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三章  城下町にやって来た者たち  2

 騒がしい人だかりからポツンとのけ者にされた天蓋付き馬車は、静止した時と全く変わらぬ様子で待機していた。しつけの行き届いた二頭の白馬は、時々鼻を豪快に震わせたり、足元でヒヅメをタップダンスよろしく軽快に踏み鳴らしたりして暇を潰し、それ以外はじっとおとなしかった。

 馬車に向かって駆け出そうとした時、ディルは自分を呼び止める声が聞こえたので思わず姿勢を崩してしまった。振り向いて見てみると、猫顔の七女と全身真っ青なキャプテン姿の男の子がこちらに歩み寄ってくるところだった。

 七女は薄化粧ののった綺麗な顔立ちをしており、ディルは、絵本に描かれる愛嬌豊富なお嬢様を見ているような錯覚を覚えた。ミイラのように見えた服装は、長くて淡いピンク色のベールを白地のワンピース全体に巻きつけてあるもで、彼女に良く似合う派手な服だった。

 男の子は、ベルトからぶら下げてあるフック付きロープや、双眼鏡、水筒がかさばって歩きずらそうだった。何が不満なのだろうか、ホクロだらけの丸い顔に不機嫌そうな表情を浮かべている。

 男の子は立ち止まるなり、詮索するような細い目つきでディルを見つめた。


「お前、いくつだ?」


 威張り口調の男の子はディルより少し背が高く、水を弾く皮製のヒモブーツがなかなか様になっていた。


「十二歳だよ」


 ディルは少し戸惑った様子で、すぐにそう答えた。男の子の表情がビトに負けないくらい嫌味たっぷりの笑顔に変貌した。


「俺の一つ下だな。それでは子分。町の案内を頼む。俺は腹ペコだ」


 予想外の展開にしばし面食らいつつも、ディルはいつもの平静さを失わなかった。彼は自分が船長のつもりで、ディルをその子分に任命しただけのこと、きっと海賊ごっこをやりたいのだなと、ディルは次々と想像を膨らませた。


「それじゃあ、お姉さんは裏で海賊たちを動かす大親分だね」


 ディルがそう言うと、七女は満足そうな顔でうなずいた。


「ああ……そういうことになるな」


 男の子はバツの悪そうな、ふてくされた顔に戻った。七女はその場にしゃがみ込み、ディルと目線を合わせた。


「私たち、この国のことも町のことも、ほとんど知らないの。助けてくれないかな、ナックフォードさん」


 ディルは驚いて目をパチクリさせた。


「どうして僕がナックフォードって、分かるの?」


「あら、あなたお父さんにそっくりよ。目とか、口元とか」


 ディルは父親に「似ている」なんて言われたことは一度だってなかった。ディル本人も、本当にトワメルの子なのかと不安になるくらい『似ていない』と実感していたほどだ。

 七女はゆっくり立ち上がり、まだポカンとしたままのディルを見た。


「それで、どうなの? 道案内お願いできるかしら?」


 上の空だったディルはふと我に返り、七女と男の子を交互に見つめた。男の子はドクロの刺繍がほどこされた、大きな羽付きのキャプテンハットの角度にこだわっているらしく、深くかぶってみたり、左右に動かしたりしては首をひねっていた。七女は変わらない笑顔でディルを見つめ続けている。


「うん、いいよ。僕でよければ」


 ディルは、手綱を握り締めたまま居眠りしている騎手を苦労して叩き起こし、事情を伝え、先に城へ帰るようにと言い聞かせた。

 ディルはあの二人の道案内なんて、本当はあまり気が進んでいなかった。ディルは地元の人間だが、町のことだけはからっきしだったのだ。毎日屋敷の中で、息の詰まるような稽古や作法を習い、日が暮れるとそのまま疲れて寝入ってしまう。町への外出は許されていなかったし、トワメルが一人での外出は断じて許可しなかった。敷地内での庭園散歩ぐらいなら許されていたものの、その時以外、ディルは屋敷の中に牢屋よろしく閉じ込められていた(いや、牢屋の方がまだマシかもしれない)というわけだ。だから、町のことを知らなければ、親友と呼べる者すら思い当たらないのだ。

