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十四章  西の海底  1

 ユンファ、アルマ、ルーシラがアジトに戻ってきたのは、零時を過ぎた頃だった。途中、レンとはぐれてしまったルーシラは、ユンファとアルマが開いていた露店に(二人は外国の服を売っていた)身を寄せていたらしい。『祈りの儀式』が始まる時間になっても姿を現さない三人を心配し、早めに引き上げてきたのだと、滅入った様子でユンファが言った。


「それにしても、昼間に大騒ぎになったホワゾンドープの窃盗事件の犯人が、レンさんたちだったなんて……デッキに転がってる戦闘機を見た瞬間、僕は目を疑いましたよ」


 寝巻に着替えたユンファは自分のベッドに潜り込みながら、虚ろな声で言った。ディルは板張りの天井を眺めながら軽い相槌をうった。隣には、死んだようにぐっすりと眠り続けるレンの姿があった。


「やっぱりレンさんのことが気になるんですか?」


 一呼吸して、ディルは「うん」と答えた。


「僕たち、これからどうなっていくんだろうって……レンを見てると不安になるんだ。今まで、レンにはたくさん助けられてきたでしょ? でも今のレンは……」


 レンの青白い顔が、容態の悪さを静かに告げていた。ディルは一瞬だってそんなレンを見てはいられなかった。


「カエマ女王は、以前からレンに呪いをかけていたみたいなんだ。どうやったかは分からないけど」


 ジェオのいびきが聞こえてくると、二人の会話は自然と幕を閉じた。窓から射し込む星明りが、真っ暗な部屋を煌々と照らし出していた。ミルクの流れた後のように、夜空を流れる天の川の行き先は一体どこなのかと、ふとディルは考えた。そしてそれは、反カエマ派とヴァルハート国の行き着く未来が、全く予想出来ないことと同じなのだと、ディルは答えを導き出した。

 今の状況は良いものではない。だが、決して悪くもない。南十字祭で奇跡的に巡り会えた、あのラフェリという女の子が、何か重大な手がかりを握っているはずだ。そうすればレンも……。


「レン……?」


 星明りに照らされ、より蒼白な顔をしたレンが上半身をむくりと起こした。そして、またすぐに頭を枕にうずめた。


「嫌な夢を見た……怖かった」


 かすれた声でレンが言った。目は天井を向いていたが、ディルに話しかけているのは確かだった。ディルはただ黙ってうなずいた。


「夢の中で、親父が泣きながら俺の名を呼ぶんだ。俺は仇を討とうと、そばで冷笑していたカエマを斬った……気付くと、それは親父だった」


 ディルの口からは、返す言葉が一つも出てこなかった。カエマに追い詰められ、ここまで弱りきってしまったレンを、ディルはいたたまれない気持ちで見つめていた。そして、レンに止められていたとはいえ、あの場で何も出来なかった自分を、ことさら情けなく思った。


