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十九章  立ち上がる者たち  4

「ショーダットさん。戦わなくちゃ……僕たちみんな、一つになるんだ」


 ショーダットの呼び止める声がディルの背中に触れても、目の前で魔法戦士部隊の大群が一致団結していても、ディルは前進し続けた。その命を懸けて、前進し続けた。


「哀れだ、もうやめろ」


 天の川通りに戦慄が走り、その場の誰もがディルを見つめた。恐れ驚く顔、不安に凍りついた顔、そして、激昂をたぎらせた顔、顔、顔……。


「こいつ、反逆者。反逆者とその一味、根絶やしにする」


 人形だ。魔法戦士部隊を一目見た瞬間、ディルはそう思った。表情を読み取ることは出来るが、瞳は死んでいたし、声に生気を感じなかった。きっとこれが、カエマに心を奪われるということなのだろう。

 戦士の一人が杖を掲げ、残りの戦士たちが同じように杖を構えた。ディルはとっさに剣を抜いた。


「みんな! よく見るんだ! 心を失った者たちの、この成れの果てを! 女王と呼ばれる者が陰で繰り返してきた悪事を、心を開いて受け入れるんだ!」


 小さな爆発音の後、ディルは自分が後方へ飛ばされたのが分かった。女性の甲高い悲鳴と、爆発の余韻が鼓膜をビリビリと刺激している。ディルはすぐに立ち上がり、もう一度、魔法戦士部隊の漆黒の鎧を見つめた。その姿は渦巻く黒雲と同化して、ほとんど影そのもののように思えた。


『耳は痛むけど、大丈夫、まだいける』


 ディルは自分を励まし、腹の底からしゃがれ声を張り上げた。


「信じ合っていくんだ。カエマでもない、魔法戦士たちでもない。ヴァルハートを大切に思うみんなが、お互いを信じ合うんだ。そして、思い出して……この国が狂い始める前、みんながこのヴァルハート国を愛していた時のことを……」


 よろめきながら、ディルは見た。魔法戦士部隊の杖先から赤黒い光が放たれているのを。黒雲へ向かって掲げられた、数え切れない杖から放たれる殺気を。

 次にディルが見たのは、目を焼くような赤い閃光だった。とっさに防御姿勢をとったが、それはほとんど無駄に散った。ディルはそこから更に後方へ吹っ飛ばされ、『大事なお知らせ掲示板』の手前で痛々しく転がり、うつ伏せで止まった。手から離れた剣が、わずかな陽の光に照らされておぼろげに輝いている。こんなに意識がはっきりしないのは、きっとこの腹部から伝わる違和感と何か関係があるのだろう。

 震える膝で立ち上がりながら、ディルは手で抑えていた腹部を、そのかすむ目で見つめた。服は焼け焦げ、複数の小さな穴が開き、そこから血が滲み出ていた。痛いのか、熱いのか、患部からはっきりとした応答はないが、全身が悲鳴を上げているのは、ディル自身が一番よく分かっていた。ディルはそれでも尚、血にまみれたその手で剣を拾い上げ、またよろよろと前進を始めた。

 周囲から悲嘆を帯びた嘆息が漏れ始めた。そして、その光景を見守る全ての人々の心が、ディルを中心として一つになりつつあった。どんな悪にだって立ち向かえるだけの、強い結束力が、そこに生まれ始めていた。

 ディルは渾身の力を振り絞り、魔法戦士部隊に剣を突きつけた。


「戦うんだ……家族のために……親友のために……恋人のために……仲間のために。みんな……立ち上がろう……立ち上がって一つになろう……そして、カエマを倒せるだけの力を集めよう。みんなで、ヴァルハート国を守るために!」


 杖の先で輝いていた不気味な赤い光が、その輝きを徐々に失っていった。ショーダットがディルの前に立ち塞がり、右手を黒雲目がけて突き上げた。苦しそうに喘ぎながらも、ディルはショーダットの震える指先を見つめた。

 ブイサインが、闇の中で弱々しい光を放っていた。ブイサイン……兵士たちの間で使われる『了解』を意味したサインだ。


「わしはカエマ女王に忠誠を誓った。だから、あの方を裏切るようなことはしない。……だが、わしは裏切られた。わしだけじゃねえ、ここにいるみんなが裏切られた。みんなの思いは一緒のはずだ……カエマなんかどうだっていい。もう一度、平和だった頃のヴァルハートが戻ってきてくれれば、それで十分なんだ。わしも、この国のために戦う」


 ショーダットは人々の心に希望の炎を燃え上がらせてくれた。天の川通りに集う人々のその瞳には、ディルと同じ熱い眼差しが燃えたぎり、魔法戦士部隊を鋭く睨みつけていた。そしていつの間にか、魔法戦士部隊を取り囲む人々の数は膨大なものになっていた。もはや袋の中のねずみだ。

 クワを担いだ国一番の巨漢の畑主、テイオが突然吠えた。それをきっかけに天の川通りは、魔法戦士部隊とヴァルハート国民との争いの場と化した。一言で言い表すとしたら、『戦争』という言葉が適切だろう。ヴァルハートの軍勢は老若男女が入り混じり、各々が手にした武器は、剣、農具、フライパン、フォーク、皿、空の酒瓶、角材、椅子、石ころ……とりあえず、手でつかんで振り回せる物は片っ端から武器として抜擢された。

 ディルは近くの花壇で身を休め、駆け寄った女医の手当てを受けながら、その様子を見守っていた。最初はヴァルハートの軍勢が優位かと思われたが、やはり数だけでは魔法に適わないらしく、悲痛の叫びが聞こえてきたり、人が弧を描いて宙を舞ったりする光景は珍しいものではなくなっていた。

 だが、魔法を恐れていたヴァルハートの人々が魔法戦士部隊に立ち向かって行くその様子は、見ていて感極まるものだった。町の至る所から加勢にやって来る人々が後を絶たず、今までのうっぷんを晴らすかのように、全員が鬼のごとく暴れ回っていた。


「僕も行かなきゃ」


 吹っ切れた国民と、魔法を駆使する魔法戦士たちとの戦いを目の当たりにして、ただ黙って眺めているわけにはいかない。ディルは立ち上がろうと、包帯でぐるぐる巻きにされた腹部に力を入れた。ディルを止めようとした女医の手が、電池切れのおもちゃのように突然ピタリと動かなくなった。ディルさえも、中腰のまま動きを止め、それからとっさに南ゲートの方を見た。

 ずっと遠くに見える小さな南ゲートの入口から、港を通って連続した爆発音が聞こえてくる。聞き覚えのある、“あいつら”流の登場方法だ。


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