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十五章  グランモニカ  1

 ルーシラを交えて、ディルとレンは再び水に囲まれた細長く白い砂利道を歩き始めた。貝やカニたちは先程より多くの数で群れを作り、ディルたちがそばを通るたびにガサゴソと這いずり回って道を譲った。辺りから少しずつ本棚の数が減り、やがて完全に無くなったかと思うと、その先に空虚な空き地が現れた。空き地にはヴェルデンテと似通った容姿の番人が二人、腕を組んで構えている。下半身はやはり魚だ。

 その向こうは、結晶のように青く輝く岩壁で、行き止まりだった。だが、二人の番人の間にポッカリ開いた小さな穴が「ここから先に進みなさい」と促しているように思えた。空き地の真ん中に開口したその穴は、人ひとりがギリギリ入れるほどの大きさで、中には海水が並々と浸っていた。


「心配しなくても大丈夫」


 不安気に穴の中の海水を見つめるディルに向かって、ルーシラが励ますように言った。


「敵襲に備えて、擬似的にそう見せてるだけなの。この水の中では息もできるし、ちゃんと泳ぐこともできるわ」


 ルーシラはそう助言すると、自らが手本となり、真っ先に中へ飛び込んだ。


「ルーシラの言ってたこと、本当だよね?」


 ディルは、ついさっき水中で体験したばかりのあの苦しみを思い出し、尻込みしていた。もう溺れるのだけは絶対に御免だった。


「怖いのは一番初めの呼吸だけさ。確かに俺も、最初の一呼吸はかなり躊躇したなあ……。しかも、あの中で息を吸うと、ハッカ飴を百個いっぺんに飲み込んだ感覚に襲われるんだぜ」


 レンは番人の間を軽い足取りですり抜け、穴の前で立ち止まると、頭から穴の中へ飛び込んだ。水しぶきをもろに浴びた番人たちが、いかにも不快そうな表情で残されたディルをねめつけた。もちろんディルには、レンのように飛び込んでいく気はさらさらなかった。

 ディルはいつもの平静を無理やりに呼び起こし、まず、両足を穴へ差し込んだ。そして、そこから一気に水中へ滑り込んだ。

 ひんやり冷たい海水がディルを包み込んだが、先程とは違い、体は今の方が遥かに軽い。手を使わずとも、足を軽くばたつかせればスイスイ泳げてしまうし、視界はかなり良好だった。

ディルの目の前には、丸細い人工的な通路がぐねぐねと続いていた。ディルはなるべく息を止めていようと試みたが、その算段は十メートルと持たなかった。ディルが必死の思いで泳いでいると、大きな角を攻撃的に突き出した赤い魚がゆらゆらと目の前に現れたものだから、ディルは驚きのあまり思い切り息を吸い込んでしまったのだ。

 だが、口や鼻の中に入り込んできたのは海水ではなかった。それはまぎれもない空気だった。しかも、肺が凍りつきそうなほど冷たい『水の空気』だ。


「うわあ……うっあー!」


 ディルは思わず歓声を上げた。水中で難なく呼吸を繰り返す自分が、束の間の魔法使いになった気分だった。息を吐くと同時に、気泡がぶくぶくと口や鼻から溢れ出てくるのも、また見ていて楽しかった。

 そばには鮮緑色に輝く小魚の群れが優雅に泳ぎ、かつて見たことないほどの派手な色をしたイソギンチャクが、海水のわずかな流れに乗って気持ち良さそうに揺らめいている。

 しばらく泳ぎ続けていると、通路を抜けた先にレンとルーシラが漂っているのを確認できた。


「調子どう?」


 通路の出口付近で二人に追いついたディルに向かって、ルーシラが声をかけた。ルーシラは魚の尾をゆらゆらと楽しそうに泳がせながら、にっこり微笑んでいる。


「もう最高!」


 満面の笑顔でディルが言った。


「俺は、少し気分が悪い……」


 レンは仏頂面で訴えた。ディルはゆっくりと通路の丸い出口を泳ぎ抜け、その先の広い空間を見据えた。

 サンゴや海草がびっしり貼り付いた岩壁がだだっ広い円を描き、水面から淡い黄色の光が、青緑色の海底に向かって差し込んでいる。石柱や人魚の彫像が海底に連なり、その先には横幅の広い石造りの人工的な階段が、水面へ向かってそそり立っている。あの階段の先に誰が待っているのか、レンやルーシラに聞かずともディルには承知だった。


「さあ、行きましょうよ。レンの体力が持ちそうにないし」


 レンは力無く返事をしたが、ディルは階段周りの壁画に夢中だった。手に武器を持った人間の姿であることは確かだが、なぜこんなものがこの海底にあるのだろう? それにこの壁画、教材で紹介されている歴史ある厳かな壁画とはかなり違うようだ。一角には大きく描かれた老人の凛々しい顔が刻まれているし、「アーチャ参上!」などの文字が彫られている。


「アーチャとアンジが……」


 ディルは刻まれた文字列の一つをぶつぶつと読み上げたが、その続きは朽ち欠けていて読み取れなかった。


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