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十九章  立ち上がる者たち  5

「キングニスモ……」


 立ち上がりながら、ディルは呟いた。いつの間にか町全体に広まっていた争いが一時停戦し、誰もがその大きな爆発音に耳を傾けていた。そしてディルは、キングニスモの巨大戦艦が南ゲートを粉々に破壊し、こちらに向かってまっすぐに突き進んでくるのを見つめていた。ディル以外の人々は、その戦艦が敵なのか、それとも味方なのかさえも把握できていないようだった。

 やがて、船首にはビトの像、船底からは八本の足が突き出した巨大な戦艦が、『大事なお知らせ掲示板』をまたぎ、ディルの間近で停止した。その足はステンレス銅で覆い固められ、人間に近い足の作りになっていた。節々から白い煙を噴き上げ、巨大な体をしっかり支えている。ディルが遥か上を見上げると、船上からこちらを覗き見るキャプテン姿のジプイの笑顔があった。


「わりいな、ディル! ゲートを踏み潰しちまった! でも、ここまで助けに来た甲斐はあっただろう?」


 ディルが笑顔で応えると、ジプイの顔は再び船内へと消えた。どうしてキングニスモがここにいるのか、ディルにはっきりとした理由は分からなかったが、魔法戦士部隊が動揺し始めたのは確かだ。これで形勢逆転だ。


「こいつも、反逆者。反逆者とその一味、根絶やしにする」


 魔法戦士部隊が再び天の川通りに集結し、口々に叫び始めた。地を歩く者、走る者、空を飛ぶ者。その全員が杖を掲げ、攻撃態勢を整えた。これから始まろうとしている戦艦と魔法戦士部隊との戦いに身の危険を感じ、町の人々は路地や建物の中に素早く非難した。ディルは掲示板の裏に隠れ、双方が動き出すのをじっと待っていた。


「攻撃準備!」


 男の太い声が船内から聞こえた。おそらくビトの声だろう。指示の後、船の側面の一部が開き、巨大な大砲が次々と現れた。その砲口は魔法戦士たちを確かに捉えていた。


「攻撃開始!」


 そのあまりの音の大きさに、魔法戦士たちは一人残らず生きては帰れないと、ディルは確信した。一つの大砲から放たれる砲弾と爆音が何十にも重なり、ディルの頭上で次々と炸裂した。弾は魔法戦士部隊に当たりはするものの、的を外して周囲の建物に直撃する場合もあった。だが、魔法戦士部隊もただ黙って見ているほど甘い敵ではない。杖から惜しみもなく赤い光線を噴出させ、戦艦の他に、石畳の頑丈な道や、建物の壁という壁を切り裂いて反撃に打って出た。天の川通りはいつの間にか、白、黒、灰色、オレンジ、黄色……様々な色の煙で覆われ、その煙がどこから吹き出ているのか見当もつかないほどの混戦状態に陥った。とにかく、現在の詳しい状況がちっとも分からないのだ。

 一番傍にあったレンガ造りの家がごっそり削り取られ、その大きな破片がディル目がけて飛んできたので、ディルは死に物狂いでその場から避難した。


「ディルさん!」


 建物の陰に避難しようとしていたディルに、誰かが声をかけた。その声は激しい騒音でよく聞き取れなかったが、ディルが砂塵の中で目を凝らしていると、戦艦のある方向からユンファとアルマが走ってくる姿が見えた。信じられなくて、ディルは思わず両目をこすり、瞬きした。


「本当に? 本当にユンファとアルマ?」


 ユンファは口の周りにうっすらとひげを生やし、アルマは頭を白く染め、体を支えるための長い杖を持っていた。今までで一番強い爆風と爆音が三人のわずかな間を突き抜けていった後、ユンファとアルマは一緒にうなずいた。


「突然いなくなってすみませんでした。急ぎの用があったものですから……レンさんとジェオさんは?」


 ディルは二人がいなくなってからの『反・カエマ派』の行動をおおざっぱに説明し、今の戦況を聞いた。


「あいつら、手に持ってる盾で防御してるみたいなの。でも、この船も対魔法用に強くしてあるみたいだから、ある程度の魔法なら安心よ。この調子だと、きっと長期戦になるわね」