 二人の前でたいそう強がるつもりはないが、生まれ育った町のことがさっぱり分からないなんて口に出したくはなかった。

 南ゲートの人だかりを苦闘の末くぐり抜け、三人は天の川通りに出た。通りには、騒ぎが起こる前の明るい活気が戻りつつあった。大型犬を一度に七匹も連れて散歩している、大きな麦わら帽子をかぶった女性。顔を青くして「畑からモグラの通り道が見つかった!」と大騒ぎしながら『モグラ追い出し煙』を買いに走っている農民。通りの真ん中を派手に行進していたのは、様々な楽器を手に持ったタキシード姿の演奏団で、蝶ネクタイの目立つ、背の小さなハゲ頭の指揮者が先頭を行進している。背中から空へ向かって突き出た大きな太い角材には『古き香り・古き町並み大切に』と描かれたプラカードがくくり付けてある。その周りを取り囲むようにして幼い子供たちが集まり、楽器を乱暴に叩いたり、引っ張ったりするので、演奏団と子供たちとの小さな戦いが始まっていた。

 ふと後ろを振り返ると、気の強い六女はとうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、勝手し放題の住民たち一人一人を指差し、一喝入れているところだった。


「なんだか、みんなに悪いことしちゃってるみたい」


 六女が服の袖を巻くし上げ、おばあさんが杖を振り回すようにとまではいかないが、空を舞う鳥のように両手をばたつかせて住民を追い払っている姿を見て、ディルは申し訳ない気分になった。六女が石床を踏み鳴らし、大股でこちらにやってくるのを見て、七女は意味ありげに笑ってみせた。


「みんないつもこんな調子なんだから、気にしなくていいのよ。……あ、姉さん。私たちと見て回らない?」


 つぎはぎの目立つ、ほこりをかぶせた様な灰色の地味な服は、六女にはとても不似合いなものだった。腰まで伸ばした髪は墨を垂れ流したように真っ黒で、ライラック色のヘアバンドがより一層『地味な六女』を思わせた。六女はディルを見つけると、右の眉だけ器用に吊り上げて凝視した。


「遠慮しとくわ。こんな田舎の国に、私の目を奪う素晴らしい物品があると思う? ねえ、ナックフォードさん?」


 ディルの名はまたも見透かされてしまい、呆気に取られて返す言葉が迷子になってしまった。ただ一つ言えたのは、その余り布の端切れで作られたような服よりかは、良い質の服が売られているのは確かだろう、ということだった。


「歴史の長い古い国だから、よその国にはない珍しいものがあるかもしれないよ」


 世界中を飛び回り、色々な国を見てきた『キングニスモ』御一行様が、小さくて古ぼけたヴァルハート国をお気に召さないのも無理はないだろうとディルは思った。六女は、襟元から枯れ枝のように飛び出している一本の縫い糸を不機嫌そうに取り除いて、もう一度ディルを見た。


「そうね。古風な町並みを見て歩くのも悪くないかもね。でも、私一人で充分。こんなワガママで生意気な弟の世話なんか、金貨一枚やると言われたって拒否してやるわ」


 男の子はまだ帽子の見せ方にこだわっているようで、大きなつばの部分を摘み上げ、上下に動かしては小さな手鏡を覗き込んでいた。鏡の中で六女の獲物を狙うような鋭い眼と目が合ってしまい、男の子はさっと七女の後ろに身を隠し、ちょっとだけ顔を覗かせた。


「俺をいじめてみろ。大親分が黙ってないぞ。子分だっているんだ」


 男の子は弱々しく脅しをかけた。それを聞いた六女は大げさに嘲笑い、そのまま愉快そうな軽い足取りで通りの雑踏に姿を消してしまった。


「ヴェユはいつもああやって俺をからかうんだ。嫌な姉さんさ」


 男の子は七女の背後からひょいと飛び出し、小声でディルにそう言った。


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