表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/98

十一章  南十字祭  3

 次の日から、南国特有の蒸し暑さが続いた。ルーシラは部屋にこもり、巨大な扇子を持ち出して涼しんでいた。暑さが苦手だから、ラフェリ探しは一時中断らしい。だがそんな炎天下でも、船の修復作業はいやおうなしに続行させられた。レンが見積もった計算では、七月の南十字祭までには完成できるらしい。ジェオとユンファ、アルマでさえも、一刻も早くこの船の修理を終わらせたがっていた。修理と一言に言っても、それはみんなの予想以上に困難で、過酷なものだったからだ。

 だがディルときたら、自分でも驚くほどこの修復作業が楽しくてならなかった。木槌を振り下ろし、板をはめ合わせ、破損部分が少しずつ修復されていくのを見ていると、嬉しさと達成感が心を満たし、そのおかげであまり疲れも感じなかった。

 レンの場合、修理と同時進行で、みんなを励ますことに念を入れていた。冷えたココヤシジュースを用意したり、暑さでうだり続けるユンファとジェオを元気付かせたりしていたのだ。昼下がりになると、アルマが顔色を悪くして体調不良をうったえた。見兼ねたレンは優しく声をかけ、コップになみなみとココヤシジュースを注いでやり、船内で休むように促した。

 束の間の休憩時間は、みんな思い思いのことをして過ごした。レンはいつものマストで音楽を聴き、ユンファはアルマの看病をするのに船内中を駆け回り、医療道具をかき集めるのに忙しなかった。ジェオは下着一枚になって海に飛び込み、外国の歌を大声で歌いながら、心地よさそうに遊泳していた。その光景はまさに、水を得た魚だった。

 もちろんディルは、船首にあるいつもの肘掛け椅子で読書だ。虫食いだらけのほこりっぽい大きな日傘を倉庫から引っ張り出し、肘掛け椅子に紐で縛って固定すると、ディルお手製の『日傘付き肘掛け椅子』の完成だ。これなら、照りつける灼熱のような陽射しの下でも、ココヤシジュースさえあれば優雅な気分で読書することができる。


 船尾の修理が終わったのは、それから十一日後の夕方ごろだった。だが、気を緩めることはまだ出来ない。上半分が折れ、見るも無残な姿と化したマストが「早く修理してくれ」と泣き叫んでいるのが聞こえてくるようだ。

 とはいっても、折れた部分を持ち上げて接着させるのは困難なので、破損箇所から新たに木材をつなぎ合わせて修理していくしか手段はなかった。マストの修復作業には九日費やした。これにはルーシラも加わり、みんなで楽しく会話しながら作業を進めることができた。パッチワークよろしく、シーツを縫い合わせた真っ白な帆を取り付け、頑丈な見張り台をしっかり固定し、軸となる部分をレンとユンファが完成させると、あの高貴でたくましい、立派なマストが再びみんなの目の前にそそり立った。

 南十字祭は一週間後に迫っていたが、そんなことは微塵も気にならないくらい、みんな喜びに浸っていた。そこらの素人が集まって修理したにしては、なかなかの出来栄えで、その完成度はプロも顔負けだった。

 祭りが開催されるまでの間に、修復作業で積み重なった疲労を養うことは極めて簡単なことだった。修理を終えたことで、みんなの中に大きな達成感が生まれていたし、レンの魔法に頼らなくて良かったと、ユンファもジェオも自らを褒めちぎっていた。

 この時から、ディルは読書を後回しにすることが多くなった。ジェオとレンとで海中に潜って遊泳したり(ユンファはかなづちらしい)、ジェオと釣りに興じたり、ユンファとペンキ塗りに励んでいたからだ。

 中でも、レンが剣の稽古を見てくれたことは、ディルにとって喜ばしいことだった。屋敷を離れたせいで、トワメルからの指導が受けられなくなっていたのだ。長く続いた力仕事のせいで体はなまっていなかったものの、やはり剣を手に握る感覚は若干鈍っていた。


「ほら、もっと攻めてこい。……ダメダメ。……そこで足を引いちゃダメだよ」


 ディルは息切れし、汗だくになってレンに喰らいついていた。双方の剣が重なり、金属音が鳴り響くと、このアジトへ来る前のトワメルとの思い出が点々と甦ってくる。同じ失敗の繰り返しで怒鳴られたこと、構えが良くなったな、と褒められたこと……。

 だが、トワメルは今も無事だろうか? 裏切りがバレてしまい、カエマ女王に呪いをかけられてはいないだろうか? そんな心配が、剣を振り上げるディルの心の中に染み込んでくるようだった。