「ありがとう、ディル」


 にわかにレンが言った。その口元はかすかに微笑んでいる。


「え?」


 ディルは思わず聞き返してしまった。


「あの時、俺は全てを……命さえも捨てるつもりだった。だけど、ディルが俺の名を呼んでくれたから、俺はもう一度立ち上がろうと心に決めることが出来たんだ」


 レンは一度大きく咳をし、またしゃがれ声で話し始めた。


「ディルは優しすぎる性格のせいで、いつも自分を追い詰めてる。自分のことを皮肉ると、ろくなことはないぜ……もっと自信を持たなきゃな」


 ディルは満面の笑みでレンを見つめた。


「レンを助けたかったから、夢中でレンの名前を呼んだんだ。……それに、僕たちにはレンが必要だ。これからもずっとね」


 レンは顔をしかめた。波の音がより一層大きく聞こえた。


「反・カエマ派のリーダーとして、全力でみんなを守りたいと思ってる……。だけど、もう時間がない」


「カエマ女王が言ってた呪いのこと?」


 青白いレンの顔から、二つの輝きが消えるのをディルは見た。そして、レンはしかめっ面のまま小さくうなった。


「俺としたことが、ちっとも気付かなかった……カエマに呪いをかけられていたなんて。それこそ絶望だ……だろ? 彼女を甘く見すぎていた。油断したよ」


 ディルは、胸の内でずっと気になっていたことを聞こうかどうか迷っていた。この質問が、アジト内でのルールを破り兼ねなかったからだ。沈黙の間、ディルは口を開いたり、閉じたりを繰り返していた。この質問で、レンは気分を害したりしないだろうか? 静まり返ったほの暗い部屋の片隅で、ディルは一人、額に汗が滲むほど緊張していた。


「カエマ女王が言ってた、アクアマリンって何なの?」


 より早口で、より声を小さくし、「ちょっと気になってたんだよね」と聞こえるような軽い口調で、ディルはさりげなく聞いた。レンの青い瞳がディルを捕らえた時、もう後には引けないぞ、とディルは覚悟を決めた。だが驚いたことに、レンは能天気な声を出しただけだった。


「血色の悪い、この真っ青な瞳のことさ」


 綺麗だろ? と言わんばかりの軽卒な口ぶりだった。


「そのアクアマリンが呪いの力を抑え込んでいたって、カエマ女王は言ってたよね? 一体どういうことなの?」


 ディルは思わず掛け布団をぎゅっと握り、レンの頬がクレーターのようにくぼむのを見た。思っている言葉を口に出すのを、ためらっているようだった。しかし、ディルはそれ以上レンを問い詰めようとはしなかった。というのも、レンが目を覚ましたという安堵感が睡魔を呼び寄せ、まどろみ始めたのが主な理由だった。


「この真っ青な瞳が……このアクアマリンが、俺に魔法を提供してくれていたのさ」


「……うん」


 薄々勘付いてはいたんだ、とも付け足したかったが、眠くてそれどころではない。レンがようやく重い口を動かしてくれたのに、ディルは薄れゆく意識の中、漠然とした聴覚でそれを聞き取ることしかできなかった。


「魔法の起原を知ってるかい?」


「……ん? ……え、人魚」


 ディルはほとんど口を開かずに、もぞもぞ言った。目の前の視界は完全な闇に閉ざされ、その中で、ディルは小さな夢を見た。ルーシラとラフェリが、レンと同じ青い瞳でディルを見つめている。どちらも満面の笑みだった。


「ディル、もう一度言うけど、俺には時間がない。呪われた俺をこのまま放置しておくのは、あまり好ましい方法じゃないんだ」


 夢の中で、レンの声だけが聞こえてきた。返事をしたいが、心地良すぎて声を出すことも面倒に思えた。


「明日、ルーシラとラフェリを連れて、ある場所に向かう。ディルも一緒について来てくれないか? そこに、ディルにも知っておいてもらいたいものがあるんだ」


 ディルの両の目が夜のふくろうのように、突然パッチリと開いた。その瞬間、眠っていた脳みそがガツンと叩き起こされた。ディルはやにわにひらめいた。


「ねえ、レン。ルーシラやラフェリの瞳も、レンと同じアクアマリンだよね? そしてそのアクアマリンは、持ち主に魔力を与えて、魔法を提供してくれる。ということは、あの二人は魔女ってことになる。そうでしょう?」


 レンの返事も聞かずに、ディルは性急に言葉を並べた。


「それに、レンが魔法使いになったのも、ルーシラと出会ったのもつい最近のことだよね……あ、そうか! ルーシラがレンにアクアマリンをあげたんだね。カエマ女王をやっつけるために。あの人は魔女だから、レンも魔法で対抗しようとしたんだね」


 ディルは意見を述べまくり、レンに「ちょっと待った」を入れさせる隙を与えないほどまくしたてた。気付いたこと全てを言い終わると、ディルの息は少し切れていた。


「ほんと、ディルには参るよな。大方は正解だよ、うん。詳しいことは、明日の出発までに話すよ」


「出発って?」


 星明りに照らされた部屋の一角で、ディルはとぼけた声を出した。


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