二十章 物語の結末 1
壁際で煌々と燃え続ける二本のロウソクが、赤とオレンジの炎を交互にちらつかせ、貴族階級の豪華な部屋を薄明るく照らし出していた。天蓋付きの大きなベッド、壁際に並べられた豪華なタンス、貴重な糸で織られた贅沢な絨毯。開け放たれた両開きの窓の向こうには、見渡す限りの大海原が広がっている。ここがきっと、トワメルの部屋なのだろう。
ボトルシップは、部屋の片隅に置かれたキャビネットの中だった。酒場と城のボトルシップがつながってくれたことに、いつまでも喜んでいる暇はない。今は一刻も早く、レンやジェオ、グランモニカと合流しなければならないのだ。もし、全員が合流する前にカエマが誰かを襲えば、間違いなくその人の命は奪われるだろう。もちろん、それはディルも同じことだ。カエマが次の行動を起こす前に、何としてでも全員が一緒にならなければ。
ディルは暗がりの中で褐色に輝く金色のノブを見つけ出し、扉を開けた。扉の向こうは、ろうそくの明かりで照らされた石造りの螺旋階段だった。ひんやりと冷たい石壁がずっと下の方まで続いており、ろうそくの揺らめく火が点々と灯っている。どうやらここは尖塔の一つらしいが、詳しい場所は分からない。ディルはヴァルハート城に何度も足を運んだことがあるのだが、トワメルの部屋を訪れたことは一度もなかったのだ。
壁に手を添えながら足場の暗い螺旋階段を下りて行くと、夏とは思えない、冷たい空気がディルの頬をなでた。まるで、地下への階段を下りて行っているような気分だ。
しんと静まり返った城内にディルの足音だけが反響し、他は何も聞こえなかった。じきに、階段の向こうに廊下が見えてくると、ディルの歩調は自然と早まった。だが、ディルの右頬あたりをろうそくの明かりが通り過ぎた時、廊下を右から左へ駆け抜ける子供の影のようなものが見えた気がした。
「誰?」
ディルは足を止め、目を凝らした。返答どころか、影の欠片さえ見えはしない。闇と静寂だけでも十分不気味だというのに、極めつけに幽霊が出没するなんて、ディルにとって冗談では済まされない話だった。
「誰なの?」
廊下に顔だけ突き出し、端から端まで見回しながらディルは再度確認した。廊下は左右に分かれていたが、そのどちらにも子供の影なんて見当たらなかった。
「きっと見間違いだ、気のせいだったんだ」
恐怖を振り払うため、ディルは自分に言い聞かせた。その声が狭い廊下に反響し、空しくこだましている。
ディルは右へ左へ、左へ右へ、とにかく廊下を歩いては突き当たりを曲がり続けた。城内は迷路のようだったし、同じ光景が何度も繰り返し現れるので、同じ箇所をぐるぐる回っていることもしばしばあった。扉がいくつかあったので中を覗いてみたが、その全てが客人用の寝室だった。
ディルが下層への階段をようやく見つけ出した時、そばにあった獅子の像の周りで何者かが動き回っているのを、確かに感じ取った。足がすくみ、体中が凍りついたように動かなくなった。唯一、動かすことのできる両目を駆使し、像の台座の周囲を見てみると、そこには確かに女の子の影が走り回っているのが見える。腰まで伸びた黒い長髪、白と黒のおしゃれなワンピースが、風になびいてふわふわしている。影はぼんやりしていたが、どうやら幽霊ではなさそうだ。
「何してるの?」
ディルは慎重に、静かに声をかけた。ディルに気付いた女の子が、足音もなく近づいてきた。年齢は四、五歳くらいだろうか、幼げな小さな顔いっぱいに、溢れ出しそうなくらいの笑顔を広げている。
「にい、かけっこあたしより遅いんだもん。変なの!」
女の子はディルを指差しながら笑った。女の子の声は、その輪郭と同じようにぼやけて聞こえた。
「にいって、僕のこと?」
スキップしながらその場でくるくる回りだした女の子に向かって、ディルは戸惑いながらも尋ねた。
「もちろん。他に誰がいるの?」
女の子はニコニコしながら「ついておいで」と手招きし、階段を下りていった。幅の広い階段の、ろうそくの火に照らされた明るい端の部分を歩きながら、ディルは女の子を追った。女の子は途中、左右に分岐する踊り場で迷っていたが、またすぐに階段を下り始めた。