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八章  レンの真実  2

「実は、もう一人探さなくちゃいけない人がいるんだ」


 憩いの広場に足を踏み入れると同時に、レンはもったいぶってそう告げた。ディルがそれは誰なのかと聞いてみると、レンは蓄えた口ひげの中でにやりと笑ってみせた。


「町一番のべっぴんさんだ。おてんばで、強情で、しかもわがままだけどな。……あれ? ディル、まさか忘れたのか?」


 ディルが首をかしげたので、レンは笑顔の中に驚異の表情を広げ、大げさに仰天してみせた。


「ねえ、からかわないで教えてよ!」


 ディルが頬を紅潮させながら癇声で怒鳴ると、レンはだみ声を張り上げて大笑いした。


「悪かったよ、ディル。ラフェリって女の子を探してるんだ」


 レンはそう言ったものの、結局、ディルには誰のことだか分からなかった。そんな名前の女の子には一度として会ったことがない、と確信していた。ディルとレンは、追いかけっこする子供たちをうまくかわしながら広場を横断した。当然、その間にもラフェリという名の女の子を探していたわけだが、ディルにはさっぱりお手上げだった。

 レンに、女の子の特徴を聞き出そうとしたその時だった。ディルの目の前に、女の子のことなんてどうでもよくなるような、目を疑う光景が現れた。

 それは、広場に設置されてある『大事なお知らせ掲示板』だったが、そこに貼り出された内容は愕然とするものだった。消えてしまいそうな細い字体は、こうつづられていた。




『カエマ王妃・国王即位式当日。カエマ女王の演説会場となった天の川通りにおいて、<国王暗殺未遂事件>が発生。容疑者であり、現在逃亡中の“レン・ハーゼンホーク”を“反・カエマ派”の一員と見なし、全国指名手配中である。尚、容疑者の実父である“ザックス・ハーゼンホーク”氏の殺害の容疑もかけられており、よって刑罰はいかなる場合においても重刑であり、“レン・ハーゼンホーク”を凶悪犯と確定することに改善の余地はなく、その決定をここに告知する。

 又、“レン・ハーゼンホーク”と<ロアファン王行方不明事件>においての関連性は未だ特定されていない。現在、兵員の総力を上げてロアファン王を捜索中である。


国王護衛兵 トワメル・ナックフォード』 



 文章の右横には、レンの顔写真がこれでもかと大きく貼り出され、見る者全ての目にその凛々しい顔立ちを焼き付けていた。ディルは根が生えたように突っ立っていたが、自分の顔写真から逃げ出すようにその場を離れて行くレンに気付き、急いで後を追った。レンがカエマ女王を殺そうとしたことなど今更どうでもよかったが、父親を殺したなんて一度たりとも聞いたことがない。


「父親を殺したなんて嘘だよね? あれはお父様の間違いだよね?」


 ディルは他の誰にも聞かれぬよう、レンだけに聞こえるように囁いた。レンは相変わらず大股で歩き続け、ディルを無視した。


「どうして何も答えてくれないのさ。ねえ、マルコってば……」


 レンが急に立ち止まったので、ディルは勢い余って植木周りの花壇につんのめるところだった。振り返ってレンを見ると、フードの中の厳格な表情が、暗くぼんやりとかすんで見えた。


「覚えてないんだ、何にも」


 レンは悲劇的な物語を語り出すように、ゆっくり、そして心に染み渡るようなしわがれ声でそう言った。


「二ヶ月も前のことだ。城内でいつものように警護していた俺は、ふと気付くと、親父を殺していた。目の前には血にまみれた親父の亡骸が転がっていて、俺は真赤に染まった剣を両手で握りしめていた。斬った時の感覚も、音も、匂いも、その光景も、親父への殺意も、何も実感がなかった……だけど、記憶にだけはしっかり残っているんだ。親父を殺したっていう罪悪感だけが」


 ディルは何度もまばたきしてレンを見つめ返していた。というより、レンの言葉に絶句して、返事をすることができないでいた。レンは悲愴感で満たされた瞳をディルから離そうとしなかった。その瞳を見ていると、段々といたたまれない気分になってくるのがディルには分かった。


「分かるかい、ディル。心に刻まれた記憶だけの罪悪感……どうやったかなんて覚えてない……ただ『親父を殺した』というだけの記憶が在り続ける、この苦しみが、ディルにはわかるかい? ……いや、いいんだ。答えなくても。それより、これで分かったろ? どうして俺が、わざわざこんな格好をして町を歩いているのか。俺はずいぶん前から、『ザックス殺し』の容疑をかけられていたんだ。それが、先日の暗殺計画でこうして明るみに出たわけだ」


 二人は通りに軒を連ねる飲食店に沿ってまた歩き始めた。南ゲートの巨大な入口が、ここからでもはっきり確認できる。


「確かに、俺は親父と仲が悪かった……目が合うたびに口喧嘩さ。だから、俺が親父を殺す動機なんかいくらでもあったし、口論の目撃者だってたくさんいる。……俺は兵士を辞めたいと言ってるのに、親父は絶対に許さなかった。その理由を聞いたって教えてくれないし、いつもごまかすんだ……だから、解決の糸口はいつまでたっても見つからなかった」


 レンは、後ろから重い足取りでついて来るディルに向かって、投げかけるようにそう喋り続けた。


「お父様は、僕をどう思ってくれているんだろう?」


 しばらく黙り込んでいたディルは、ふとトワメルと自分の関係を思い返し、勝手に漏れてくるような暗くどんよりした声で言った。


「僕、いつも考えてたんだ。お父様は、こんな出来損ないの僕をどう思っているんだろうって。修行はいつだって失敗ばかりだし、頭だって良くない……そのせいで、いつも不安だった。こうしてレンたちの所へ避難させたのも、僕が足手まといなだけなんじゃないかって……今でも不安で一杯なんだ。ねえ、レン。こんな風に考えちゃうのって、いけないことなの?」


 レンの歩幅が小さくなり、やがて『ランランパジウム・14』のオープンテラスの前で完全に停止した。前回同様、客足は好ましくなかったが、蓄音機から流れる音色は豪快な曲を奏でるオーケストラに変わっていた。レンはかかとを使ってくるりと振り返り、青い筋の浮き出たしわくちゃの骨張った手でディルの頭を優しく掻き撫でた。


「どういう思想を描こうが、それは個人の自由さ。だけど、ディル。完璧な人間なんて絶対にいやしないぜ? どこか欠けていて、失敗して、それでも立ち上がろうとする。それが人間なんだ。それが人間らしいってことなんだ。ディルの言う通り、本当に出来損ないだったとしても、くじけずに何度も挑戦していこうとするその姿勢が一番大切なんだ。きっとトワメルさんは、ディルの才能や能力なんかよりも、もっとちゃんとしたところを見てくれているはずさ」


「レンのお父さんだって、きっとそう思ってくれていたはずだよ。僕が保証する!」


 ディルもレンを同じくらい励まそうと、明るく振舞ってそう言った。レンは節くれ立った手を演技っぽく振り上げ、機嫌もよく、高らかな声を張り上げた。


「さあ、俺たちの仕事はまだ残ってるんだ。こんな所でもたもたしていられないぜ! ……でも、その前に腹を満たさないか? ここでケーキでも食べようぜ」


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