十章 嵐の中の戦い 2
「行け! 行け! ペングン飛行部隊!」
ディルは夢中になって応援していたが、再びキングニスモからの攻撃が開始されると、レンの足元にうずくまって悲鳴を上げた。大型の爆弾が近くで爆発したかのような衝撃と轟音が、この船を襲ったのだ。戦艦から放たれた砲弾が、船のすぐ近くでうなりを上げて着弾し、荒波や珊瑚礁をいっぺんに吹っ飛ばした。珊瑚礁の欠片が雨に混じってデッキに降り注ぎ、砂糖のような白い粉になったかと思うと、溶けてなくなってしまった。
ディルが顔を上げると、目の前の珊瑚礁が跡形もなく消え去っており、その隙間から向こうの様子を確認することができた。ペングン飛行部隊が戦艦に縄を掛け、よじ登ろうとしている様子がうっすら見える。
「もしかして、キングニスモのみんなを……殺したりなんかしないよね?」
ペンギンたちの後ろ姿に不安を覚えながら、ディルはレンに聞いてみた。
「それはないよ。あいつらは殺しが専門じゃないからね!」
勝手に再生されていく珊瑚礁がディルの視界を遮ると、レンがディルの兜をポンポン叩いた。
「ディル、お前ってほんといい奴だ! キングニスモは、俺たちのことを殺そうとしてるのに、そんなあいつらのことを心配するなんて。ま、ディルらしいけどな!」
「僕はただ、元に戻したいだけなんだ! この戦いが終わったら、もう一度ジプイやラーニヤに会いたい。それから、何でも打ち明けられるような親友になりたいんだ!」
嵐の中を、ディルは精一杯叫びながら思った。三人でケーキを食べたあの時。二人は、きっと苦しんでいたに違いない。本当の身分を隠し、みんなを騙して生きてきた自分たちの人生を、悔やんでいたに違いない。だからもう一度会いたい。もう一度会って、全てを打ち明かしたい。
「こんな状況だから、気付くことが出来たんだ! お互いを傷つけ合う、こんな状況だからこそ、相手の苦しみがわかったんだよ、レン! 僕、この戦いで見つけることが出来たんだ!」
その時、今までで一番大きな衝撃が船を襲った。あまりの衝撃の強さに、レンもディルも数メートルほど無様に吹っ飛び、同時に船が大きく上下した。二人は面食らいながらもよろよろと立ち上がった。ジェオが血相を変え、転がるように走ってくるのが見える。
「レン! 船尾が粉々だぜ! 死ぬかと思った!」
船尾を指差すジェオの兜は、所々が焦げていて、新たな傷が出来上がっていた。
「メルヘッドたち、予想以上にてこずってるみたいだな! 相手側も、もうそろそろ着弾位置を固定してくるぜ! 風が味方してくれればいいけど……」
レンの期待もむなしく、次のキングニスモの攻撃も船を直撃した。更に運が悪いことに、ユンファのいるマストがその標的となった。砲弾がマストをかすめると、その一本の柱は平衡感覚を失い、風に煽られて船首の方へゆっくり倒れてきた。
「飛べ! ユンファ!」
レンが叫ぶと、「無理です!」とユンファの絶望的な返答がすぐに返ってきた。レンは一瞬、深く息を吸い込み、何やらぶつぶつ唱えると、両手をデッキに押し当てた。ユンファの叫び声が悲鳴に変わった時、落下速度を速めたマストがデッキに完全に倒れこみ、見張り台からユンファと望遠鏡がポイと放り出された。その瞬間、ディルは目を細めたが、ユンファがマシュマロのような、ふわふわの床板の上で跳ねている様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。魔法って、本当に便利だ。
「大丈夫か? ケガはないか?」
固い床板に大の字になって寝転がるユンファに向かって、レンが言葉を投げかけた。
「死ぬかと思いました!」
ジェオの言葉を復唱しながら、取り乱した様子のユンファが感想を述べた。
「どうして向こうの状況をずっと教えてくれなかったんだ?」
ユンファが起き上がるのを手伝いながら、レンが聞いた。
「この大雨で、望遠鏡が壊れちゃったんです! 中に溜まっていた雨水を吐き出して、ようやく直ったかと思ったら、相手の砲弾が……」
この嵐の中でも、ユンファが身震いするのをはっきりと見ることができた。レンは、ユンファが震え続け、すっかり弱気になってしまったので「よくやった! 中に入ってアルマに熱いココアでも作ってもらえ!」と言い、ユンファを船内へ促した。
それから残った三人は、倒れて無残な姿に変わり果てたマストを踏み越え、珊瑚礁越しに戦艦を覗き込んだ。ヘビと化したアーチの大岩は、戦艦の船尾にぐるぐると巻きつき、完全に動きを封じていた。
「おい! 何か来るぜ!」
ジェオが指を差した先に、ペングン飛行部隊の一羽が珊瑚の道をピョンピョン跳ねながらこちらに戻ってくる姿があった。何事だろう?
「戦況報告! 戦況報告!」
倒れたマストの上に華麗に着地すると、ペンギンが金切り声で叫んだ。三人は取り囲むように寄って集った。
「ペングン飛行部隊、形勢は不利! 形勢は不利! キングニスモ戦艦兵員、確保できず! 確保できず!」
「それはどういうことなんだ?」
レンが割って入り、激しく急き立てた。
「任務遂行に支障を及ぼす者が、敵陣にいます! 我々は、魔力に対しては無抵抗なのです!」
ペンギンは哀れっぽい口調でそう叫び続けた。レンが何かを察したように、はっと息を呑むと、再び戦艦に目を向けた。
「我々には無理だったのです! あのような、強大な魔力の持ち主が敵と知っておいでなら、ペングン魔法部隊をお呼びになられるべきだったのです! ……無念」
ペンギンは言い終わると、後ろにコテンと倒れ、現れた時同様、銀色の光を放ちながら消えてしまった。