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二章  ディル・ナックフォード  4

 馬車は間もなく、天の川通りの最南端にある南ゲートに到着し、ゆっくり滑るようにゲートの十メートルほど前で停止した。ディルがここに顔を出すのは、家族で旅行に行く時くらいだった。その旅行も、もう二年ほど行っていない。南ゲートには路上屋がいくつかあり、本ばかり売る土産屋、ガイドブックや地図を売っている雑貨屋、魚の干物や釣り道具を売るおばあさんの店などが、ゲートを通ってやって来る人々を待ち構えていた。

 トワメルはさっそうと馬車を降り、続いてディルがその後を追った。

 高さが七、八メートルはある巨大な南ゲートが口を開き、町と港をつないでいる。港から流れる潮風と波の音が南ゲートを通っては、城下町の明るくにぎやかな雰囲気に混じって消えていく。停泊している帆船のいたる所に、何十羽ものカモメが群れをなしてとまっていて、羽を休めたり、目を凝らして海中の獲物に狙いを定めたりしている。

 ゲートから海原を覗くと、まるで巨大な額縁に納まった港の絵を見ているかのようだ。ディルが頭の中で思い描く壮大な冒険を、あの船があれば実現できるかもしれない。カエマ王妃があの船に魔法をかければ、空だって簡単に飛べるかもしれないぞ。

 ディルは、トワメルが見張り小屋の兵士と話している隙におとぎ話の続きをあれこれ考え始め、帆船を見つめたままその場に突っ立っていた。やがてトワメルはマントをひるがえし、ディルの元へ戻ってくると、口元を緩めて冷ややかに笑ってみせた。


「カエマ王妃のお客様の到着は、少しばかり遅れているようだ」


 トワメルの顔から笑みが消え失せ、代わりにしかめっ面が勢いよく現れた。


「ディル。時間とは人間に与えられた貴重な宝だ。命すらも時に支配される。私が何を言いたいか分かるか?」


「はい。時間はとても大切なもので、無駄には出来ないということです」


 ディルは迷わずそう答えると、トワメルはまたさっきのように固いへの字の口を緩め、眉間のしわを消し、満足そうな表情で港を見つめた。


「カエマ王妃が出迎えまでさせるお客様って、一体どんな人たちなんです?」


 トワメルの開きかけた口を閉じさせたのは、港からゲートを通って聞こえてきた低くうなるような汽笛の音だった。二人が音の方へ振り向くと、停泊している帆船よりもはるかに大きな木造船が港に向かってやって来るのが見えた。黒い蒸気が元気いっぱいに吹き上がり、もう一発汽笛を鳴らすと、今度はどこからか大砲の弾が数発空に打ち上げられた。弾は上空で炸裂し、赤とオレンジの火の雨が海上に降り注いだ。カモメたちは強烈な爆発音に面食らい、狂ったように鳴きわめいて空を旋回している。

 この爆発音に驚かされたのはカモメたちだけではなかった。町を巡回していた兵士たちは剣を構え、これは何の騒ぎかと一人残らず港に集結した。干物売りのおばあさんは驚いた拍子に椅子ごとひっくり返り、カメのように仰向けでじたばたしているところを土産屋の女主人に助けられた。通りを歩いていた人々がゲート付近に集まったせいで、その場は一時、騒然となった。

 戦艦が港に泊まると、その容姿を更にはっきりと良く見ることができた。船首に築かれる船守りの像は一般的に知られる女神様ではなく、スーツ姿で横幅の広い男性の姿をしている。甲板には真っ白なオープンカーが居心地悪そうに駐車しており、手前の帆船が波で揺れるたびにちらちらと見え隠れした。帆の見当たらないところから蒸気機関であることがわかる。戦艦の側面には大砲の砲口が顔を出し、これはまぎれもなく『戦争に使う船』であることは火を見るより明らかだ。

 トワメルを先頭に町の住民たちがゲートに集まり、船から誰が降りて来るのか、全員があれこれ言い合いながら注目していた。ディルは不安気に巨船を見つめていたが、トワメルは恐怖の微塵も感じられない様子だ。もし怪物が現れても、返り討ちにしてやるといった調子で腕を組んで立っている。

 やがて船から港に橋が架けられ、純白のオープンカーがノロノロとこちらにやって来た。ノロノロの原因は、大勢の人たちが山のように車に乗り込んでいるせいに違いなかった。お尻から真っ黒な煙を吐き出しながら、その車はゆっくりとゲートを通過し、群集の前で停車した。


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