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十九章  立ち上がる者たち  1

 ギラギラと照りつける陽光が両目を刺激するので、ディルはとっさに腕で顔を覆った。そして、いつもの朝とは雰囲気が異なることに違和感を覚え、ディルはそのまましばらく考えを巡らせた。昨夜に何が起こったのか、どうして体の節々がこんなにぎこちないのか……。

 意識がもうろうとしたまま、ディルはうっすら目を開けた。青空と太陽……いつもの空だ。いつもの空だが、それは空と呼ぶべき箇所の一部分にしかすぎなかった。ヴァルハート連山の上空で黒ペンキでもぶちまけたかのような黒い空が、もう一部分を埋め尽くしているのだ。それはまるで、夜と昼とが同時にやって来たかのような、絶対におかしな光景だった。


「まさかあれが……」


 ディルはよろよろと立ち上がり、二種類の空を眺めたまま動けなくなってしまった。


「そうだ、ディル。あれが黒雲だ」


 レンの声がそう言った。ディルが辺りをよく見回すと、マストの影にもたれかかるレンとジェオの姿がちらと見えた。ディルが駆け寄ると、七色に光る魔法の縄が二人の手足を縛り上げ、綺麗な輝きを放っていた。そして、ディルの脳裏にカエマの姿がはっきりと浮かび上がった。


「大丈夫? けがはない? カエマにやられたの?」


 魔法の縄は、引っ張っても、ねじっても、爪を立てても、うんともすんとも言わなかった。


「ディルが行った少し後に、カエマが部屋に来てね。あとは見ての通りさ」


 レンは申し訳なさそうにうつむいてそう言った。その傍らで、ジェオがうなった。


「俺たち、何の抵抗も出来なかった。つまり、カエマ女王はあの時、簡単に俺たちを殺すことができたはずなんだ。レンはともかく、俺は完全に夢の中だったからな」


 ジェオは言いながら、縄をほどこうとやたらにもがいた。どう考えても、この状況を打開する策は見つかりそうにない。

 ここまで追い込まれて、ためらう理由なんかどこにもないはずだ。ディルはとうとう、『ヘインの見た世界』とカエマとの関係を打ち明けることにした。いや……もっと早くに教えておくべきだったのかもしれない。


「レン、ジェオ。大事な……」


 二人はディルを見ていなかった。ディルの向こうを、背後に立つカエマを……。


「さあ、時間です」


 ディルは飛び上がり、その場から二メートルほど転がるように後退した。腕を振り下ろす真っ黒な姿のカエマを目の前にして、ディルは息をひそめることしかできなかった。二人をよく見ると、縛られていた手足に自由が戻っていた。レンとジェオは互いを支え合うようにして立ち上がると、カエマの動きに警戒しながらディルの傍へ歩み寄った。

 そのカエマが、手に何かを持っている……。


「ボトルシップをどうする気だ?」


 左手に抱えているボトルシップとカエマを交互に見ながらレンは聞いた。


「こうするの」


 ボトルシップは左手から離れ、カエマの頭上でふわふわと危なげに浮遊し始めた。カエマがいつ落下させても大丈夫なようにと、三人は手を添えて構えたが、それは無駄なことだった。ボトルシップは浮遊したままコマのように勢いよく回転を始め、そこから更に高くまで上昇すると、爆発して粉々に吹き飛び、辺り一帯にガラスや模型船の欠片が飛散した。


「なんてことするんだ!」


 三人は息もピッタリに、同時に叫んでカエマを睨んだ。だが、カエマは三人を同時に睨み返し、ディルたちの中で湧き起こった怒りを、その一睨みだけで消沈させてしまった。


「もちろん、どこにも逃がさないためです。こんな大切な日に、その辺をちょこまかされては困りますもの」


 だが、もしもの時の逃げ道がまだ一つだけ残されていることに、カエマは気付いていないらしい。ディルは、船尾に置いてあるホワゾンドープがどうか見つかりませんようにと祈った。


「最終章の幕開けです。あなたたちにはその特等席を用意してあげました。このへんぴな国が大きく動き出す、歴史的瞬間を見届けるための特等席をね」


 カエマはヴァルハートの陸地に向かって腕を振り上げ、呪文を唱え始めた。すると、腰のあたりから黄金色の尾羽が突き出し、金粉を巻き上げながら扇子のように左右にパッと開いた。


「何が始まるんだ?」


 ジェオは情けない声を発しながらレンにしがみついた。ディルは、船が不自然な動きを始めたことにうっすらと気付き始めていた。小刻みに上下したり、大きく左右に振れたり。そんな状態がしばらく続いた後、船の揺れが突然、ピタリと止まった。


「うっあ……」


 ディルは、自分の体が宙に浮いたのではないかと錯覚した。だが、浮いたのはディルではなかった。船そのものが海面を離れ、どんどん上空へ浮上していたのだ。アーチの大岩と海一帯から離れ、連山の頂上まであっという間だった。カエマが指先を進行方向に向けると、船は向きを変え、城下町に向かって飛行を続けた。


「カエマ、一体何をする気だ?」


 レンが聞いてもカエマは何も答えず、ただ船守の人魚像の脇に移動しただけだった。十の指先を器用に動かし、思うがままに船を操っている。今がチャンスとばかりに、ディルはカエマの背後に忍び寄り、剣を抜こうとしたが、カエマはそれを素早く見咎めた。


「変な気は起こさない方がいいわよ。私が消えると、この船が落ちるから」


 船の縁から広野を見下ろしていたジェオが、顔を青く染めてディルに首を振った。確かに、ここで船が墜落すれば命の保証はない。それにしても、一瞬の隙すら伺わせないカエマの敏感さには、度肝を抜かれる。

 やがて、船の上空は完全に黒雲で覆われ、それは手を伸ばせば届きそうなほど近くにあるように思えた。その黒雲は、ヴァルハート城の上空を中心として渦を巻いており、ゆっくりと流れ行くその動きは、世界の未来を破滅させんばかりの、邪悪な恐怖そのものだった。


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