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十九章  立ち上がる者たち  3

「見たか、ディル。あの女王の顔。目玉が両方とも飛び出てたぜ」


 ディルは何も答えなかった。ホワゾンドープは、街中で流浪する魔法戦士部隊の目を避けるため、西に広がる田畑の上空を飛行していた。


「ジェオ、よく聞いて。グランモニカは根っこに包まれたあの遺跡の中なんだ」


「ああ……そうみたいだな」


 ジェオのいぶかしがる表情を無視して、ディルは続けた。


「グランモニカは威圧的な雰囲気をかもし出してるから、すぐに分かると思う。彼女の所へ着いたら、すぐにこっちの状況を……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何だよそれ。『僕は行きません』みたいな言い方するなよ」


ジェオは露骨に戸惑い過ぎて、ホワゾンドープが右に左に傾いた。


「ごめん。僕、やっぱり町に残らなきゃ」


 機体がバランスを取り戻した後、ディルは素直に打ち明けた。ジェオの顔つきが、兵士らしく勇ましい表情に変わった。


「昨日からずっと考えてたんだ。まだまだ見習いだけど、僕もヴァルハート国の兵士だから、国や町を守る義務があるんじゃないかって……町に残って、みんなに真実を伝えるべきなんじゃないかって」


 操縦桿を握るジェオの手に力が加わった。ホワゾンドープは左へ旋回し、そのまま高度を下げていった。


「俺、ステア・ラで生まれ育って、ヴァルハートのことはまだあんまり分かんねえけど、ディルがこの国を守りたいって気持ちはよく分かるぜ。……それに、俺はこう思うんだ。『反・カエマ派』の力だけじゃカエマに勝てない。ヴァルハート国の人たちと、『反・カエマ派』が一つになって、初めてカエマを倒せるだけの力が生まれるんだって……」


 ホワゾンドープは畑のすぐ傍まで高度を下げ、ディルがあぜ道に立つと、ジェオの熱い眼差しが黒雲の暗い影の中で一際輝かしい光を放った。


「俺はステア・ラを守れなかった……でも、ディルがすげえ奴だってことを俺は知ってる。だからきっと、ディルならこの国を守れるはずだ。たくさんの人の思いを背負って走れるはずだ。だからどんなことがあっても、絶対に立ち止まるな。立ち止まらず、あの城まで来い。待ってるからな、ディル、きっとだぞ!」


 ジェオを乗せたホワゾンドープが、再び暗黒の空へ飛び立って行くのを、ディルは長々と見送りはしなかった。というのも、そのすぐ後に船が上空を通過して行ったので、ディルは防風林の影に隠れなければならなかったのだ。ここでカエマに捕まってしまっては、まるで意味がない。空飛ぶ船は間違いなく、城の方へ向かっているようだ。

 ディルは無人の田園地帯を駆け抜け、再び城下町の一角に戻って来た。人気の感じない殺風景の通りをいくつかと、狭くて真っ暗な路地を一つ通ってディルが辿り着いたのは、天の川通りだった。通りに集う人々の数は先ほどより増えており、町を巡回していた兵士、農具を担いだ農夫、エプロン姿の婦人、子供たち……。それぞれがひきつった顔を見合わせては、口々に何か囁いている。


「これから俺たち、どうなっちまうんだ?」


「黒雲がお天道様を隠しちまって、畑じゃ何も育ちゃしねえ」


「カエマ女王は何を考えているんだろうかね」


「前から言ってただろう。あいつは狂ってるって。まともじゃないんだって」


「あいつ……魔女の考えていることなんか、誰にも分かりゃしないよ」


「ねえねえ、女王は悪い人なの?」


 通りに飛び交う恐慌を帯びた言葉たちは統一性を欠いてはいたが、どれもその矛先は一緒だった。かつて、国王であるカエマに疑念を抱いた者がいないと言えば、それは嘘になる。だが、誰もそう信じたくはなかった。自分たちが魔女の配下になりつつあるという事実を、誰も肯定したくはなかったのだ。ヴァルハートの国民はみんな心の底から、平和を願っていたから。

 憩いの広場で群れを成していた農夫たちを押しのけ、ディルは『大事なお知らせ掲示板』の前までやって来た。その時、輪になった大勢の魔法戦士部隊がディルのすぐそばで杖を振り上げながら、大声で何かを叫び始めた。


「カエマ女王を敬服せよ! カエマ女王を崇めよ! カエマ女王を称えよ! カエマ女王を敬服せよ! カエマ女王を崇めよ! カエマ女王を……」


 同じことを繰り返し叫び続けるその異様な光景が、通りに足を運んだ大半の人々の注目を集めていた。ディルもその内の一人だったが、周囲の人々とは違い、目をそらして後ずさりしようとはしなかった。それとは逆に、魔法戦士部隊の輪の中心に向かって突き進んでいった。


「よせ、ナックフォード」


 押し殺された誰かの声が、ディルを呼び止めた。聞き覚えのある、低いしわがれ声だった。


「……ショーダットさん!」


 ディルのすぐ後ろでずんぐりな体格を縮み込ませていたのはショーダットだった。だが、南十字祭の時、ディルとラフェリを追いかけたあの時の威勢の良さはどこにも感じられなかった。落ち着きがなくそわそわしていたし、自慢のあごひげは伸び放題で、だらりと弱々しく垂れ下がっている。


「ナックフォード、お前は正しかった。カエマ女王の指令を無視したお前の判断は、正しかったんだ。この状況を見ろ……ひでえ有り様だ……もうみんなメチャクチャだ」


 ショーダットは目を潤わせ、涙声で嘆いた。


「わしたちはただ、おとなしくしている方がいい。わしたちの適う相手じゃねえ……」


 ショーダットが何と言おうと、ディルは後に引かなかった。


「ショーダットさん、お城の中はどうなってるの? お父様は?」


 魔法戦士部隊が叫び続ける傍らで、ディルは精一杯声を張り上げた。ショーダットの表情がより一層悲しみに包まれた。


「トワメルの旦那以外、みんな昨日のうちに締め出されちまった。ネズミ一匹残っちゃいねえ。それ以外のことは何も分からねえが……」


 ディルは焦った。心を抜き取られたトワメルだけを城内に残しておくなんて、カエマはきっと何か企んでいるに違いない。グランモニカが城を浮上させることも知っていたようだし、レンとジェオはカエマの思惑どおり城へと向かった。


『心を奪ってやったわ……殺戮の邪心だけを残してね』


 ふと脳裏を駆け抜けたカエマの言葉が、ディルの不安感を更に募らせた。トワメルが見境なしに剣を振るえば、レンたちの命が危うくなることは目に見えている。トワメルが心を奪われたことを、レンたちはまだ知らないのだ。


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