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十八章  二通の手紙  1

 無事、アジトに帰り着いたディルたちは、到着するなり飯屋へ駆け込み、棚に残っていたあり合わせの食材と遭難用に準備していたパンを使って朝食をこしらえた。昨夜から胃の中が空っぽだったので、みんなの空腹は我慢の限界に達していたのだ。ユンファ、アルマ、ルーシラはまだ帰っていないようだった。


「レン、話があるんだ」


 トーストの端にかじりついているレンに向かって、ディルは唐突に切り出した。ディルが話したのは主に、レンが眠っている間に起きた様々なことだった。ジェオの故郷であるステア・ラがサンドラークの配下になりつつあること、ユンファとアルマがプロの窃盗団だったこと、その二人を捕まえにチェイフェン国からルイエンという男がやって来たこと、レンにかけられた呪いと大悪魔のこと、ファッグレモンが教えてくれたカエマの過去……。

 ディルが話し終わると、レンは口の中にウィンナーを入るだけ詰め込んで、深刻そうな表情で空になった皿を見つめていた。レンが何を考えているのか、ディルには分からなかった。


「行動するなら早い方がいい」


 ココヤシジュースの注がれたコップを固く握りしめながら、ジェオは言った。きっと、祖国のステア・ラと、恋人のことを心配しているのだろう。


「いや、ちょっと待ってくれ」


 レンは右手を突き出し、暗い声で待ったをかけた。


「たった三人じゃ、明らかに人数不足だ。相手は数え切れないほどの魔法戦士部隊に、ヴァルハートの兵士たちだ。カエマと戦う前に、みんなで処刑台行きになっちまう」


 ジェオの『じゃあ、どうすりゃいいんだよ』と訴えかける視線をかわすように、レンはディルを見た。


「トワメルさんがカエマを斬ってくれれば、話は早いんだけどね」




 その夜、寝室のベッドに寝転がりながら、ディルはトワメルのことを考えていた。天の川通りで最後に会ってから、もう一ヶ月以上が過ぎている。その間、ディルは一日として、トワメルのことを思わなかった日などなかった。こうして目をつむれば、そこに、トワメルと剣の稽古をしていた時の過酷な光景が、鮮明に甦ってくる。

 毎日のように怒鳴られ、涙の代わりに汗を流し、それでも必死になって剣を振り回している、自分の姿。ナックフォードの名を汚さないよう、絶対に立派な兵士になってやるんだと、いつもがむしゃらになってトワメルと向き合っていた、自分の姿。……そして、稽古場に倒れ込むまで続けた後は、そんなディルを見下ろして、トワメルはこう言うのだ。


「起きろ、ディル。もうとっくに朝だぜ」


 ディルには、窓際に立つ人影が一瞬だけ、トワメルに見えた。だがそれは、不安気な表情を満面に広げるレンの姿だった。ディルは驚いた拍子に、ベッドから転げ落ちそうになった。


「レン……おどかさないでよ」


 ディルは上半身だけ起こし、胸を撫で下ろした。そうか、トワメルはここにいるはずがないんだ……レンが「ごめん、ごめん」と謝るかたわらで、ディルは確かな事実を思い出していた。


「それ、何持ってるの?」


 レンがこれ見よがしに握りしめていた、こげ茶色の封筒のようなものを指差しながらディルは聞いた。レンの大きな咳払いが寝室に反響した。


「これは、トワメルさんからの手紙だ」


 レンがうやうやしく、丁重に手紙を差し出したので、ディルは訳が分からないままそれを受け取っていた。だが確かに、封筒の裏面には『トワメル・ナックフォード』という名が書き記されている。


「お父様……お父様からだ!」


 事態を把握したディルは、ビリビリと乱暴に封を破り、中から一枚の紙切れを引っ張り出した。そこには、見覚えのあるトワメルの几帳面な字体が、一寸の狂いもなく綺麗に並べられていた。


「何て書いてある?」


 レンが手紙を覗き込みながらせっついた。ディルは震える声で内容を読み上げた。


「『今朝、城の上空に小さな黒雲が浮遊しているのを兵士の一人が発見した。それにも関わらず、カエマ女王は南十字祭の次の日からずっと自室にこもりっきりで、側近の私ですら拒絶される始末。ヴァルハートの民や兵士たちが、あの黒雲に怯え始めるのも時間の問題だろう。魔法戦士部隊が町の中を徘徊し、ただでさえ今のヴァルハートは混乱状態にあるというのに……。

 あの黒雲を作り出したのがカエマ女王だとしたら、その魂胆がどうであれ、何としてでも止めなければならない。私がこうして筆を走らせている今も、その黒雲は少しずつ大きくなっているのだ。

 カエマ女王が魔力を駆使すれば、私の剣術があっても歯が立たないだろう。レン、私に力を貸してほしい。魔女・カエマの野望を阻止するため、共に戦おう。明日の零時、酒場の地下からそちらへ向かう。それまでディルを頼む』」


 ディルにとって、手紙の内容は全てが夢のような、にわかには信じられないものばかりだった。レンは黙り込んでしまったディルから手紙を取り上げ、もう一度読み返していた。


「いよいよ、カエマが動き出しちまったみたいだな」


 レンは虚ろな声で言った。そして、呆然としているディルの顔を覗き込んだ。


「トワメルさん、無事にここまで来られるといいな、ディル」


 レンのその言葉で、ディルの心は蝶のように舞い躍った。


「お父様に会える……明日会えるんだ!」


 手紙の後半部分しか頭に残っていなかったディルは、ほとんど狂喜してベッドの上で跳ね上がった。


「でも、どうしてお父様からの手紙をレンが持ってるの?」


 ベッドの上で直立したまま、ディルはやぶから棒に尋ねた。レンは得意気な笑みを浮かべている。


「マルコ・ポルテが町の遊び屋だったことを、お忘れじゃあございませんか? 裏で手紙のやり取りをするくらい、俺にとってはほんの些細なことなのさ」


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