 アルマは杖であれこれ示しながら、大声で説明した。白髪頭は埃まみれで、ぼさぼさだった。


「決着が着く前に、城下町がなくなってなければいいけど」


 もう一度強い爆風が来た時、体をよろめかせながらディルは言った。


「僕たち、この船に乗ってここまで来たんです。今は時間がないから、後でゆっくりその理由を教えますね」


 その時間があるかないかは別として、ディルには、今自分がしなければならないことを十分理解していた。


「僕、ここに残ってみんなと戦いたいけど、行かなきゃいけない所があるんだ。どうしても、カエマの手から助け出したい人がいるんだ」


 ユンファとアルマは意味ありげに目配せし、同時にうなずいた。その二つの笑顔は、取り替えても見分けがつかないくらいそっくりだった。


「おかしいなって、思ってたんです。ディルさんみたいな勇気のある人が、どうしてこんな所にいるんだろうって。ここにいる理由がどうであれ、ディルさんならきっとあの魔女の所に行くって分かっていましたよ、僕」


「私たち、あなたを止めたりしないわ。ディルならやれるって、信じてるから! ……だけど、あたしたちの手を借りたくなったら呼んでね。このばかでかい戦艦引っ提げて、すぐに助けに行ってあげる!」


 ユンファとアルマからの激励に、ディルは背中をうんと強く押された。気付くと、痛みを忘れてしまうほど疾駆している自分がいた。瓦礫の山を飛び越え、路地で戦闘の行く末を見守っている人々の間を駆け抜け、どこまでも続く黒雲の真下を全力疾走するその姿は、もうあの頃のディルではなかった。

 ぜったいに父親のようにはなれないと確信していた、あの頃の自分。臆病で弱虫だった、あの頃の自分。運動もまともにできない、軟弱だった頃の自分。“どうして僕は農家の子に生まれなかったんだろう……”そう自分を責め続けていた、あの頃の自分。


『ディルには生まれ持った才能がある。何もせず恐れることは、腐っているのと同じ。大切なのは一つでも多く場数を踏むことだ』


 トワメルがそう言ってくれたのを、ディルはしっかりと覚えている。トワメルにはちゃんとディルのことが分かっていたのだ。ディルには、他の人たちにはない恵まれた才能と、溢れんばかりの勇気があることを。そして、レンにディルを預けることで、眠っていた才覚を呼び起こすきっかけを作り出そうとしていた。トワメルは、カエマの魔の手からディルを逃がしたわけではない。カエマとディルを巡り合せるために、わざと『反・カエマ派』であるレンの元へ預けたのだ。


「絶対に死なせない! お父様が僕をここまで立派に育ててくれた。みんなから信じてもらえる、立派な人間に育ててくれた。だから、絶対に死なせない!」


 やがてディルが辿り着いたのは、酒場だった。飲酒して気分を高揚しようというわけではない。ディルの目的の物はその地下にあった。積み上げられたタルの迷路を迷うことなく走り抜け、地下への階段をほとんど落ちるように下りて行った。黒雲が太陽光を完全に遮断したせいで、地下室は一寸先さえも暗闇だった。だが、奥の方でぼんやりと青い光を放っているボトルシップだけは別だ。

 ディルがボトルシップの中を覗きこむと、そこには青く輝く液体しかなかった。カエマがアジトのボトルシップを破壊したせいで、今ディルの目の前にあるボトルシップは何の役にも立たない、ただの空き瓶になっていた。だが、可能性は低いが、まだチャンスは残されている。ディルは呼吸を落ち着かせ、その場に膝をついた。


「お願い。どうかお父様のボトルシップとつながって。どうしてもお城へ行かなきゃならないんだ」


 雲をつかむような話だった。だが、空中の城へ行くにはこれしか方法がない。ディルは目をギュッとつむった。そして、感じた。体の中を流れる、血とは違う、何か別の力の源を。不思議な感覚だった。その得体の知れない力のことを思うと、海上を舞うカモメのように、空を自由自在に飛べる気さえ湧いてくる。

 ……ディルは、ゆっくりと目を開けた。青い液体の上で漂う帆船が、瓶の中で心地良さそうに泳いでいる。

 ディルの体は青白い光に包まれ、消えた。


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