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十章  嵐の中の戦い  1

 豪雨から身を守れる唯一のものは、傷だらけでくたびれた様子の兜だけだった。レンの魔法のおかげで船の揺れは普段と大差なかったが、大粒の雨や、どこからかやって来る強風は、全員の骨身に応えた。

 こんな状況の中で、マントの中の剣さえも、ディルにとっては心の支えになっていたし、たくさんの『仲間』だってそばにいる。だがそれ以上に、まず、自分の力を信じなくてはならない。トワメルから教わった全てのことを、活かす時が迫っていた。


「全員、配置につくんだ! いつ攻撃が始まってもおかしくないぞ!」


 レンが、騒々しい嵐の音に負けないほどの大声で叫んだ。それを聞き取ると、みんなはそれぞれの持ち場に駆け足し、態勢を整えた。

 ユンファは見張り台に登り、取り付けたばかりの『折りたたみ式望遠鏡』を覗きこんだ。ジェオは船尾へ、ディルは船首へ移動し、接近戦になるまで待機した。アルマとルーシラは船内に身を隠し、けが人の手当てと、カメと小ネズミの面倒を任された。レンはデッキの真ん中からじっと動かず、まっすぐ前方に確認できるキングニスモの戦艦を、目をすぼめてしっかり見つめていた。

 ディルがユンファを見ると、レンに向かって何やらサインを送っている最中だった。両手で十字を作ったり、腕全体をヘビのようにぐねぐねさせたり、色々なサインをたくみに使い分けているようだった。最後に、お互いブイサインを送ると、レンが新たな行動に移った。

 どうやら、魔法を使うらしい。嵐のせいで視界は悪かったが、レンが両腕をちぎれんばかりに振り回しているのがかろうじて見える。そして、それから次々とディルの度肝を抜くような光景が目の前に現れた。

 まず、巨大な珊瑚礁が海面から次々と姿を現し、それは赤や青、紫、黄色といった色とりどりなものだった。雑草が育っていく様子を、時間を縮めて見ているような、妙な光景だった。ディルの頭一つ分ほど高く育った珊瑚礁は船の周囲を取り囲み、続いて五十メートルほど離れた敵戦艦まで一直線にその姿を現し、一本の道を作り上げた。太い枝をたずさえた低木のような珊瑚礁は、この嵐の中でも立派に映え、堂々たる威厳の持ち主だった。

 ふと、ディルは見覚えのある何かがなくなっていることに気が付いた。いつも船のそばにたたずんでいた、アーチ状の大岩だ。この嵐のせいで視界は悪かったが、確かにあの大岩がなくなっている。アーチからヴァルハートの三日月形の浜辺を覗き込んでいたのだから、間違いない。

 大岩の行方が分からないうちに、またレンの魔法が動き出したらしい。今度はデッキ全体が銀色に光を放ち、星くずのように輝く黄金色の物体が大きくなったかと思うと、一羽のペンギンが、ディルの足元に姿を現した。それに続いて、次々と似たようなペンギンたちがデッキに出現し、やにわにキューキューと鳴き声を響かせた。どのペンギンも、赤い目の上に黄色いかざり羽を逆立てている。どれもいかめしく、勇ましい表情をしており、それらは一羽残らずディルを見つめていた。

 一番初めに姿を見せたペンギンが、口が開きっ放しのディルに向かって敬礼し、赤いくちばしをカチカチ鳴らしながら一声かけた。


「ペングン飛行部隊所属、ディウス・メルヘッド中隊長、到着致しました!」


 自ら中隊長と名乗るディウス・メルヘッドは、細かい所がわずかに他者と違っていた。かざり羽は後ろのペンギンの二倍は長いし、ダラリと垂れ下がった紫のマントをはおり、剣と盾を、指の無い手で器用に持っていた。そのせいか、表情はトワメルのように厳格そのものだった。


「レン・ハーゼンホーク殿、敵はどこです? ご命令を!」


「え……あの、僕はレンじゃないよ! ええっと……」


 動物が言葉を話す姿にディルは驚いていたが、そんな暇はない。しかし、メルヘッドが真紅の瞳でじっと見つめるので、ディルは滅入ってしまっていた。レンが足元のペンギンたちをうまくかわしながら、慌てた様子でこっちへ向かってくるのを見て、ディルは少しほっとした。


「メルヘッド! 敵はすぐそこだ! 状況は……」


 その時、耳をつんざくような爆発音が連続で発生し、青い珊瑚礁越しに三本の水柱が立ち上がるのをディルは見た。それから、地震のような弱い振動が伝わってきた。揺れを抑える魔法の効き目が切れ始めたらしい。そして、キングニスモからの攻撃が始まったことも、また事実だ。

 レンは、珊瑚礁で作られた戦艦への道のことを早口で説明し、納得したメルヘッドは、部下たちに向かって渋みを効かせた声を張り上げた。


「お前たち、俺の尾っぽについて来な! ペングン飛行部隊、突撃だ!」


 百匹ほどの部下たちが、両手をパタつかせながら、いっせいにキューキューと鳴き叫んだ。飛行部隊というからには、タカやワシのように力強く空を舞うのだろうか? だとしたら、会話するペンギンが空を飛ぶなんて前代未聞だ。しかし、ディルの期待はちょっぴり肩透かしだった。ペングン飛行部隊は飛ぶのではなく、ジャンプ力がすこぶる高いのだ。

 だが、こいつはすごい! ペンギンたちはそれぞれ、優に二メートルは軽々と飛び上がり、珊瑚礁のでこぼこで複雑な道をいとも簡単に突き進んで行った。

 ディルは船の縁から身を乗り出し、その様子を見つめていたが、敵戦艦が珊瑚礁の道から遠退こうと再び動き始めたので、心配そうにレンの顔色を窺った。


「大丈夫! あいつらの足止めはもう実行してあるんだ! そう簡単には逃がさないぜ!」


 レンの言ったとおりだった。戦艦は少し北へ移動しただけで、また動かなくなった。目を凝らしてよく見てみると、黒くて巨大な何かが、戦艦の船尾に巻きついていくのが見えた。あれは絶対にこの世の生き物ではない。だとすると、あの黒ヘビのようなものは、レンに命を吹き込まれたアーチの大岩ということに誤認はなさそうだ。


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