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十六章  大悪魔と危険な取引  3

「キングニスモと戦う前の日、レンがみんなに言ったことを覚えてる?」


 ディルは、レンがみんなを元気付けるその姿を、その言葉を、映写するように頭の中に思い浮かべた。あの時、あの瞬間の光景が、みるみるうちに甦ってくる。


“誰かのために戦ってほしい。俺はみんなのために、みんなは俺のために”


『そうだよね、レン。そうなんだよね……』


「誰かのために戦えるから……戦うために、心に思う大切な人がいるから、僕はカエマ女王に立ち向かうんだ。僕は、僕を思ってくれるみんなのことを信じて、今を生きてる。それは、ジェオにもやれることなんだよ」


 ジェオの口元に、若干の笑みが戻っていた。どこか物思いに耽るその瞳が麗しげにキラリと光ると、まっすぐにディルを見据えて離さなかった。


「俺にもやれる……か。それじゃあ、俺は……祖国ステア・ラを思い、大切な恋人のために、この命を懸けて戦うぜ。そして必ず、ヴァルハートを牛耳るあの変人をぶっ倒す!」


 ジェオは腕を高々と振り上げながら、叫ぶように言い切った。そして、満面の笑顔で見つめ返すディルに、悔しそうにはにかんだ。


「……ちぇっ! 十二歳のディルに元気付けられるとは……俺もそろそろ兵役を終える時期かな」


「ただの十二歳だと思ったら、大間違いだよ」


 二人は大声で笑い、涙目になりながらも、長い握手をした。ジェオとの握手は二回目だったが、一回目と同様、ディルは肩の関節が外れそうなくらい力強く腕を振り回された。そして、熱い陽射しで脳味噌が溶かされる前に船内へ入ろうという意見で合致した、まさにその時だった。


「なあ、ありゃ何だ?」


 ジェオは『日傘付き肘掛け椅子』を脇に抱えたまま硬直し、大海原に漂う黒い点をあごでしゃくり上げた。ディルは日傘のわずかな陰に入り込みながら、アジトに近づく一隻の小船を確認した。

 こちらへ近づくにつれ、少しずつだが、その容姿が明らかになってきた。真っ黒な船体には白ペンキで『チェイフェン・タータニス』と描かれており、どうやら他国から来訪した小船らしい。船の中は明らかに定員オーバーで、二十人ほどのセーラー服姿の水兵たちが、オウル両手にぎゅうぎゅう詰めだった。水兵たちの真ん中で、古風で派手な服に身を包み、どこか見覚えのある羽付きキャプテンハットを頭にかぶった、中肉中背の初老の男性が、葉巻を口に咥えてにおう立ちしている。


「ジェオの知り合い?」


 その異様な光景に目を奪われながら、ディルは引きつった声で尋ねた。


「いや……ああ、待てよ。あの真ん中で突っ立ってる奴、酒場で雇われた新人のウェイトレスにそっくりだ」


 ジェオの冗談話を空想しているうちに、重量超過で沈没寸前の小船がアジトの間近まで接近した。水兵たちのオウルを動かす速度が徐々に遅くなり、やがて完全に停止した。ディルはジェオと一緒に船の縁まで移動し、下を覗き込んだ。こんがり日焼けした初老の男が、立ったまま深々とお辞儀をするのが見えた。


「ようこそ、幽霊船へ。で、どちら様でしたっけ?」


 ジェオが出し抜けに挨拶した。


「こりゃ失礼」


 帽子の下には男の奇怪な笑顔が広がっていた。


「我々はチェイフェン国・都市タータニスから参った、『チェイフェン国平和維持連盟』の派遣調査団である。私の名はルイエン・ディーチャー。以後、お見知りおきを!」


 男のまとわりつくような甲高い鼻声が、早口で口上を述べ、自己を紹介した。


「何の調査ですって?」


 ディルの質問を待ってましたと言わんばかりに、ルイエンは水兵の一人から皮製の黒いカバンを受け取り、その中から几帳面に折りたたまれた二枚の用紙を取り出した。ディルとジェオはもっとよく見えるようにと、縁から身を乗り出した。


「今回は調査というより、我が国の『お尋ね者』の足跡をたどってここまでやって来た次第なのですがね。いやはや、我々もこの二人には手を焼いていまして。それでつい最近、ここヴァルハート国で似た人物を目撃したという情報を入手しましてね……この二人です」


 ルイエンが広げて見せた二枚の紙には、紛れもない、現在失踪中のユンファとアルマの顔写真が大きく貼付されていた。ディルとジェオは顔を見合わせた後、もう一度、本当にあの二人なのかと、確認の意を込めて顔写真を覗き込んだ。だが、いくらまばたきしても、いくら見る角度をずらしても、それは確かにユンファとアルマだった。


「そんな兄妹、見たことないぜ」


 動揺を押し隠しながらジェオが言った。


「……おや?」


 ルイエンがいぶかると、ディルはとっさにジェオの向こうずねを蹴飛ばした。


「よくこの二人が兄妹だと分かりましたね」


 ルイエンはいぶかしげに二人を凝視し、舌で唇を舐め回した。ディルは、この猛暑と緊張のせいで、全身にどっと汗が滲むのを感じた。


「ぼ、僕にも分かりましたよ。その二人、すごくそっくりじゃないですか。口元とか……眉とか……?」


 ディルは必死になってその場を取り繕った。ルイエンのほくそ笑む表情が、ディルたちの反応を楽しんでいるようだった。


「男はギルファ・リベイン、十九歳。女はジェファーナ・リベイン、十五歳。この二人は、世の高価な金品を盗み回り、七十二の偽名と二十六の嘘の肩書きを駆使し、世界中に存在する宝と呼ばれる物の匂いを嗅ぎ付けては、その場所へ盗みに赴くのです」


 ルイエンの言葉に、ディルは驚愕した。だが、そのことを表情に出すまいと無理やりに平静を装った。


「ある時は自動車の整備士とその助手、またある時は医者とその患者、またまたある時は……えー……」


「田舎育ちの農業主と、にわとりの飼育係りです」


 ルイエンのすぐ後ろに座っていた童顔の水兵が、さりげなく助け舟を出した。ルイエンの表情がどんより曇り、そのまま言葉を続けた。


「しかも、我々が足早に駆けつけても既にもぬけの殻。あいつらの逃げ足の速いこと! ……どうです? この顔に覚えは? どんな些細なことでも構いませんよ、幽霊船の船員どの」


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