「スキあり!」


 気付くと、ディルの手から剣が離れていた。それは、しばらく宙を舞っていたかと思うと、鈍い音を立てながらデッキに落下した。


「どうした、ディル? 疲れたか?」


 呼吸を整えながら、レンが静かに聞いた。


「ごめん……お父様のことを思い出してたんだ」


 剣を拾い上げながら、ディルは白状した。自分の中に、トワメルのことを口に出したり、深く考えたりすることを控えようと心構える姿勢があっただけに、今の言葉は自らの首をしめるような辛いものだった。


「このアジトで暮らして、『反・カエマ派』の一員になるには、いつまでもお父様のことを考えてちゃいけないんじゃないかって、僕は思うんだ。今は、そばにいないお父様より、これからのことを考えなきゃいけないって」


「そうかなあ?」


 レンがすっとんきょうな声を出したので、ディルは思わず耳を疑った。


「俺はいつも親父のことを考えてるぜ。親父は、大嫌いな人間の一人に数えていたけどさ、何だかんだ言っても、俺はガキの頃から親父にばっかりくっついてたんだ。どこへ行くにも親父の背中を見て、戦場では絶対に離れなかった。……俺は、誰よりもあの人を信頼してたから」


 レンは一呼吸おくと、ディルを慰めるような明るい笑顔で言葉を続けた。


「……頼ってもいいんじゃないか? どこか遠くにいるその大切な人をさ。トワメルさんならきっと、ディルのことを毎日思ってくれてると思うぜ」


「レン、ありがと……」


 ディルが絶句したのは、レンが苦痛に歪む表情を浮かべたからだけではない。その場に膝から倒れ、震える両腕で体を支え、口からは生ぬるい喘ぎ声だけが漏れ続けている。そんなレンを見れば、誰だって言葉が途絶えるだろう。


「レン……レン、どうしたの?」


 目の前の光景が信じられなくて、もしかしたら、レンの演技なのではないかと、ディルはそう思いたかった。レンがどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな気がしてならなかった……。


「大丈夫……ちょっと疲れただけさ」


 レンが無理に笑顔を装っていることや、その容態の悪ささえも、医者ではないディルにだってよく分かる。ゆっくりと立ち上がるレンを見ていると、何も出来ない自分の無力さを痛感させられた。


「おい、ディル。そんな死人を見るような目で俺を見ないでくれよ。俺なら大丈夫だって……だから、このことはみんなに内緒だぜ? 明日はいよいよ南十字祭なんだからさ……楽しくやろうぜ」




 その夜、ディルはなかなか寝付けなかった。明日が待ちに待った南十字祭だから、興奮して眠れないわけではない。隣で静かに眠っているレンのことが、ずっとずっと気になっているのだ。あの倒れ方は、ちょっと疲れただけの症状ではなかった。

 レンはまた何か隠しているのだろうか? 誰にも言えない病気を患っているのだろうか? いや、もしかすると、レン本人でさえも、何も分からないのかもしれない。

 ジェオのいびきや、波の音が聞こえなくなったのは、それから一時間も後のことだった。


 次の日、ディルは誰よりも遅く起床した。ベッドから起き上がると、部屋にはディルしかいない。ディルは寝ぼけていたせいで今日がどんな日か、すっかり忘れてしまっていた。いつもならみんなより起きるのが早いのに、と自分にいぶかりながら、ディルは飯屋へ向かった。

 その部屋にも誰一人いなかったが、デーブルの上には、パンの積まれたバスケットと、紙切れが一枚、無造作に置かれていた。どうやらレンからの置き手紙らしい。それを読んだディルは、静まり返った船内で悲鳴に近い叫び声を上げてしまった。


「今日は南十字祭じゃないか!」


 自らを叱るような口調でディルは叫んだ。手紙にはレンの丁寧な筆跡でこう書かれていた。




『ディルへ。



 昨日の稽古で疲れてるかと思って、無理に起こさなかったんだ。ユンファとアルマは、天の川通りに自分たちの店を開くからって、朝早くに出て行ったぜ。外国の珍しい服を売るんだって、張り切ってた。ジェオは、天の川通りに特別展示されることになった『ホワゾンドープ・ドラートラック旧小型戦闘機』を拝見しに行くんだとさ。迷子にならなきゃいいけど。ルーシラは俺と一緒に行動させるつもりだ。今日はお祭りだし、ラフェリが顔を出す可能性はぐんと高いだろ?

 俺たち、夜の『祈りの儀式』までには天の川通りで落ち合おうって決めてるんだ。ディルも忘れずに来いよ!

 年に一度のお祭りなんだから、たくさん楽しまなくちゃ損だぜ!



レンより』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