうになるくらい、手の中に汗を滲ませていた。焦りと苛立ちが水分となり、言葉の代わりに体外へ出てきたようだった。グランモニカの高笑いが、余韻も残さず、驚くほど綺麗に止まった。


「私の見込んだとおり、アクアマリンの力を宿したカエマはとても優秀でした。師範として生み出したファッグレモンの力を凌ぐほどです。ですが、カエマはいつからか己の力に溺れるようになり、私やファッグレモンの言う事を全くきかなくなりました。そして、国王ロアファンの王妃になったことを皮切りに、カエマの野望が動き始めたのです。……ここまで言えばもうお分かりでしょう。私はカエマ・アグシールという存在が邪魔になったのです」


 ファッグレモンの瞳が糸のように細くなり、冷たく微笑んでいるようだった。


「あのレン・ハーゼンホークが現れたのは、ちょうどそんな時でした。私は、カエマを倒したいと願うレンにアクアマリンを授け、カエマ殺しを激励しました。『反・カエマ派』がカエマを殺してくれれば、野望は阻止され、同時に、密かに進めていた私の計画が実行されていたのです。……ですが、あなたたち『反・カエマ派』は、私の期待に応えてはくれませんでした。私が力を添えてあげたというのに、カエマを殺すどころか、返り討ちにされているではありませんか。呪いを喰らったレン・ハーゼンホークが目の前に現れた時、どれだけ私の青筋が立ったことか……」


 グランモニカの声はゆっくりと静かだったが、言葉の一つ一つが怒りに震えていたのは確かだった。細い瞳が更に細くなり、その刺すような睨みが、ディルの足の感覚を徐々に奪っていった。


「どうして自分からカエマを殺しにいこうとは思わないのですか? あなたにはそれだけの力があるはずです」


 恐怖の中に少しの好奇心を抱きながら、ディルはかすれ声で聞いた。グランモニカの表情には落ち着きが戻りつつあった。


「長である私が西の海底を離れるわけにはいきません。しかも、人魚たちに私の正体を知られては、今後の計画にヒビを入れるようなものですからね。それに私には、カエマを殺せるだけの魔力があっても、体を長時間動かせられるだけの体力がもう残されていないのです」


 グランモニカの言葉に明るい兆しは感じられなかったが、その表情に余裕の笑みがあらわになったのは確かだった。


「カエマは、私を求めて必ずここを訪れます。それが、カエマの息の根を止めることができる最後の機会です。ここにこうして移動してきたのも、全てその時のためなのです。そして、カエマのではない、私の創造した新世界への入口が再び開かれるのです。もちろん、私の意思を継ぐ新たな後継者をつれてね。……ディル・ナックフォード。私がなぜあなたの要望どおり、この日に城を浮上させたのか、分かりますよね?」


 返事をするのも嫌だったが、その先を聞くのはもっと嫌だった。グランモニカがなぜ自分を待っていたのか、その理由がディルにはうっすらと分かっていた。


「僕に新たな後継者になれというなら、お断りします」


 ディルはきっぱりと言い切った。グランモニカが自分を欲しているのであれば、間違っても殺したりはしないだろうと、強気な態度に出たのだ。だが、グランモニカはそんなディルの答えを待っていたかのように、不気味に笑ってみせた。


「カエマも最初は断じて受け入れようとはしなかった。『みんなが残るなら、私も残る。家族や仲間を見殺しにできないから』とね。だけど、引き裂いてやった……世界の空を引き裂いたように!」


 グランモニカの声色がおどろおどろしいしゃがれ声に変わった。下あごから攻撃的な太い牙が根元の方まで顔を出し、あごをガチガチ鳴らしている。目は赤く、吐息は荒々しかった。ディルは剣を構え直し、感覚のなくなった両足をひきずるようにしながらゆっくりと後退していった。


「どうして……どうしてまた新世界を築かなければならないんだ? この世界にどんな不満があるっていうんだ!」


 根っこの壁に背中を押し付けながら、ディルは声を枯らして叫んだ。グランモニカの太いだみ声が、耳をつんざくような雄叫びを上げた。


「いい質問だ、ディル・ナックフォード」


 グランモニカの優雅な声が言った。尾ひれの末端が三つに分断されていく様子を、ディルはただじっと見つめていた。グランモニカの肢体がトドのようにふっくらし、ドレスが強固な鎧の形状に変形し終わると、ディルの全身は石のようにカチカチに固まってしまった。脳味噌も石になってしまったのだろうか、その機能を完全に停止させていた。


「旧世界において人間たちを陰で支配していた者、それは人魚一族だった。そして、その人魚一族の頂点に君臨していた者、それが私だ。誰よりも強い魔力、誰よりも豊富な知識、誰よりも恐ろしい存在」


 グランモニカの眉間に小さな赤い亀裂が生じた。低いうなり声が、グランモニカの中の怪物を呼び覚ます呪文のようになっていた。


「だが、人間たちがアクアマリンの存在に気付き、戦争の道具として悪用を始めた時、人魚一族は人間たちに支配されるようになった。私の自由さえも奪われ、地上は荒廃していった。私の世界が人間たちのせいで朽ちていく様を、ただ黙って見ているわけにはいかない。戦争を終わらせ、尚且つ、私が再び世界の王として君臨するには、この世界を築く必要があった。私が最強の力を手に入れるための準備期間としてね」


 眉間の亀裂が広がり、中から銀色の一角が勢いよく突き出した。それは淡い光を放っており、雪のような光る胞子を振り撒いていた。グランモニカの容姿は原形を留めないほど、全く別のものに変わり果てていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